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二話

 学校は夏休みに入った。

 夏休み中、理緒は毎日、家の手伝いをしている。早朝から奈津と畑に出て、野菜の収穫。夕方には水やり。たまに店にも立っている。可愛い看板娘とご近所さんから言われ、お菓子をもらうこともある。

 けれど今日はいつもと違う手伝い、配達だ。

 毎週月曜日に、漬け物を買いに来てくれるおばあさんが、腰を悪くしてしまったらしい。最近は夫が代わりに買いに来ているが、今日は外せない用事があるらしく、買いに来られない。だから、理緒が配達する。

 理緒はナスの浅漬けを持って、村の端にあるおばあさんの家に向かった。

 おばあさんの家に到着した理緒は、

「こんにちは」

 と、家の引き戸を開けた。

 おばあさんは、奥の座敷に寝転がっていた。理緒は家の中に上がり、おばあさんに近づく。

「理緒ちゃん、ありがとうね」

 おばあさんは、いたた、と顔を歪めながら、上半身を起こした。

「腰、大丈夫ですか?」

「日に日によくなっているよ。来週にはお店に買いに行けそうだよ」

 おばあさんは懐からがま口財布を取り出し、らっきょう玉をひねった。

「はい。代金」

 と、理緒に漬け物代を手渡した。

「確かにちょうだいしました」

「立派な子だね」

 おばあさんは、目尻にシワを寄せて笑った。

 配達は無事に終わり、帰ろうとすると、

「待って」

 と、呼び止められた。

「悪いんだけど、鍋の中のとうもろこしを取ってくれないかい?」

「いいですよ」

「二本、持ってきてね」

 土間のかまどの前に行く。鍋の蓋を開けると、黄色が濃く、粒が大きなとうもろこしがあった。甘みが凝縮されていそうでおいしそうだ。味を想像すると、唾液が出てくる。

 理緒は言われた通り、とうもろこしを二本持っておばさんのところに戻った。

「どうぞ」

「ありがとうね」

 と、おばあさんは一本だけ手に取った。

「もう一本は、理緒ちゃんが食べて」

「えっ、悪いですよ」

「いいんだよ。配達してくれたお礼だから」

 再度、断ったが、おばあさんが食べるように念押ししてくる。

「じゃあ、いただきます」

 理緒は多少の罪悪感を覚えつつも、とうもろこしに噛みついた。噛むと粒がぷちりと弾けて、口の中に甘みが広がった。労働の対価だからだろうか。今まで食べたとうもろこしの中で、一番おいしく感じた。

 早めのおやつで腹を満たした理緒は、小走りで家路を急いだ。帰ったら、奈津と畑仕事をする約束だ。けれど、大嫌いなあいつを見つけて立ち止まる。

 茶色く太い胴に三角形の頭。マムシだ。草むらに隠れていることが多いのに、道の真ん中にいた。

 早くどこかに行け。理緒はマムシを睨みつける。

 睨んだのは逆効果だったようだ。マムシは草むらではなく、こちらに向かって来た。理緒は後退るが、距離を詰められる。

 恐怖で心臓は脈拍を増す。走って逃げたいが、背中を見せた瞬間に飛びつかれるかもしれない。

 かかとが、地面から顔を出している石に引っかかった。

「うわぁ」

 と、理緒は尻もちをついた。マムシはもう、手の届く範囲にいる。

 咬まれると思った瞬間、マムシは向きを変え、するすると草むらに消えていった。

「大丈夫?」

 背後から声がした。理緒は振り返る。

 太陽光に照らされてきらりと光る白髪に、血のように赤い眼。血管が透き通るような白い肌をした、自分と同じ年くらいの少年がいた。

 少年は理緒に手を伸ばし、立たせてくれた。

「ありがとう」

 理緒が礼を言うと、少年は微笑んだ。よく見ると、少年はとても端正な顔立ちをしていて、どきりとしてしまう。

「私、石田理緒。あなたは?」

鏡弥(きょうや)

「私、十歳なんだけど、鏡弥は?」

「十歳」

「この村に住んでるの?」

「まあ、一応」

「どの辺り?」

 問うと、鏡弥は眉間にしわを寄せ、困惑したような顔になった。訊かない方がよかったのだ、と理緒は悟る。

「言いたくなかったら言わなくていいよ」

 理緒の言葉に、鏡弥はほっとしたような顔になった。

 次は何を訊こうか。考えを巡らせていると、鏡弥が口を開いた。

「君、急いでたんじゃないの?」

「あっ、そうだった」

 言われてはっとする。手を貸してくれた鏡弥のことで頭を埋め尽くされ、早く帰らなければならないことを忘れていた。

「気をつけて。さようなら」

 と、鏡弥は理緒に背を向け、理緒と反対方向に歩き出した。

「待って」

 理緒は離れていく背中を引き留める。鏡弥は足を止め、顔だけ振り返った。

「私の家、石田漬物っていう漬け物屋なんだけど、よかったら今度来てよ」

「いつか行くよ」

「絶対に来てね。待ってるから」

 理緒は言うと鏡弥に背を向け、歩みを再開させた。

 十歩ほど進んで、振り返る。けれど、鏡弥の姿はなかった。ここは周りを畑に囲まれた道。見渡せど、人が姿を隠せそうな建物などは全くない。

 走って行ったのかな。それなら、足が速いなあ、と理緒は思いながら家路を急いだ。

 もんぺに着替えて、急いで裏の畑に向かう。

「遅かったね」

 灼熱の太陽の下、顔を赤くした奈津から、怒りを感じなかった。奈津の声はどちらかというと心配そうだった。

「ごめんなさい」

 理緒は、おばあさんの家でとうもろこしをごちそうになったこと、途中、マムシに咬まれそうになったことを話した。そして鏡弥のことも。

「そんな子がいるんだね」

「お母さんも鏡弥のこと知らないの?」

「知らないね。十歳で一応、この村に住んでるんでしょ? 学校で見かけたことないの?」

「見かけたことない」

 久地縄村に小学校は一つしかない。十歳なら理緒と同学年。今年、まだ誕生日が来ていないのなら一学年上。全校児童が三〇〇弱いるとはいえ、四年も通っていれば一度くらい、鏡弥を見かけたことがあってもいいはずだ。

「家の都合で通えないのかもしれないね。もし、次会っても理由は訊かないようにね」

 奈津は言うと、農作業を再開させた。理緒も川に水を汲みに行って、水やりを始めた。

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