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二十二話

 歩くこと五分。村の大通りであろう道に沿って建つ家に到着した。道に向かって飛び出している玄関軒の上に、『玉川(たまかわ)団子』と看板が掲げられている。

 老女は軒下のすだれをめくった。土間の中央に、商品を置くための台、その右側に白い灰が溜まっている大きめの七輪があるだけの、こぢんまりとした店だった。

 理緒は中に入れてもらう。

「お水飲む?」

「はい」

「こっちにおいで」

 理緒はついていく。老女は土間にある瓶の蓋を開けた。柄杓で中の水をすくい、

「どうぞ」

 と、飲ませてくれた。カラカラに渇いていた喉に少し潤いが戻る。理緒が、水に飢えた獣のように勢いよく飲み干したからか、

「満足するまで飲んでいいよ」

老女は言ってくれた。

「ありがとうございます」

「いいえ。いいよ」

 理緒は言葉に甘え、追加で三杯飲んだ。

 老女は瓶に蓋をし、その上に柄杓を置くと、土間をずんずんと進む。長式台に上がり、店の奥の襖を開けた。そこは居間だった。

新平(しんぺい)ちゃーん」

 誰もいない居間に向かって声を張る。

「何?」

 返答と共に、居間の奥から男性が顔を覗かせた。丸眼鏡をした理緒よりも少し年上に見える彼は、柔和そうな顔をしている。

「ばあちゃん、彼女どうしたの?」

 老女の後ろのボロボロの理緒を見た新平は、目を瞬かせた。

「実はね」

 老女は、理緒がこの家に来ることになった経緯を新平に話した。

「それは大変でしたね……」

 新平は慈悲の眼差しで理緒を見ながら言った。

「忙しいと思うけど、お風呂を沸かしてくれない?」

「分かった。今すぐ沸かすよ」

「ありがとうね。生地は私が作っておくから」

 新平は部屋の奥に姿を消していった。

「忙しそうなのにすみません……」

 理緒は肩をすくめた。開店準備が忙しいことを分かっているから、余計に申し訳なく感じてしまう。

「そんな申し訳なさそうな顔しないで。あなたも早く汚れを落として綺麗になりたいでしょう?」

 老女は微笑みを理緒に向けると、土間から居間にあがった。

「私は団子の生地を作るから、あなたはここで待ってて。お風呂が沸いたら、新平ちゃんが来てくれると思うから」

「はい」

 理緒が頷くと、老女は居間の奥に消えていった。

 体はきつかったが、泥だらけだから理緒は長式台に腰掛けず、土間に立ったまま待った。よその家の室内をじろじろ見るのは悪いと思い、商品台があるほうを向いた。

 風ですだれがふわりと揺れた。道を歩く人の足が見える。実家で店頭に立っていたときも、道行く人を観察していたことを思い出す。社に連れて行かれるまで当たり前だった日常が返ってきたのだと実感する。

 しばらくすると、

「お風呂が沸きましたよ」

 新平から声をかけられた。

「はい。ありがとうございます」

 理緒は足の裏の汚れをできるだけ落とし、部屋に上がった。

「こちらです」

 新平の後をついていく。

「名前は何ていうんですか?」

 前を向いたまま訊かれた。

「石田理緒です」

「理緒さんですね」

「はい。あなたは、新平さんっていうんですか?」

「ええ。玉川〈たまかわ〉新平です」

「おばあさんのお名前は?」

「エツです」

 廊下を一回曲がって突き当たったところにあった扉を、新平は開けた。

「ゆっくり湯に浸かって、体を休めてください」

 理緒が脱衣所に入ると、新平が扉を閉めてくれた。

 着物を脱ぎ、浴室に入った。五右衛門風呂だった。風呂釜に入る前に、髪と体を綺麗にする。鏡弥が創り出した水ではないから、安心して体を洗える。

 泥と煙で汚れた体を綺麗にすると、風呂にすのこを浮べて、釜に触れないようにゆっくり体を浸けた。

 人肌より大分熱めのお湯を堪能していると、

「理緒ちゃーん」

 脱衣所のほうからエツの声がした。エツには名前を教えていない。新平が教えたようだ。

「着替えを置いておくからね」

「はい。ありがとうございます」

「理緒ちゃんが着ていた物、洗うから持っていくよ」

「お願いします」

 思う存分、綺麗なお湯で汗を流した理緒は風呂から出た。

 用意されていたのは、黄色地に二筋格子の着物。エツのものだったら丈が足りないと思ったが、着てみるとぴったりだった。

 居間に戻ると、ちゃぶ台の側にエツが座っていた。机上には一人前の白米、味噌汁、卵焼きがあった。

「あら、さっぱりしたね」

「お風呂、ありがとうございました」

「着物もちょうどよさそうでよかった」

 エツは微笑むと指を揃えて、ちゃぶ台の上の食事を指し示した。

「お腹も空いてるでしょう? 朝ご飯。食べて」

 喉は潤せたが、お腹はぺこぺこのままだった。

「ありがとうございます」

 理緒は食事の前に正座した。

「いただきます」

 手を合わせ、味噌汁碗を手に取った。味噌の匂いが鼻腔の奥まで入ってくる。汁を吸う。温かい汁が身に染みた。

「おいしいです……」

 社にいたときは、毎日おにぎりと漬物。たまに焼いた川魚や卵焼きもあったが、山のじめじめとした空気にさらされて不味かった。久しぶりに食事がおいしいと思えた。

「たくさん食べるんだよ」

 エツに見られながら朝餉を食べていると、店側から香ばしい匂いが漂ってきた。

 理緒は店のほうを見る。七輪の前に新平が立っていた。どうやら、団子を焼いているようだ。

 あと三口ほどで完食というところで、

「団子もどうぞ」

 新平が理緒の前にみたらし団子を置いた。満月のようにまん丸としている団子は、茶色のたれがたっぷりかかっていておいしそうだ。

「ありがとうございます」

 理緒が会釈すると、新平は店に戻って行った。

 理緒はちょうど三口で朝餉を完食し、団子を手に取った。一つ、頬張る。甘めのたれが好みの味だった。

「お団子もおいしいです」

「そうだろう」

 と、エツは目を細めた。そして、

「新平ちゃーん、おいしいってー」

 団子を焼いている背に向かって声を張った。新平はこちらを振り返ると、目尻を下げながら小さく会釈した。

 団子も完食した理緒は、

「ごちそうさまでした」

 と、手を合わせた。

「食器、洗います」

 理緒は茶碗や皿を重ねた。

「あー、いいよいいよ。理緒ちゃん、疲れてるだろう? 私がやるから座ってて」

「食べさせてもらってお風呂にも入れてもらってるので、皿洗いくらいさせてください」

 見ず知らずの娘なのに、至れり尽くせりの対応。何もしないのは、心苦しかった。

「いいからー」

 エツは机上の皿を持つと、奥の部屋に消えていった。

 理緒が大人しく居間で座っていると、エツが早々と戻ってきた。エツは居間に腰を下ろさず、

「しばらくうちに泊まっていいからね」

 店のほうに歩きながら言った。

「それは申し訳ないです!」

「いや、家と家族を失った子を放っておけないよ。そんなことをしたら罰が当たる」

 エツはいたた、とつぶやきながら長式台に降りた。

「遠慮しないでいいからね」

 と、エツは襖を閉めた。

 エツの対応は、長年会えていなかった子どもにするような手厚いものだった。昼餉と夕餉をたらふく食べさせてくれたし、「裸足だったから」、とわざわざ草履を買ってきてくれた。ずっと居間にいて、何もしていないから汚れていないのに、一番風呂に入れてくれた。寝床も二階の六畳部屋を与えてくれた。

 こんなによくしてもらっていいんだろうか。理緒は申し訳なさを感じながら、瞼を閉じた。

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