十六話
体に振動を感じ、はっと理緒は瞼を開けた。朝餉の後、睡魔に負けて眠ってしまったことに気がつく。
「起きた?」
目の前に鏡弥の顔があった。
「うわぁ」
思わず声を上げた。のけぞり、壁で後頭部を強打する。ずきずきと脈打つような痛みが現れる。
「どうせ、夜に寝てないんでしょ?」
問いかけに理緒はそっぽを向いた。
「俺は何もしないって分かったでしょ? だから今日はちゃんと眠るんだよ」
頬に冷たい感触を覚えた瞬間、正面を向かせられた。赤い眼がじっと見つめてくる。
「返事は?」
「……はい」
言いたくなかったが、理緒は仕方なく言った。
就寝の時間になってしまった。今晩も鏡弥から手を引かれ、寝床に連れて行かれる。布団に横になると、昨晩と同様、体が全く動かせなくなる。
「いい? ちゃんと眠るんだよ。おやすみ」
室内の明かりが消えた。ほどなくすると、鏡弥の寝息が聞こえてきた。
昨晩は本当に何もしてこなかったけど、今夜は分からない。理緒は今夜も起きておくつもりだったが、どうしても睡魔に耐えられず眠りについてしまった。
理緒が目を覚ましたとき、室内は真っ暗だった。ちゃんと眠ったからだろうか、今朝はもう体が動かせた。理緒は体を起こす。
暗がりの中、目をこらしてまだ眠っている鏡弥をちらりと見た。ぐっすりと眠っているようで、胸の辺りがゆっくりと上下に動いている。
見たところ、自分も鏡弥も布団と着衣の乱れはない。本当に何もされなかったのだろうか? でも、眠っている間に意識を操られて、あの汚らわしい夢のようなことを……。考えたらきりがない。
理緒が頭の中をぐるぐるさせていると、
「おはよう」
と、いう声が聞こえ、明かりがついた。
「昨晩はちゃんと眠ったんだね」
鏡弥は体を起こしながら、
「眠ったら体が動かせるようにしたから」
と言った。
そんな複雑そうな力も使えるのか。それなら、眠っている間に意識を操ることだってできそうだ。
理緒は胸元をぎゅっと握り、口をへの字に曲げて鏡弥を睨む。
「何?」
鏡弥は首を傾げた。
「本当に何もしてないでしょうね?」
「疑り深いなあ」
と、ほとほと呆れ顔だ。
「俺もそこまで野蛮じゃないよ」
鏡弥の顔つきが変わった。目つきがぐっと険しくなる。
「ねえ、信じて?」
怒りをにじませている赤い眼が恐ろしい。これ以上疑ってはいけない、理緒は直感する。だから、
「……はい」
と、言わざるをえなかった。
「俺もずっと疑われてばかりでうんざりしてるんだ。だからもう疑わないでね」
鏡弥は言い終わると、眼から怒りを消し、布団をたたみ始めた。理緒も急いで立ち上がり、鏡弥から言われる前に布団をたたんだ。
「信じて」と言われても、理緒はどうしても鏡弥のことが信じられないでいた。
今晩からは眠らない。睡眠時間は、仮眠と鏡弥が外に出ていったときの昼寝で補う。そう決めて、理緒は布団に横になった。
寝転がってすぐは、瞼を閉じて眠るふりをする。
すぐに鏡弥の寝息が聞こえてきた。理緒は瞼を開け、暗闇を見つめ続ける。眠気を感じたが、瞼を開け続けて一晩を過ごした。
何とか五日は耐えた。だが、仮眠と昼寝では体がもたない。瞼を閉じれば、一分で眠ってしまいそうな猛烈な眠気に襲われる。
五日間、鏡弥は隣でぐっすりと眠っていただけだった。
何もしてこないって信じていいのかな……。
眠ったら、彼に心を許したみたいで嫌。でもぐっすり眠りたい。理緒はジレンマに陥っていた。
働かない頭を頑張って動かし考える。眠っていないことがばれて、強制的に眠らされるのは嫌だ。……仕方がない。
理緒は瞼を閉じた。そして深い眠りに落ちていった。




