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十七話

 理緒は不思議に思っていることがあった。

 鏡弥が持ち帰った桜。二十日は経っているのに散っていない。桜は美しく咲いても、すぐに散ってしまうから儚いものの象徴だ。それなのにこの桜はまだ生命力に溢れている。

 理緒は桜の花びらに触れてみた。薄汚れて見えるそれはとても柔らかく、二十日は咲いているものとは思えなかった。

 花瓶から抜いてみる。わずかだが、しおれたような気がした。すぐに花瓶に戻すと、生命力を取り戻す。

 また抜いてみた。やはり、水に浸けていないと桜の花びらはしおれ、一斉に床に落ちていく。とうとう枝まで枯れてしまい、

「うわぁ」

 と、理緒は喫驚した。

 鏡弥が振り返った。こちらに向かって歩いてくる。

「枯らしちゃったんだ」

 鏡弥は言いながら散った花びらを拾い上げた。花びらを見つめる顔は残念そうだ。

「無理矢理咲かせてたから、仕方ないか」

 と、ため息をつく。

 理緒は花瓶の中を覗いた。まだたっぷりと水が入っていた。

「俺の力を使って、水に浸けてる間は散らないようにしてたんだ」

 鏡弥が創り出したであろう水が、散らない桜を作っていたようだ。何でもできるんだな。改めて鏡弥の力のすごさを思い知る。

 鏡弥は、理緒の手から枯れた枝を取ると、花瓶に挿した。だが何も変化しない。枯れ枝のままだ。

「枯れちゃったからもうだめだね」

 鏡弥は花瓶から枝を抜くと、中の水を飲み始めた。

 水は透明で汚れていなさそうだったけど汚いな、と理緒は思う。

 水を飲み終えた鏡弥は唇を拭った。

「来年の春も取ってきてあげるよ」

 そう言うと右側の部屋の扉を開け、そちらに向かう。だが、

「あっ」

 と、足を止めて振り返り、理緒を見た。

「これからは季節の花も取ってきてあげるよ。もうちょっとしたらカキツバタ。梅雨時期はアジサイ。夏はひまわりがいいよね」

 理緒は何も言わなかったが鏡弥は、

「決めた」

 と、一人で結論を出すと、右側の部屋に入っていった。



 後日、鏡弥はカキツバタを取ってきた。


  *


 鏡弥が花を取ってくるようになったので、社の中にいても大体の季節が分かるようになった。この間取ってきたのはひまわり。黄色の大輪は、太陽光が全く当たらない室内で、堂々と咲いている。

 ひまわりが咲いているということは、当然夏だ。夏は蛇が活発に活動する時期。鏡弥の力も最大限に発揮されそうだが、なぜか冬のときのように調子が悪い。

 室内は常に薄暗くなった。明かりはときどき消えるし、温度も急に上がることがある。力だけではなく、体調も悪そうだ。食欲は落ち、床には鏡弥の白い髪の毛が大量に落ちている。肌の色もさらに白くなって病人のようになった。

 理緒は鏡弥のことを全く心配していない。むしろ、好機到来だと思っている。さらに調子が悪くなってくれれば、また結界の力も弱くなって脱出できるかもしれないからだ。

 冬は失敗して連れ戻されてしまったが、今回はちゃんと計画を練る。

 次、失敗すれば、おそらく意識を操られてしまう。意識を操られれば、鏡弥から何をされても分からないと思うけれど、自分の尊厳を踏みにじられること間違いなし。だから絶対に逃げ切らなければならない。

 前回の失敗の原因は匂いだった。匂いから居場所を突き止められ、鏡弥に捕まってしまった。

 匂いからたどられない方法。

 水の中に行けばいいんじゃないか、と理緒は考えた。

 追ってくるときは蛇の姿で追ってくると思う。人間よりも嗅覚が鋭い蛇でも、さすがに水の中の匂いは分からないんじゃないか。今はちょうど夏。川の中に入って逃げればいい。これなら、鏡弥だって追ってこられないはずだ。

 村の地形を思い出す。山の入口の近くに川があった。入口からこの社まで徒歩十分ほどだから、全速力で走れば五分足らずで山の外に出られる。村民に見つかっても、大きな川だから中まで追ってこないはず。

 頭の中で、計画を実行している自分を想像してみる。穴はない。完璧な計画だ。

 早く脱出の好機よこい。理緒は社の出入り口の扉を、真っ直ぐに見つめた。

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