二十一話
これからどうしようか。階段の一段目に座って考える。
蛇様の妻となった身。蛇様の妻になった娘が、村に戻った事例はないだろう。再び、村での生活はできないと思う。
頭を悩ませていると、黒焦げの木の間、こちらに向かってくる男性たちが見えた。理緒は急いで木陰に身を潜める。
男性たちが社に到着した。皆、何かを包んだ風呂敷を持っている。おそらく、大火を鎮めてくれたことに対するお礼の品だ。
村長が一歩前に出た。
「蛇様、村の大火を鎮めてくださりありがとうございます」
と、社に深々と頭を下げた。他の四人も村長に続いた。
五人は顔を上げた。
「お礼の品を持って参りましたので、どうかお受け取りください」
まず、村長が階段を上がった。そして、
「蛇様!」
静寂の山中に叫んだ。
社の中、死んでいる小さな白蛇を見たのだろう。村長は社の中に飛び込んだ。四人も何事か、と階段を駆け上がり、社の中に飛び込んだ。
「何ということだ……」
男たちの嘆きの声が聞こえる。
「次の蛇様は誕生していないのか? 妻が産むんだろう?」
「確か妻は……」
「石田漬物の理緒ちゃんだ」
村長が言った。
「理緒ちゃんはいないのか?」
理緒はどきりとする。次の蛇様はいない。「なぜ、産んでいないんだ。妻の役目は次の蛇様を産むことだろう?」と、きっと責め立てられる。
「理緒ちゃんを探せ。もしかしたら……」
理緒は男たちの会話を最後まで聞くことなく、山中を走り出した。
やはり村には戻れない。他所の村に行くしか、理緒には選択肢がなかった。
理緒は夜も眠らず、山中を駆けた。どこに向かっているか分からなかったが、必死で駆けた。
*
翌朝、山から抜けた。
到着したのは、周囲を田畑に囲まれたのどかそうな村だった。久地縄村と似たような景色だが違う村だ。
とりあえずここに行ってみよう。理緒は村の中に入った。
「あの人、誰かしら?」
「何であんなに汚いのかねえ?」
泥にまみれ裸足でふらふらと歩く理緒を、村民たちは訝しげに見る。「どうしたんですか?」と誰も声をかけてこない。
くらりと視界が揺れた理緒は、草むらに膝をついた。一昨日の昼から何も飲み食いしていないから、体は限界だった。
動けないでいると、
「どうしたの? 大丈夫?」
背後から落ち着きを感じる女の声がした。
理緒は振り返る。声をかけてきたのは、八十歳を越えているであろう老女だった。垂れ目が特徴的な顔が、心配そうにこちらを見つめている。
「あの」
理緒はカラカラに渇いている口を動かした。
「ここは何という場所ですか?」
「ここは篠田村だよ」
聞いたことがある村名。確か、久地縄村の四つ隣の村だ。
「あなたはどこから来たの?」
「久地縄村です」
「あら!」
と、老女は目を見開いた。弛んだ瞼に隠れていた目玉がよく見える。高齢だからだろう。黒目の周囲が白くなっている。
「一昨日、大火事があったっていう村じゃない!」
大火の話は、近村まで広がっているようだ。
「あなたよく無事だったわね」
老女は理緒の背中を、ポンポンと軽く叩いた。
「家や家族は? 無事?」
「家は焼けてしまいました。家族も……」
庄一や宗助がどうなったか分からないが言っておく。
「まあ、可哀想に……」
老女は目に涙を浮べると、理緒の背中をさすった。着物越しでも、彼女の手の温もりが伝わってくる。
「この村にあてがあるの?」
「ないです」
理緒はうつむき、首を横に振る。
「そう……」
老女は汚れて傷だらけの理緒を見て、目に涙を浮べた。
「うちにおいで」
老女の言葉に理緒は顔を上げた。頼れる人のいない理緒にとって、ありがたい助け船だ。
「いいんですか?」
「いいよ。可哀想なあなたを放っておけないから」
「ありがとうございます!」
「立てるかい?」
「はい」
残っている力を足に集中させ、何とか自力で立ち上がる。
「うちはすぐそこだよ」
理緒は細く小柄な老女に支えられながら、歩みを進めた。老女は、足腰がしっかりしているようで、頼りがいがあった。




