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二十七話

 社から出て十年。理緒は三十一歳になった。子どもも二人生まれ、家族四人で幸せに暮らしている。エツは三年前に旅立った。お参りには、エツと親交があった村民が大勢来てくれた。

 八月。理緒は、故郷の久地縄村の地を踏んでいた。夫婦二人三脚で子育てと商売をしているが理緒は三日間暇をもらい、ここに来た。昨日は久地縄村の隣の山脇(やまわき)村に泊まった。今晩も山脇村に泊まり、明日、篠田村に帰る予定だ。

 記憶の中にある故郷は、姿を変えていた。見覚えのある建物はないし、神社の近くにあった大樹もない。どこもかしこも、様変わりしていた。

 全部燃えてしまったんだろうな。理緒は十年前の大火に胸を痛めながら、実家があった場所を目指した。

 石田漬物は変わらぬ場所にあった。けれど生まれ育った実家ではなかった。どうやら実家も焼けてしまったようだ。

 理緒は遠くから店内の様子を伺った。帰省したわけではない。ただ、庄一、宗助、祖父が生きているのか確認したかっただけだ。

 子どもを連れた女性が店から出てきた。直後、青年も出てきた。

「ありがとうございました!」

 青年は溌剌とした声で言い、深々と頭を下げた。

 約三秒後、青年は頭を上げた。理緒は青年の顔をじっと見る。宗助で間違いなかった。

 宗助は今年十九歳。子どもの頃の面影をわずかに残している彼は、すっかり立派になっていた。

 宗助は店の中に戻らなかった。日差しが照りつける中、店先に立っている。客が来ると、

「いらっしゃいませ!」

 と、太陽にも勝る眩しい笑顔で迎える。暑い中、接客に励んでいる弟を理緒は微笑ましく思った。

 庄一も店先に出てきた。庄一は五十七歳。真っ黒だった髪の毛は、白髪交じりの灰色になっていた。年を取っているが、元気そうで安心する。

 祖父の姿は見られなかったが、理緒は実家を後にした。

 実家から徒歩二十分。理緒は山の中に入った。

 山道を進む。太陽光を遮っていた背の高い木は十年前に燃えたようで、若木ばかりになっていた。日が良く当たってからっとしている山は爽やかで、以前のじめっぽさは感じない。違う山に生まれ変わったみたいだ。

 奥に行くと、背の高い老木がじっとりと湿った空気を創り出していた。ここは昔の鬱蒼とした山のままだ。理緒は汗を額に汗をにじませながら、歩みを進めた。

 緑が萌える山中に、人工色の朱色の社が見えた。一年と数ヶ月、閉じ込められていた社。朱色は全く色褪せていない。祖父は蛇様の力で建てたときの姿を保っていると言っていた。だが、もう蛇様はいない。きっと、村民たちが手入れをしているのだろう。

 理緒はお礼を言うために、ここに来た。毎日白蛇の置物に、手を合わせて感謝を伝えているが、ここに来て伝えたくなった。

 お供え物をするために階段を上ろうとすると、社の右側に、丸石を積んで作られた塔が見えた。

十年前はこんなものはなかった。何だろう。理緒はそちらに近づく。

 石塔の側には、

『蛇様ノ墓』

 と、書かれた木製の看板があった。それと、久地縄村に伝わる蛇様の伝説と、大火を鎮めてくれた鏡弥への感謝が綴られていた。

 足元を見ると、米粒や干からびたきゅうりが辺りに散らばっていた。村民の誰かがお供えしたものを、野生動物が食い散らかしたようだ。

 理緒はしゃがんで、太ももの上で風呂敷を広げた。重箱の蓋も開ける。家から持ってきた白玉団子を墓にお供えし、手を合わせる。

『鏡弥、私の幸せを願ってくれてありがとう。私は今、あなたが望んだとおり幸せに暮らしています。どうか安心してください』

 心の中で言う。

 直った理緒は立ち上がり、墓に背を向けた。

 山道脇の草むらがかさりと揺れた。赤い眼をした白蛇が、山道を横切った。

 今でも蛇は嫌いだ。でも白蛇だけは、昔より嫌悪はなくなった。

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