第三話 覚醒する記憶、交錯する因縁
路地裏の薄暗がり。ゴミの匂いが混じった冷たい空気が、かつての戦場の硝煙を思い起こさせた。トシオは、レオン――前世の炎の魔法使いに背を押されるようにして、人目につかない倉庫の裏へと導かれた。
「さあ、ここならゆっくり話せるぜ」
レオンが壁にもたれ、不敵に笑う。その目には、友を見つけた喜び以上に、何か危険な熱が灯っている。
「驚いたな、魔王のくせに、こんな平凡な転生を選ぶとはよ」
「……レオン。お前も記憶があるのか」
「ああ、全部な。あの最後の戦いも、お前がミユに倒された瞬間も、鮮明によ」
レオンの言葉は、トシオの胸に突き刺さる。彼は何も言い返せず、ただ黙って相手を見つめた。
「で、なあトシオ……いや、『陛下』か?」 レオンの口調が少し嘲るように変わる。「転生してまで、平和ボケしてるつもりか? この世界、魔力は稀薄だが、ゼロじゃない。少しずつ、覚醒してきてる連中がいるんだ」
トシオの眉が動く。先ほど感じた気配は、やはり本物だった。
「……何が言いたい」
「俺たち、旧魔王軍の残党――ってわけじゃないが、転生して記憶と少しばかりの力を取り戻した者たちが、ゆるく連絡を取り合ってるんだ」 レオンが身を乗り出し、声を潜める。「面白い計画がある。今の世界に魔法を広め、『選ばれた者』が力を得られる新たな秩序を作ろうってな」
「馬鹿な……」
「馬鹿じゃない!」 レオンの目が一瞬、炎のように揺らめいた。「前世、俺たちは敗者だった。だが今は違う。この平和で無力な世界で、真の力を手に入れれば、俺たちが支配者になれる! お前だって、また魔王として君臨できるんだぞ?」
トシオは冷ややかに言い放った。「そんな計画に興味はない。三度目の人生だ。俺は平凡に生きる」
「フン……そう言うと思ったよ」 レオンは少し距離を取った。「でもな、トシオ。お前がのこのこ学校に通ってる間にも、計画は進んでる。しかも――」
彼の口元が歪んだ。
「あの勇者様も、どうやら転生してるらしいじゃねえか。しかも、お前のすぐ傍に。奇遇ってもいいよな?」
トシオの背筋が凍り付く。彼は知っている。全てを。
「お前……ミユには何もしないだろうな」
「今のところはな。記憶もなさそうだし、ただの少女だ。でもよ……」 レオンの目が危険に細まる。「もし彼女が記憶を取り戻したら? あるいは、俺たちの計画の邪魔をし始めたら? 前世の因縁は簡単には消えねえ。特に、奴ら勇者パーティは――」
「レオン!」
「ああ、ご心配なく。奴らもチラホラ転生してきてるみてえだ。祭司のシルフィアとか、弓使いのガルドとか。面白いことに、奴らも俺たちと同じく、バラバラに記憶と力を少しずつ取り戻してるらしい。完全に覚醒してないから、互いに気づいてねえだけさ」
混乱がトシオの頭を覆う。魔王軍残党。勇者パーティ。両者が転生し、記憶と力を取り戻しつつある。しかも、ミユはその中心にいる――彼だけが知る、歪な恋心と共に。
「なぜ俺にそれを教える」
「単純だよ」 レオンがにやりと笑った。「お前は強い。前世は魔王だった。俺たちの計画に加わってくれたら、心強い。それに……お前とミユの奇妙な関係は、興味深い。もしかしたら、彼女を抑えたり、あるいは味方につけたりする『鍵』になるかもしれない」
「……利用する気か」
「互助関係さ。考えておけ。次に会う時までに返事を期待してるぜ、陛下」
レオンは軽く手を挙げ、路地の奥へと消えていった。トシオは一人残され、重いため息をついた。
(どうなってるんだ……この世界は)
翌日、教室の空気が一変していた。
トシオが席に着くと、ミユはいつもより沈んだ様子で窓の外を見つめていた。
「ミユ?」
「……あ、トシオくん。おはよう」
振り向いた彼女の顔には、曇りがかかっていた。
「どうした? いつもと様子が違う」
「んー……ちょっと、変な夢を見たんだ」
ミユはそっと胸に手を当てる。
「戦ってる夢……大きな剣を持って、誰かと……それで、悲しい気持ちでいっぱいになって。目が覚めても、なんだか胸が苦しくて」
トシオの心臓が強く鼓動した。(記憶が……戻り始めている?)
「ただの夢だ。気にしすぎだ」
「そうかな……でも、とってもリアルだったの。それに……」
ミユがトシオをじっと見つめる。
「夢の中に、トシオくんに似た人がいた気がする。でも、全然違う感じで……暗くて、寂しそうで」
言葉を失うトシオ。彼女の直感は恐ろしいほど鋭い。
「あ! でも、今のトシオくんは優しいし、隣にいると安心するんだ」
彼女はまた、あの無垢な笑顔を見せた。その笑顔が、トシオにはますます罪深く、切なく映った。
昼休み。トシオは一人で屋上に出た。レオンの言葉と、ミユの夢。全てが危険な方向に進んでいる。
(このままでは、前世の戦いが再現されてしまう。平和に暮らしたかっただけなのに――)
「やあ、トシオくん?」
突然、穏やかな女性の声がした。
振り向くと、優しげな笑顔の、銀髪の女生徒が立っていた。彼女の胸には、風紀委員の腕章。
「ここは基本的に立ち入り禁止なんだ。何か悩みごと?」
「……いや、ただの散歩だ」
「そう。でも、あなたの目は『戦い』を見ているようね」
トシオはぎくりとした。彼女の言葉には、どこか深い響きがあった。
女生徒はそっと近づき、声を潜めた。
「実は私も、最近……不思議な夢を見るの。光と祈りの夢。そして、邪悪な炎と戦う夢」
彼女の目が一瞬、透き通るような蒼く光ったように見えた。
「私の名前はシルフィア。もし何かあったら、私に相談してね。きっと……『前世』からの因縁だと思って」
トシオは息をのんだ。シルフィア。前世で勇者パーティを支えた、高位の祭司。彼女もまた、ここにいた。
シルフィアは意味深長に微笑みながら去っていった。トシオは屋上に一人残され、頭を抱えた。
(まずい……両陣営が動き始めている。しかも、ミユの記憶が不安定だ)
放課後、トシオは早足で帰宅しようとしたが、校門の前でまたしても声をかけられる。
「おい、トシオ!」
今度は、体育会系の溌剌とした男子生徒だ。短く刈り込まれた茶髪が特徴的。
「俺、ガルドだ! 覚えてるか? あの弓の!」
(またか……!) トシオは内心で呻いた。
「最近、妙な気配を感じるんだ。街中に、魔力みたいなものがチラホラする。それに……」 ガルドは真剣な顔でトシオを見つめる。「あんた、ミユって子と親しいらしいな。あの子、何か普通じゃないオーラを放ってる。気をつけろよ。周りが騒がしくなってるぜ」
忠告を残すと、ガルドも走り去った。
トシオは駅までの道を歩きながら、混乱と焦りで頭がいっぱいだった。
(魔王軍の残党は世界征服を企み、勇者パーティは転生して少しずつ覚醒し、ミユは俺に惚れ、記憶も戻り始めている……)
そして、一番の問題は――
ふと、携帯が震えた。見知らぬ番号からのメール。
「『陛下』、返事を待ってる。次の満月の夜、旧城址公園で会おう。新たな仲間も紹介する。レオン」
その下に、追記のように一行。
「PS: 勇者様の動向も、少しばかり把握し始めた。彼女の『夢』が、面白い方向に進んでるらしいぞ。興味あるだろ?」
トシオは画面を閉じ、深く息を吸い込んだ。
(もう、傍観者でいることはできない)
彼は決意した。レオンの会合に行く。魔王軍の計画を直接聞き、阻止する方法を探る。そして何より――ミユを、前世の因縁から守るために。
三度目の人生は、予想以上に波乱に満ちていた。全ての歯車が回り始め、逃げ場はない。
(ミユ……お前には、もう二度と、あの悲しい戦いをさせない)
夜の街灯に照らされながら、トシオはそう誓った。罪悪感と、新たに芽生えた保護欲が、彼の心の中で絡み合っていく。
彼はまだ気づいていない。
この決意こそが、彼を再び「魔王」としての運命へと引きずり込み、そしてミユとの因縁を、さらに深く、複雑に紡いでいくことに――。




