表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/27

十三話

「理緒、起きて」

 そう聞こえ、理緒はぱっと目を覚ました。真っ先に目に飛び込んできたのは、大嫌いな鏡弥の顔だった。深く考えなくても、社の中に連れ戻されたのだと分かった。

「おはよう」

 と、鏡弥は微笑んだ。何を考えているか分からない微笑みに、理緒は背筋がぞくりとした。布団から飛び起き、鏡弥から距離を取る。

「脱走するなんて、驚きだよ」

 囲炉裏の火に当たっているからだろう。鏡弥の顔色は夏場と同じくらいに戻っている。

「何で、私のいるところが分かったのよ⁉」

「匂い」

 山の中は自然の匂いや獣の匂いで満ちている。走り去っただけの理緒の匂いなんて、すぐに消えるはずなのに、鏡弥はわずかな残り香を感じ取ったのだろう。蛇様の嗅覚は人間離れで恐ろしい。

「理緒の匂いをたどったら、ちょうど熊に襲われそうになってた。よかったね、俺がもう少し遅かったら熊の餌になってたよ」

「ここに連れ戻されるくらいなら、熊に食べられてたほうがまし」

 理緒はふんっ、と横を向いた。

「ねえ、土の匂いと獣の匂いがきついから、お風呂に入っておいで」

 右側の部屋の扉が開いた。理緒は開かれた部屋に入る。着替えと手ぬぐいを持って、風呂場に向かった。

 鏡弥が弱っていたときに濁っていたお湯は、透明に戻っていた。手を浸けてみる。温度も元に戻っていた。

 土、落ち葉、鏡弥に触られて汚れてしまった体。時間をかけて綺麗にしたいが、鏡弥が創り出したお湯に長時間触れたくない。理緒は手早く体を洗って、風呂から出た。

 湯船に入って芯から体を温めていないから寒い。早く火に当たろう、と理緒は中央の部屋に戻った。

「囲炉裏から離れなさいよ」

 理緒は鏡弥を睨みながら言う。

「また脱走されたら困るから離れない」

 鏡弥の側にいたくない。理緒は囲炉裏近くに敷かれていた自分の布団を引っ張り、部屋の隅にいった。またここで、布団にくるまって暖を取る。

 今日は一段と寒くて、鼻水とくしゃみが止まらない。

「寒いんでしょ? 理緒もこっちにおいでよ」

 鏡弥から手招きされた。

「嫌だ」

 理緒は鼻をすすりながら言う。

「あんたの力で、部屋全体を暖かくすることはできないの?」

 水と火が出せる。部屋に明かりを灯すことや、厠の消臭もでき、出入り口に結界も張れる。何でもできそうなのに、一部屋を暖かくすることはできない。理緒は不思議に思っていた。

「部屋を暖かくすることくらいできるよ」

「できるんならしなさいよ」

「冬にそんないっぺんに力を使ったら俺がもたない」

「右の部屋の扉を閉めるのをやめればいいじゃない」

「理緒が閉じこもるからだめ」

 と、鏡弥は首を横に振った。

「なら火を消して、その力で部屋全体を暖めればいいじゃない」

「俺は直接温もりを感じるのが好きなんだ」

 鏡弥は一瞬、視線をゆらゆらと揺れる火にやったが、すぐ理緒に戻した。

「理緒が俺の手を握って温めてくれるなら、火を消して部屋全体を暖めるよ」

 じっとりとした目つきに、全身鳥肌が立つ。

「あんたの手なんか温めてあげるわけないじゃない!」

 理緒は叫んだ。声を張りすぎて、ひっかかれたみたいに喉が痛くなった。

「じゃあ部屋は暖められない」

「もういい! あんたの好きにしろ!」

 理緒は布団を被った。掛け布団一枚では、温かさが足りなかった。


 囲炉裏の側で暖を取るようになった鏡弥は、すっかり元気になった。だが、布団で寒さをしのいでいる理緒は、風邪を引いてしまった。体は焼け石のように熱を帯びていて熱いのに、寒気を感じて震える。咳をすれば腹筋は痛むし、鼻の下は鼻水でかぶれてヒリヒリする。

 部屋の隅で苦しんでいると、鏡弥がこちらに向かって歩いてきた。

「こっちに……、来るな……」

 喋ると、喉が乾燥した空気に刺激されて咳が出てしまう。

「部屋の隅で寒さを我慢するから、風邪引いちゃったね」

 と、鏡弥は枕元に腰を下ろした。

「早く、……離れろ」

 理緒が咳をしながら言うと、鏡弥は心配そうな顔をした。

「理緒の風邪、俺の力で治せると思うけど。どうする? 治してあげようか?」

「治すって……、どんな……風に?」

「理緒に触れて」

 鏡弥から体を触られて元気になるか、きついけれど自然治癒するまで耐えるか。理緒は当然……。

「……治してくれなくて、いい」

「そっか……」

 理緒に触れられる機会を逃したからだろうか。鏡弥は悲しそうだ。

「俺は理緒が苦しんでるところを見たくないんだけど」

「早く……」

 理緒は咳が止まらない。吐き出した飛沫が全て鏡弥にかかっている。

「春になるまで眠ろうか」

「は?」

 余計なことはやめてよ。理緒が言う前に、鏡弥は顔を理緒の耳元に近づけた。

「おやすみ」

 意識が遠くなる。瞼が勝手に落ちていく。理緒の視界は真っ暗闇になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ