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十一話

 鏡弥が扉を開けたときに見える景色が、姿を変えた。青々としていた葉は赤や黄色になり、秋の装いになっている。今日のお供えのおにぎりは、栗ご飯だった。

 社の中もわずかに変化があった。

 連れてこられた夏場はちょうどいい室温だったのに、最近は肌寒くなった。室内の寒さに耐えられない理緒は、布団の中で過ごすことが増えた。鏡弥は理緒よりも寒さを感じやすいようで、腕をさすりながら火がついた囲炉裏の側にいる。

 今日は一段と肌寒い。みのむしのように布団にくるまっている理緒がくしゃみをすると、鏡弥が振り返ってこちらを向いた。

「寒いでしょ? 理緒も囲炉裏の側においでよ」

「あんたがいるからいかない」

 理緒は鼻をすする。鏡弥は眉尻を下げて億劫そうに立ち上がると、奥の扉に向かって歩いた。

「俺が布団にくるまって暖を取るから、理緒は火に当たりなよ」

 鏡弥は言うと、扉の向こうに消えていった。

 理緒は布団から出て、囲炉裏に座った。ゆらゆらと揺れる火に手を伸ばす。優しい熱が、掌を温めてくれる。

 この火は鏡弥が不思議な力で生み出していたが、寒さをしのぐためなら我慢して当たる。寒くなってからは、体を温めるために我慢して湯船にも浸かっていた。火に当たれるなら、もう湯船に入らないで体を温められる。

 火の温もりが理緒の上半身を温めた頃、小脇に上等そうな掛け布団を抱えた鏡弥が戻ってきた。

 鏡弥は囲炉裏を素通りして扉の正面に腰を下ろすと、体に掛け布団を巻き付けた。信仰深い村民が食事と一緒にお供えしたのか、それとも自分の力で創り出したものか。鏡弥の掛け布団はふかふかで温かそうだ。

 火に当たり続け、体が温まった理緒がうとうとしていると、急に視界が暗くなった。

「えっ」

 と、思わず声が出る。

 明かりが消えたのは一瞬だった。部屋が明るくなると、鏡弥がこちらを振り返った。

「ごめん」

 申し訳なさそうに言う。

「こっち見ないでいいから」

 理緒が睨むと、鏡弥はゆっくりと前を向いた。

 窓がなくて外の光が入ってこないのに、室内が明るかった理由。この明かりは、やっぱりあいつの力で灯していたんだ。あいつ、どれだけの力を使えるんだろう。理緒は丸まって震えている鏡弥の背中をじっと見つめた。


  *


 日が経つにつれ、室内の寒さはさらに厳しくなった。理緒は囲炉裏の側から離れられない。理緒が火で暖を取れているのは、鏡弥が囲炉裏の側にいないからだ。

 鏡弥は扉の正面に座り、掛け布団にくるまって寒さをしのいでいる。夏場は真っ直ぐだった鏡弥の背筋は、今は腰が曲がった老人のように前に傾いている。

 室内が真っ暗になった。

 最近、明かりが消えることが多くなった。それに、一度消えたら明るくなるまでに時間がかかるようになった。今回は、理緒の目が暗闇に慣れ、自分の手の輪郭が見えるようになった頃に明かりが戻った。

 おかしくなったのは明かりだけではない。風呂のお湯は濁ってぬるくなった気がするし、無臭だった厠にも臭気が漂うようになった。社の環境を保っていた鏡弥の不思議な力は確実に弱くなっている。

 理緒は、子どもの頃に鏡弥が言っていたことを思い出した。

『寒いのが苦手だから』

 蛇は寒さから身を守るために冬眠する。鏡弥は人間の姿になれる蛇。きっと囲炉裏に当たり続けて暖を取り、冬眠しない。

 掛け布団だけじゃ寒さに耐えられない。だからつらくて不思議な力も弱っているんだ、と理緒は考えた。

 そして、一つの可能性が頭の中に浮かんだ。

 もしかしたら、結界も弱まっていてここから出られるかもしれない。

 理緒を外に出さないための結界も、鏡弥が張っている。力が弱まっているのなら、結界が緩んでいる可能性がある。鏡弥がこの部屋から出たときに試してみよう。理緒は心に決めた。

 夕餉を食べた後、鏡弥は風呂に入った。けれど、まだ理緒は社からの脱出を試みない。風呂に入って、少し体が温まるからだろう。入浴直後に部屋の明かりが消えたことがない。緩んでいるであろう結界も多少は締まるだろう、と理緒は推測する。試すなら、あいつが寝床に入った後だ。

 少し真っ直ぐになっていた背筋がまた曲がり始めた頃、鏡弥はゆっくりと立ち上がった。掛け布団を体に巻き付けたまま、奥の扉に向かって歩く。鏡弥は理緒の隣を過ぎようとしたとき、

「おやすみ」

 と、微風でもかき消されそうな弱々しい声で言った。そして、奥の扉を開けて出て行った。囲炉裏の火と明かりが消え、室内は一瞬で闇に包まれる。

 もう少し待って、鏡弥が眠りについたであろう頃に外に出てみる。

 理緒はひとまず布団を敷いて横になった。温かいのは囲炉裏の周辺だけ。部屋の隅に置いていた布団は、ひんやりと冷たい。理緒はダンゴ虫みたいに丸まって、布団の冷たさを耐えた。

 布団の中が温かくなった。

 大分時間も経ったし、そろそろ試してみよう。理緒は立ち上がり、外と繋がる扉に向かった。

 扉を押し開ける。月明かりがある外の方が、社の中よりも明るかった。

 空っ風が中に吹き込んだ。体が芯から震える。理緒は掛け布団を取りに戻った。体に巻き付けて、再び出入り口の前に立つ。

 もしかしたら出られるかもしれない。そう思うと鼓動は速くなる。

 理緒は瞼を下ろし深呼吸をして、冷えた冬前の空気を体いっぱいに吸い込んだ。

 鼓動は落ち着いた。理緒は瞼を開けて、出入り口から数歩下がった。外に向かって走り出す。

 出られろ!

 理緒は闇夜に向かって飛び出した。

 足の裏が社の外側の床に触れた。いける、と思った瞬間、社の中に引っ張られるような感覚があった。

「うっ」

 理緒は尻から社の中の床に落ちた。鈍い音が室内に虚しく響く。今回も外に出られなかった。

 でもいつもと違った。今までは何の感覚もなく、社の中に戻っていた。飛び出したときに、社の中に引っ張られるような感覚はなかった。

 あいつから引っ張られたのかも。理緒は腰をさすりながら振り返る。けれど鏡弥は背後にいなかった。

 理緒は前を向き立ち上がった。また外に向かって飛び出した。だが、さっきと結果は全く同じだった。

 諦めずに、外に飛び出し続けた。

「痛ったぁ……」

 何度も床に打ち付けた尻が痛い。あざができたのではないかと思う。尻のことを考えて、今夜はもうやめておく。

 理緒は扉を閉め、布団に入った。寝返りを打って、扉のほうを向く。

 体が痛くなった代わりに、わずかな希望を得た。結界の力は弱まっている。もう少し寒さが厳しくなれば、きっと出られる。可能性を信じ、理緒は眠りについた。

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