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十二話

 脱出できそうな可能性を感じて、二日が経った。

 理緒は昨日、一昨日も夜中に脱出を試みた。一昨日の夜は社の外の床に一歩、昨夜は二歩触れられた。やはり、寒いと結界の力が弱くなる。

 今日は、ここ最近の中で一番寒い。囲炉裏の火に当たり、掛け布団を体に巻いてやっと耐えられる寒さだ。

 理緒よりも寒さに弱い鏡弥はつらそうだった。目は虚ろで、唇は紫色になっていた。肩で息をしていて苦しそうだ。それでも囲炉裏の側に来ず、扉の正面に座している。

 今夜当たり、出られるかもしれない。理緒は前に傾いている鏡弥の背中を見て、にやりと笑った。

 しばらくすると、鏡弥がゆっくりと立ち上がった。振り返って、こちらに歩いてくる。ふらふらとした足取りは酔っ払いのようだ。

 寒さに耐えられなくて、火に当たりにきたのかも。即座に離れられるように、理緒は構える。だが鏡弥は囲炉裏の側を通り過ぎ、奥の扉の先に消えていった。おそらく厠に行った。

 音もなく、室内が暗くなった。

 なかなか明かりがつかない。もう目は暗闇に慣れてしまった。それに鏡弥も戻ってこない。体感では最長だ。

 あいつの力は本当に弱まっている。今なら結界も機能していなくて、脱出できるかも。理緒は腰を上げ、扉の前に立った。

 扉を押し開ける。

 木々の隙間から見える黄昏色の空が眩しくて、目を細める。

 かさかさと紅葉を鳴らす風が、夜風よりも冷たかった。掛け布団を取りに戻ろうかと思ったけれど、その間に鏡弥が戻ってきたら困る。

 お願い、ここから出させて!

 理緒は寒さを我慢し、外に飛び出した。

 外側の床に足が触れた。一歩、二歩と足を前に出す。社の中に引っ張られる感覚がない。

 三歩、四歩と進む。視界が明るくなり、秋の空気を全身に感じた。理緒は振り返る。暗闇に囲炉裏の火がゆらゆらと揺れていた。外に出られた。

 やった!

 理緒は社の階段を飛び降りると、着物の裾をたくし上げて全速力で走り出した。

 草木の匂い。土の匂い。幽閉されるまで何とも思わなかった自然の匂いが懐かしくて、涙が出てくる。

 裸足が枯れ葉や石を踏みつける。足の裏が傷ついていくのが分かったが、理緒は足を止めなかった。

 体力の限界まで走った理緒は、地べたに腰を下ろした。木に背中を預け、乱れた呼吸を整える。つんと冷たい空気が、火照った体を内と外から冷してくれる。

とりあえず社からは大分離れた。けれど理緒はまだ山の中にいる。

 村には戻れない。村民に見つかれば、またここに連れてこられてしまうことは明白だった。だからどこか他所の村に行こう、と決めた。

 体の火照りが取れて呼吸が整った頃には、もう日が暮れてしまった。

 理緒はここが山のどこだか全く分からない。暗がりの山中を歩くのは危険だと判断し、明日、山から出ることにした。

 嫌だが、ここで野宿をする。

 掛け布団を持ってくればよかった。理緒は思いながら、枯れ葉をかき集めて、地面に敷き詰めた。

 落ち葉の布団は思いの外温かかった。理緒は安心感に包まれながら、眠りについた。


 翌朝、朝日と共に理緒は目を覚ました。

 社の中では時間がさっぱり分からないから、いつ頃起きているか不明だった。幽閉される以前は、日の出と共に目覚めるのは当たり前だった。久しぶりの感覚に、自由になれた幸せを感じた。

 理緒は体を起こし、朝露に濡れた落ち葉を払う。落ち葉のおかげか、夜中に寒さで起きなかったし、社の中よりもぐっすり眠れた気がした。

 一刻も早く山の中から出なければ。起床したばかりだが、理緒はもう歩き出した。

 朝のお供え物を持ってきた人と遭遇すると困るから、山道ではなく獣道を通る。あいつが寒さで弱っていたから、蛇はそろそろ冬眠しただろうな、と思いながら進む。

 鬱蒼としていて湿っぽい獣道を歩いていると、柿の木を見つけた。橙色のまん丸とした実が鈴なりだった。

 おいしそうな果実を見ていると、静寂に腹の音が響いた。

 そういえば、昨日の昼から何も食べていない。理緒は手を伸ばし、柿の実を一つもぎ取った。

 着物の袖で柿の表面を拭いて、思い切りかぶりついた。みずみずしくて、優しい甘さが口いっぱいに広がる。あっという間に、食べ終えた。腹を満たすために、理緒はもう二つ食べた。

 昼に食べる分をもいでいると、背後からかさりと枯れ葉を踏む音が聞こえた。振り返ると、体長五尺はありそうな熊がいた。

 熊は何度も見たことあるが、ここまで大きな個体と至近距離での遭遇は始めてだ。逃げないと、と思ったが足がすくんで動けない。

 熊が大口を開けた。鋭い牙を剥きだしにして、こちらに走ってきた。

 襲われる。もうだめだ。せっかく脱走できたのに……。理緒が思った瞬間、白く太い何かが頭上に見えた。それは鞭のようにしなり、熊の脳天を叩きつけた。熊は地面に倒れ込むと、ぴくりとも動かなくなった。

 理緒は腰が抜けて地面に座り込んだ。何が起きたのか分からないけど助かった。ほっとしたのも束の間、背後から肩を抱かれた。

「無事でよかった」

 透き通るような白い肌をした腕。視界の端には、鏡弥の横顔が見える。鏡弥に見つかってしまった。

「いやっ! 離して!」

 理緒は肩を激しく揺らしたが、鏡弥を振り払えない。鏡弥の横顔がぐっと視界に入り込んできた。赤い眼は死んだ魚のように虚ろだ。

「動くな」

 秋の空気よりも冷たい声で言われた。理緒の体はかちこちになり、瞬きもできない。

「またあやっ……」

「眠れ」

 耳元でささやかれた瞬間、理緒の視界は真っ暗になった。

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