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十九話

 お供えのおにぎりが、栗ご飯になることが増えた。季節は秋になったようだ。

 室内も肌寒くなった。鏡弥は囲炉裏に火をつけて暖を取る。部屋の中央で揺れる火は、ろうそくの火のように小さくて弱々しい。息を吹きかければ、簡単に消えそうだ。

 理緒は布団にくるまったまま、囲炉裏の側で背中を丸めている鏡弥をちらりと見た。

 寒さも相まってか、鏡弥は確実に弱っている。部屋の明かりは、消えている時間のほうが多くなった。風呂のお湯だって底が見えないほど濁り、水温は水とほぼ変わらない。厠は息ができないほど、悪臭が立ちこめている。

 丸まっている鏡弥が揺れだし、舟をこぎ始めた。

 夏に理緒の意識を操ろうとし、失敗した後からうたた寝をするようになった。朝餉と昼餉の後は、絶対に眠っている。そしてここ最近は回数も増えた。少なくとも、五回はうたた寝をしている。夜の睡眠だけでは、体力を回復しきれないようだ。

 鏡弥の揺れが大きくなった頃、ドンドン、と外側から社の扉を叩く音が室内に響いた。理緒と鏡弥は肩をびくりとさせる。外から動物の鳴き声以外が聞こえるのは、初めてだ。

「蛇様!」

 と、男性の叫び声が聞こえてきた。

「村が大火事です! 助けてください!」

 男性の声は、理緒の耳にもしっかりと届いた。

 実家は大丈夫かな? お父さん、宗助、おじいちゃんは無事かな? 色々なことを考えると、不安で理緒の心臓は速くなる。

 鏡弥はよろりと立ち上がった。

「行ってくるよ」

 鏡弥は弱々しく言うと、姿を大蛇に変えた。

 扉が自動的に開く。

「蛇様、どうか村をお救いください」

 すがるような村民の声が、よく聞こえた。

 鏡弥が外に出ると、ぱたりと扉が閉まった。

 理緒は囲炉裏の側にいき、弱々しい火で暖を取る。消えそうな火でも手をかざせば、しっかりと温かさを感じる。

 大蛇の伝説。大昔、大蛇に雨を降らせてもらって、干ばつから救ってもらった。今回は大火事。また水、雨を求めている。

 鏡弥は大蛇の子孫。不思議な力を使って、水を生み出すことができるから、おそらく雨を降らせることもできるだろう。

 昨冬、鏡弥が言っていたことを思い出す。

『冬にそんないっぺんに力を使ったら俺がもたない』

 まだ秋だが、昨冬よりも鏡弥の力は弱まっている。

 きっと今のままでは、村の大火事を鎮められる量の雨を降らせることはできない。明かり、火、結界に割いている力を、雨を降らせる力に変えるはずだ。そうすれば、また私はここから脱出できるんじゃないのか? と、理緒は推測する。

 鎮火させるまで、村人から囲まれて自由に動けないだろうし、匂いだって煙にかき消されるだろう。きっと、過去二回のように追ってこられない。絶好の機会だと思う。

 今回こそ、逃げ切ってやる。

 理緒は暖を取りながら、明かりか火が消えるのを待った。

 案外早く、囲炉裏の火と室内の明かりの両方が消えた。

 理緒は立つ。そして扉を押し開けた。

 煙は山深くまで届いていた。焦げ臭く不快な臭い。吸い込んだ空気に気管を刺激され、理緒は咳込んだ。

 鼻を押さえながら、木々の隙間から空を見る。

 空の色は、綺麗に二色に分かれていた。真上は、もやがかかったような青空だった。村側には、どんよりとした重そうな灰色の雲がかかっている。きっと煙と鏡弥が生み出した雨雲が混じったものだ。

 理緒は飛び出した。社の中に引っ張られる感覚がしっかりあり、外に出られなかった。もう一度試してみる。だが、結果は同じだった。

「ふっ」

 理緒は冷笑しながら腰を下ろし、つぶやいた。

「馬鹿じゃないの……」

 薄々は思っていた。出入り口の結界は最後まで張っておくだろうな、と。

 社の中が煙ってくる。理緒は咳込みながら、出入り口の扉を閉めた。

 扉に背中を預け、瞼を下ろした。


 どれだけ時間が経ったか分からないが、理緒は再び扉を開けた。

 煙の臭いが強くなっていた。鼻を押さえ、煙を吸い込まないようにする。

 空を見上げる。青空はまだ見えるが、大部分が灰色の雲に飲み込まれていた。燃えている範囲が広がっているようだ。

 そろそろ、結界に割いている力を雨雲に回しただろう。

 理緒は外に出ようとしたが、出られなかった。

 まだ粘るのか……。

 理緒は唇を噛み、曇天を見上げた。

 次に理緒が出入り口の扉を開けたとき、夜になっていた。遠くの空は、村を焼く炎の色を写して赤い。まだ鎮火にいたっていないようだ。

 理緒は赤い空から、真っ暗闇の山中に視線を移した。

 三度目の正直。今度こそ。

 そう思いながら、外に飛び出した。だが出られず、社の中に戻ってしまう。もう一度試そうと思ったが、煙を思い切り吸い込んでしまい、咳が止まらなくなった。

 扉を閉める。咳をして喉の違和感を吐き出す。

 外よりも綺麗な室内の空気を肺に送ると、

「いい加減、全ての力を雨雲のために使え!」

 叫びながら、地団駄を踏んだ。ドシンドシン、と理緒の強い踏みつけが暗闇に響く。

 村民から助けを求められているのだから、全ての力を村民のために使うべきだ。それなのに鏡弥は、いまだに理緒を閉じ込めるための結界にも力を使っている。ここから逃がさない、という執着心が余計に理緒の神経を逆なでする。いくら床を踏んでも、怒りが収まらない。地団駄で床に穴が開いてしまいそうだ。

 全力で地団駄を踏み続けて疲れた理緒は、床に寝転がった。鏡弥への怒りで熱を持った体を、冷えた床が冷してくれる。

 瞼を下ろす。理緒は布団に入らず、そのまま眠りについた。

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