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第七話 月光の下、因縁の再会

満月の二日前の夜。旧城址公園は、昼間の工事看板とは裏腹に、不気味な静寂に包まれていた。月明かりだけが、廃墟となった物見櫓と、その周囲に設置された奇怪な装置を浮かび上がらせる。


トシオはシルフィア、ガルドと共に、公園の外縁に身を潜めていた。ガルドは、今世では弓道部のエースということで、鋭い観察眼を持っていた。


「装置は三つ。櫓の基礎部分にメインのコア、東西の古い灯籠に補助ユニットが設置されている」

ガルドが双眼鏡を覗きながら報告する。

「レオンはコアの前で座り込み、見張っている。ダークは……見当たらないな」

「約束通り、ダークは協力的だ」トシオが小声で言う。「彼は今夜は来ないはずだ」

「あの眼鏡、信用できるのか?」ガルドが疑わしげに眉をひそめる。

「今のところは。彼も、無益な争いは望んでいない」


シルフィアが優しくトシオの肩に手を置く。

「準備はいい? 一度始めたら、後戻りはできませんよ」

「ああ。ミユを守るためだ」


その時、公園の中央で動きがあった。レオンが立ち上がり、何か叫んでいるようだ。声は風に乗ってかすかに聞こえる。

「……来いよ、陛下! 待ってたぜ!」


「バレているのか?」ガルドが身構える。

「当然だろう」トシオが冷静に言う。「レオンは戦士だ。気配を感じ取る」


トシオはシルフィアとガルドを見つめた。

「計画通り。俺がレオンの注意を引きつける。その間に、お前たちが東西の補助装置を破壊してくれ」

「了解」

「気をつけてね、トシオくん」


トシオは深く息を吸い込み、公園の中へと歩み出た。足を踏み入れるやいなや、周囲の空気が変わるのを感じた。魔力が濃厚に漂い、かつて魔王だった頃の感覚がかすかに蘇る。


「よう、来たな!」

レオンがにやりと笑い、手に炎の剣を現す。その剣は、前世で彼が愛用していたものと酷似していた。

「久しぶりの対面だな、陛下。でも今回は、玉座の間じゃねえ。もっと殺伐とした場所でよ」


「レオン、装置を止めろ。もうこれ以上、誰も傷つけるな」

「傷つける?」レオンの笑みが消える。「傷つけてるのはどっちだ? 前世、俺たちを置き去りにして消えたのは陛下だろうが! あの後、勇者たちに狩られた仲間はどれだけいたと思う!?」


その言葉は、トシオの胸に深く突き刺さった。確かに、彼が倒された後、魔王軍の残党はどうなったのか――彼は知らないまま転生していた。

「……知らなかった」

「知らなくても、事実は変わらない」レオンの目に怒りの炎が灯る。「今度は違う。今度は俺たちが主導権を握る。そのためには力が必要なんだ!」


「力がすべてじゃない。この時代には――」

「綺麗事はいい!」レオンが怒鳴りつける。「陛下はいつもそうだ! 理想ばかり語って、現実から目を背ける! だからあの時、あんな結末になったんだ!」


炎の剣が閃く。トシオは咄嗟に身をかわすが、前髪が焦げる匂いがした。

「戦え、陛下! お前の本音を見せてみろ! 本当はまた力を欲しがってるんだろう!?」


「違う!」

「嘘つけ!」


レオンの猛攻が始まる。炎の刃が次々とトシオを襲う。彼は必死に回避するが、魔力に満ちたこの空間では、レオンの力が増幅されている。数回の攻撃で、トシオの制服に焦げ跡がいくつもできた。


(シルフィアたちに時間を稼がなければ……)


その時、東側から爆発音が響いた。ガルドが補助装置の一つを破壊したのだ。

「なっ……!?」

レオンが一瞬、動揺する。その隙に、西側からも破裂音。シルフィアの魔法だろう。


「計画通りか……!」レオンの顔が怒りで歪む。「でも、コアさえあればまた増設できる!」


「レオン、もうやめろ!」

「やめられるか!」


レオンが全身に炎をまとう。それは、前世の奥義「業火纏身」だ。

「これで決める!」


猛スピードで突進してくるレオン。トシオにはもはや回避の余地がない――。


その瞬間、銀色の光の壁がトシオの前に現れ、レオンの突進を阻んだ。

「シルフィア……!」

「トシオくん、今です!」


トシオはダークから教えられた停止コードを思い出す。複雑な魔力のパターン――それを手のひらに構成し、コア装置に向かって放つ。


「遅い!」

レオンが炎の壁を破り、再び突撃する。しかし、トシオの放った光のパルスは既にコアに到達していた。


装置が軋み、不協和音を上げて動作を停止する。周囲に漂っていた濃厚な魔力が一気に薄れる。

「くっ……!」


レオンが膝をつく。装置から供給されていた追加魔力が断たれ、彼の炎も弱まり始めている。

「なぜだ……陛下……なぜ俺たちの夢を……!」


トシオは息を整えながら、レオンの前に立つ。

「夢は悪くない。だが、その実現の方法が間違っている。ミユを傷つけ、無関係な人間を巻き込むような方法では……」


「ミユミユ……またあの勇者か!」レオンが嘲笑する。「結局、陛下はあの女に魂を売ったんだな! 前世も今世も!」


「違う。彼女を守りたい。それと同時に……」トシオの声が少し震える。「お前たちも守りたい。二度と、あの時のような悲劇を繰り返させたくない」


レオンは目を見開いた。

「なに……言ってる」

「俺は魔王として、お前たちを見捨てた。その罪は消えない」トシオが真剣な眼差しでレオンを見つめる。「だから今度は、違う道を進みたい。戦わずに済む道を」


長い沈黙が流れる。月が雲の間から完全に顔を出し、二人を青白く照らす。


「……バカなことを」レオンの声には、怒りよりも虚脱感がにじんでいた。「そんな綺麗事が通ると思ってるのか」

「通らせる。俺が、魔王としてではなく、トシオとして」


その時、物陰から第三者の声が響く。

「感動的な再会だね、レオン。でも、計画はまだ終わってないよ」


現れたのは、昨日トシオを襲った「純血派」のリーダー格の男だった。彼の後ろには、十人近くの転生者がいる。

「君たちの装置、面白い技術だったね。でも、我々にはもっと効率的な方法がある」


男が手にした奇妙な器械を掲げる。それは、ミユの家の方向を指している。

「覚醒した勇者の魂から、直接魔力を抽出する装置さ。あの子が完全に目覚めれば、我々は一気に力を得られる」


トシオの血の気が引く。

「お前たち……!」

「慌てるなよ、先輩。君も協力してくれれば、分けてあげるよ」男が悪戯っぽく笑う。

「だって、君も魔王だったんだろ? 力が欲しくないわけないだろ」


「俺は拒否する」

「残念。じゃあ、邪魔者は排除だ」


純血派の転生者たちが一斉に動き出す。彼らはレオン以上の魔力を発散しており、明らかに何らかの強化を受けている。


「シルフィア! ガルド!」

「こっちも手一杯だ!」ガルドの声が焦りを帯びる。


トシオはレオンを見る。かつての部下は、複雑な表情で地面を見つめていた。

「レオン、手を貸してくれ。ミユを守るために」

「……くそっ」


レオンが立ち上がり、弱まったとはいえ炎を再び手に灯す。

「陛下のその甘ったれた考え、いつか後悔するぜ」

「それでもいい」


レオンが笑った。皮肉ではなく、どこか懐かしげな笑みだ。

「相変わらずだな、陛下は。じゃあ……久しぶりに、肩を並べて戦おうぜ」


純血派のリーダーが舌打ちする。

「旧魔王軍の団結か。いいね。まとめて始末しよう」


戦闘が再開される。シルフィアの防御魔法、ガルドの遠隔攻撃、レオンの炎、そしてトシオの機転が組み合わさり、数の不利を補う。


しかし、純血派の強化は尋常ではなかった。一人が倒れても、次の者がより強い魔力で襲いかかる。


「奴ら……どこからそんな力を?」シルフィアが息を切らしながら言う。

「あの装置だ!」トシオが叫ぶ。「ミユから抽出した魔力を、リアルタイムで分配している!」


「つまり、あの子が苦しんでいる……!」レオンの顔が怒りで歪む。

「こんな方法で力を得ようとするなんて……最低だ!」


レオンの炎が一段と強まる。かつての仲間を守るためではなく、無辜の少女を守るために、炎の魔法使いは戦っていた。


「トシオ! あの器械を壊せ! こっちは引き受ける!」

「でも……!」

「早くしろ!」


トシオはうなずき、純血派のリーダーに向かって突進する。二人の部下が盾になるが、トシオは巧みな体捌きでかわす。


「お前の野望はここまでだ!」

「ふん、できるものならやってみろ!」


リーダーが器械を構え、ミユの家の方向に向けて発動させる。器械が不気味な光を放ち始める。


「やめろ!」

トシオが器械に飛びかかる。その瞬間、器械から強烈な魔力の衝撃が放たれる。


「あああっ!」


トシオの全身が痺れるような痛みに襲われる。だが、彼は器械から手を離さない。

「壊……せる!」


全力で地面に叩きつける。器械が粉々に砕け、不気味な光が消える。


「な、なんてことを……!」

リーダーの顔に驚愕と怒りの表情が走る。


しかし、それと同時に、遠くから悲痛な叫び声が聞こえる。ミユの声だ。

「ああああっ――!」


「ミユ……!」

トシオがその方向を見やる。シルフィアの家がある方角から、衝撃波のようなものが拡がっている。


「しまった……器械が破壊された反動が、彼女に直撃した……!」シルフィアの顔が青ざめる。

「急がないと!」


レオンが最後の一撃で残りの純血派を蹴散らす。

「行け、陛下! こっちは片付けた!」

「ありがとう、レオン!」


トシオはシルフィアとガルドを連れ、ミユの元へと急いだ。振り返ると、レオンは倒れた純血派の面々を見下ろし、何か呟いていた。


(また……後で話そう、レオン)


シルフィアの家に着くと、地下室から漏れる光が異様に明るい。ドアを開けると、中は魔力の残滓で満ちていた。


ミユはベッドの上で苦悶の表情を浮かべ、体から微かな光を放っている。

「ミユ!」

「トシオ……くん……すごく……熱い……体中が……」


シルフィアがすぐに診察を始める。

「魂が不安定になっている……器械の破壊が、彼女との接続を強制的に断ち切った。そのショックで……」

「どうすればいい!?」

「彼女自身が、覚醒を受け入れなければならない。あるいは……完全に封印するか」


その時、ミユの目がぱっと開く。しかし、その瞳はいつもの碧色ではなく、黄金に輝いていた。

「……思い出した」


冷たい、しかし力強い声。それは、前世の勇者ミユの声だった。


「すべてを。魔王との戦い。最後の一撃。そして……」

彼女の目がトシオに向けられる。

「あなたが、私を殺したことを」


トシオの心臓が止まりそうになった。最悪のシナリオが、現実となった。


ミユがゆっくりと立ち上がる。彼女の周囲には、かつての勇者としてのオーラがまとわりついている。

「なぜ……なぜあなたは、また私の前に現れるの? なぜ、私の心を惑わすの?」


「ミユ、落ち着け。今の俺は――」

「黙って!」ミユの声には、怒りと悲しみが混ざり合っていた。

「私の記憶は戻った。感情も、全て。でも……でもなぜか、今のあなたへの想いも消えない。これが……これがどんなに苦しいか、わかる!?」


彼女の目から涙が溢れる。黄金の瞳が、悲しみに曇る。

「殺してくれ……トシオ。もう二度と、こんな苦しみを味わいたくない」


シルフィアが間に入ろうとするが、ミユの放つ威圧感に押し戻される。


トシオはミユの前に一歩踏み出した。

「ごめんなさい、ミユ。でも、もう殺させない。お前を守ると誓った」

「守る? あなたが? 私を殺したあなたが!?」


「あの時は……俺が選んだ道だった。でも、今は違う」トシオの目にも涙がにじむ。

「三度目の人生で、やっと気づいた。お前を傷つけたこと、お前に悲しい思いをさせたこと……全て後悔している」


ミユは震えながら、手を上げる。その手のひらに、光の剣が現れる。

「嘘つき……! だったら、なぜまた近づくの!? なぜ、私の心をかき乱すの!?」


「お前が好きだからだ」


その一言で、地下室の空気が一変する。ミユの目が大きく見開かれ、光の剣が微かに揺らぐ。


「今世で出会った時、お前はまるで別人だった。明るく、無邪気で……それでいて、どこか寂しそうで」トシオの声は震えながらも、確かに響く。

「最初は罪悪感だけだった。でも、次第に……今のお前が好きになった。笑顔が好きで、一生懸命なところが好きで、無条件に俺を信じてくれるところが好きで」


「……やめて……そんなこと言わないで……」

「本当だ。だから、もう逃げない。前世の罪も、今世の想いも、全部引き受ける」


トシオはミユの光の剣の前にひざまずいた。

「もし、お前が許せないなら……この命、あげる。でも、お願いだ。もう二度と、悲しむような思いをさせないでくれ。幸せになってくれ」


ミユの手が激しく震える。光の剣が、トシオの喉元に触れる。

「簡単に……簡単にそんなこと言わないで……私だって……私だって……」


剣が消える。ミユが崩れるようにひざまずき、声を上げて泣き始める。

「わかんない……頭がぐちゃぐちゃで……憎むべきあなたなのに、守りたいあなたなのに……!」


トシオはミユを抱きしめた。最初は抵抗したが、次第に彼女の体の力が抜けていく。

「大丈夫だ。時間をかけよう。一緒に答えを見つけよう」

「トシオ……くん……」

「ああ、ずっとそばにいる」


シルフィアがほっとした息をつき、ガルドも緊張から解き放たれた表情を見せる。


長い夜が明けようとしていた。窓の外には、夜明け前の薄明かりが差し始めている。


第一節点は破壊され、純血派は撤退した。しかし、ミユの覚醒という最大の問題は、まだ解決していない。


トシオは抱きしめたミユの温もりを感じながら、考えた。

(図書館と学園の節点はまだ残っている。そして、ミユの心の傷も……)


三度目の人生で、彼はついに過去と正面から向き合い始めた。魔王としての罪、勇者への想い、すべてをひっくるめて。


夜明けの光が地下室に差し込み、抱き合う二人を優しく照らした。長く困難な道のりはまだ続くが、少なくとも彼らはもう、一人ではない。


次なる戦いは、図書館の地下で待っている。そしてそこで、さらなる真実が明らかになることになる――。

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