高等魔法
「恐らく、魔法を使っている可能性が高いです」
「人の認識を弱める魔法か…範囲の制限があってそこから外れた人間には認識できたんだろうな」
「ええ、制限があるとはいえかなりの高等魔法です。魔力の高い人でなければ扱えません」
この街でそんな魔法を扱える者は一人もいない。
大きな理由は内部魔法を扱っていることにある。
まず、魔法を扱うには魔力という体内エネルギーが必須となる。この魔力は個人差があり、魔力量によって扱える魔法が決まってくる。
そして、魔法には外部魔法と内部魔法の2種類がある。
外部は日常魔法や攻撃魔法といった自分の魔力を外に放出し、魔力を具現化する事を示す。内部魔法は相手の体に流れる魔力に対し、自分の魔力を流し込んで認識を変えたり、体内からの損傷を促すことができる魔法。
老人が使った魔法は人の認識を弱める魔法。
つまり、受付全員の魔力に自分の魔力を与えたという事になる。
そして他人の魔力に自分の魔力を与える事は非常に危険な行為である。なぜなら、魔力と魔力は反発し合うからだ。
失敗すれば、与えられた側は反発する力で体内の魔力が暴発し死に至る。
だからこそ、魔力の高い実力者でなければ扱えない高等魔法なのである。
「厄介そうなジジイって訳か…おもしれぇじゃねぇか!」
「面白くありません!この街の誰よりも実力が上なのにも関わらず、護衛を依頼する方ですよ?何か裏があるとしか…」
「尚更好都合だ!魔法の使い方教えてくれるかもしれねぇ!護衛が必要な理由も本人に直接聞きゃあ、分かんだろ」
「なんて楽観的な…」
「大丈夫だって〜」
バシバシとタタンの肩を叩く。
この男に任せて本当に大丈夫なのだろうか、と頭で考えたが、もう面倒くさくなってきたので口を閉じることにした。
「んじゃ、そのジジイの面、拝んでくるわ」
踵を返してじゃあな!と去っていく。
新たなトラブルが起ることのないように祈りながら、小さく唇を開き、
「お気を付けて…」
と青年の背中に向かって呟いた。
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「んで?どこにいるんだ?」
意気揚々と役場を出たは良いが、肝心の依頼主の場所が分からない。
唯一の手掛かりはローブを被った老人で大金を持っている、ということだけ。
怪しげな格好ではあるが、この街にはそんな奴は沢山いる。
目撃情報があるかどうか微妙な所だ。
「とりあえず、身を隠せそうな所を見て回るか…」
暮色が辺りを包んでいる。
夜になれば見つけるのは困難になってしまうだろう。
(急がねぇと)
人が少ない路地裏の角を曲がった。
ドンッ…!
「いてぇ…!」
なにか大きな物にぶつかった。
岩のようなビクともしない何かがそこにある。
いや、そこにいる
慌てて見上げるとそこにはまさに探していたローブを被った老人が立っていた。
「!?お前…もしかして…」
尋ねる前にその老人は背を向け走り出した。
しかもとんでもない足の速さだ。
「おい!待てっ…!」
すかさずリヒトも後を追う。
老人はこちらを振り返りもせず、森の方面に走っていく。その方向にはラナ爺の家がある。
木や枝にぶつかり、ツタに足を取られながら老人を捕まえようと手を伸ばす。
「早すぎんだろっ!クソジジイ止まれ!」
もし家に逃げ込まれたらラナ爺が危ない。
必死にローブを掴もうとするが、するりとかわされる。
「お前っ!依頼出しただろっ…!はぁ…役場の!…話があんだよ…!あぁクソ…!!」
「!!」
息も絶え絶えで叫ぶ。
その声にぴくりと反応した老人が、走りながらこちらを振り返る。
表情は見えないがどこか安堵したように見えた。
「うぉい!前!前!ぶつかるぞ!!」
「!?」
ドゴォン!!!!
物凄い音を立てて、寸前に迫っていた家の壁に、老人が追突した。
ガラガラガラ…と瓦礫が落ち、砂埃で包まれる。
大きく空いた壁の向こう側には、大好物の人参パイを頬張ろうとしているラナ爺が目を点にして固まっている。
後を追いかけてきたリヒトは足を止め、瓦礫に埋まった老人とラナ爺を交互に見て息を飲んだ。
辺りは静寂に包まれていた。
なんとも言えない空気の中、瓦礫の下敷きになった老人が小さく呻き声を上げた。