二十四話
玉川家にやっかいになって一週間が経った。理緒は、新平がエツの親切を欠点と言った理由が分かった気がした。
エツは他人に対して親切すぎる。そして、他人はエツの親切をいいように利用している。
『子どもが体調不良だ。ここの団子が食べたいと言ったから、買いに来た』
と、客が言えば、
『可哀想に。早く元気になってほしい』
と、エツはおまけで一本入れる。
こんな調子で、今日は売り物の団子を二十本はタダであげていた。客も遠慮することなく、団子をもらっていく。儲けにならないのに、次々と消えていく商品を見て、新平は眉をひそめていた。
間違いなく、経営は赤字だ。新平は、「商品をタダであげるな」とエツに言えないのか。それとも、言ったがエツが言うこと聞いてくれないのか。
やっかいになっているから、何とか役に立てないか、と理緒は思った。
「新平さん」
エツが居間に上がって店先から姿を消した隙に、理緒は声をかけた。
「そうですね……」
新平は七輪の上の団子から目を離さず言った。
いい方法はないか。理緒が考えあぐねていると、新平が団子から視線を外し、こちらを向いた。
「理緒さんが、ばあちゃんの話し相手になってくれませんか?」
「それでいいんですか?」
「ええ」
と、新平は頷いた。
「ばあちゃんは人と話すのが好きなんです。八十一歳になった今でも店に立つのは、人と話すためなんです」
確かにエツは多弁だ。客がいなければ道行く人に声をかけておしゃべりするし、代金をもらった後、客を引き留めて雑談をしている。
「理緒さんは店に立たなくていいので、居間でばあちゃんと話していてください」
「お店は一人で大丈夫ですか?」
「ええ。ぽつぽつとしか客が来ないので、基本的に僕一人でも大丈夫です」
居間の襖が開いた。
「よいしょ」
エツはつぶやきながら長式台を踏み、店に降りてくる。
「明日からさっそくお願いします」
「分かりました」
理緒は頷き、新平から視線を外して正面を向いた。
翌日。
「エツおばあちゃん、私とお話しませんか?」
と、理緒はエツを居間に引き留めた。渋るかと思ったけれど、すんなり了承してくれた。
「じっくり理緒ちゃんとお話するのは初めてだねぇ」
理緒は一日中、エツを質問攻めにした。どんなことが好きか。最近、楽しかったことはなにか。新平はどんな子どもだったか。しゃべりすぎて喉が痛くなっても質問し続け、エツが店に行く隙を与えなかった。
だが、翌日の午後になると、質問が尽きてしまった。質問をひねり出していると、隙ができ、
「そろそろ、店に立とうかねぇ」
と、エツが店に降りてしまった。
すると、すぐにエツと同年代くらいの男性客が来た。
「あら、マサちゃん! いらっしゃい」
エツの声が高くなる。知り合いが来て嬉しそうだ。
「みたらしとあんこ、三本ずつ」
男性は持ってきた皿をエツに渡した。
「いつもの白玉じゃないんだね」
エツは注文されたものを、皿に載せながら言う。
「孫のおやつだから」
「あら、そうなの」
理緒は嫌な予感がした。
「いっぱい食べてほしいから、みたらしとあんこ一本ずつおまけ。マサちゃん用の白玉もつけるよ」
エツは満面の笑みで言いながら、みたらし、あんこ、白玉団子を追加する。新平は首を回して商品台を見た。その横顔は無表情だった。
「いつも悪いな」
皿には団子が九本載っている。しかし、男性が支払った代金は六本分だ。
「また来てね」
と、エツは男性を見送った。
理緒が数えた限り、エツは今日、十五本をおまけと言って客にあげていた。
翌日。
今日は作戦を変えよう。
理緒は昼餉の後、
「篠田村のことを知りたいので、散歩に行きませんか?」
と、エツを連れ出した。
「今日はちょっと肌寒いねぇ」
十月下旬。吹く風は寒を運んで来る。
「そうですね」
「どこに行こうかねぇ」
行き先を決めないまま、とりあえず大通りを歩くこと三分。
「あら、さっちゃん!」
エツは、反対側から歩いて来た同年代くらいの女性に声をかけた。
「えっちゃん!」
道の真ん中、老女二人が立ち止まる。理緒もエツの背後で足を止めた。
「最近、買いに来てくれないから心配してたよ」
「ちょっと脚を悪くしてね」
さっちゃんが理緒を見た。
「こんにちは」
と、理緒は会釈をする。
「聞いたよ。えっちゃん。このお嬢さんを助けてあげたんだってね」
「どうしても放っておけなくて」
「えっちゃんらしいね」
エツとさっちゃんの話は途切れない。次々と水が湧き出す泉のように、話題が尽きない。
「あー、楽しかった」
さっちゃんが言って、ようやく二人の話が終わった。
じゃあね、と別れ、ようやく進み出す。家を出て大分経ったのに、振り返ればまだ家が見える。
「ごめんね。つい長話しちゃって」
「いいですよ」
だが一分もせずに、
「あっ、よっちゃん!」
と、また声をかけて立ち止まった。
よっちゃんとの雑談も長時間だった。
話を終え、別れ、進み出したと思えば、エツは知り合いを見つけてすぐ立ち止まる。
こんなことを繰り返していると、もう日が暮れてしまった。
夕日に照らされ、橙色になった大通りを歩く。そこら中から夕餉のおいしそうな匂いが漂ってくる。
「ごめんね。全然案内できなかったね」
「いいですよ」
エツは知り合いを見つけると、絶対に話しかけた。そして長時間の雑談。理緒は今日、篠田村のことを全く知れなかった。けれど、かえって好都合だった。
「また明日行きましょう」
エツを店から連れ出すことができる。
「そうだねぇ」
二人は帰路についた。家まで徒歩十分だった。
翌日も理緒は昼餉の後、エツを外に連れ出した。結果は昨日と変わらなかった。
十一月下旬まで、同じことが繰り返された。
十一月三十一日。
閉店し、入口のすだれを下ろした後、新平から声をかけられた。
「今月は黒字になりました。ありがとうございます」
「本当ですか! よかったです!」
玉川家にやっかいになって一ヶ月半。ようやく役に立てた気がした。




