ローブを被った老人
「頼む!こんなチャンス滅多にないんだって!」
「いや…あの…う〜ん」
カウンター越しで、目の前で手を合わせ懇願してくる青年を、困惑した表情で見つめた。
ここに勤務して10数年、エルフであるタタンは迷っていた。
どうやらこの青年は、最近噂の羽振りのいい依頼に釣られ、ここまでやってきたようだ。
普段であれば、承認の印を押して送り出すが、今回はそう簡単に承認できない理由があった。
「この依頼、黄色の依頼書だろ?なら俺が受けても問題ないだろ!?」
バシバシッと手に持った黄色の依頼書を叩きながら、顔を近づけてくる。
確かに黄色の依頼書であれば、危険度は低いため問題ない。
だが、あまりに報酬と内容が見合ってない。
そしてなにより、
「この依頼書、申請された記録がないんです〜…」
「は?」
そう、これが承認できない一番の理由だった。
間抜けな顔をして、こちらを見つめる青年。
無理もない。
依頼書は受付で申請し、許可を得てでしか役場で張り出されない。
きちんと身元確認を行い、報酬と依頼内容が適切であるか、過去の依頼履歴なども含め審査される。
申請された記録がないという事は、この厳重な審査をすり抜け、無許可で張り出されているということだ。
「じゃあ、なんで張り出されてんだよ?とっとと剥がしちまえば良かったじゃねぇーか」
落胆した表情でヒラヒラと左手に持った依頼書を揺らす。
ごもっともな意見ではあるが、これもまたそう出来ない理由がある。
「一度依頼ボードに張り出されたモノは、依頼主の許可なく取り下げることは出来ないんですぅ…」
これは規律で決まっている為、依頼主が取り下げに来るまで張り出しておくしかない。
しかし、無許可での依頼、見合っていない報酬と内容のモノを承認するわけにもいかない。
苦肉の策として、承認する事も取り下げる事もせず放置という形に至ったのだった。
「ちぇっ、せっかく走ってここまで来たのによ…」
「申し訳ありません…」
深々と頭を下げ謝罪をするが、目の前の青年は立ち去らず何かを考え込む仕草をしている。
(早く帰って〜!)
心の中で涙ながらに叫び、苦笑いを浮かべ、
「ど、どうされましたか?」
恐る恐る尋ねる。
すると、青年の顔は何やらよからぬ笑みをタタンに向けた。
「俺が依頼主に会って取り下げるよう言ってやるよ」
「えぇ!?」
「いつまでも無許可の依頼書ぶら下げてちゃ、そっちも困るだろ?」
「それは、そうですけど…」
日々多忙な役場にとってこの依頼書は、クレームという新たな仕事を増やす元凶になっていた。
この青年と同じように、依頼書を目当てにくる者が後を経たず、毎度同じ説明を繰り返し、最後にはクレームを受けるという悲惨な状況であった。
依頼主に直談判する時間も無いため、この青年の申し出は、正直手を取って喜びたい程のことだった。
少し悩んだ後、青年が持っている依頼書を受け取る。
眉を八の字にしながらまじまじと青年と依頼書を見比べた。
「危ないことはしないで下さいね?」
「おう」
「依頼主が応じなかったら素直に帰ってきて下さいね?」
「おう」
「もし相手が手を出してきたら、すぐにこちらに連絡して…」
「分かったって!!」
痺れを切らした青年が机を拳で叩いた。
その勢いにビクッと肩を揺らしてひぇっ!と声を上げる。
「それで?どこにいるんだ?依頼主は」
「それがですね…集合場所も連絡先も書いてないんです…」
「はぁ?じゃあどうやって会うんだよ?」
「多分ですけど、必要事項を見ずに出されたのではないかと…」
呆れた様子で頭をガシガシと掻きながらため息を吐く。
「まじかよ…この街全部探さなきゃいけねぇのかよ」
「その…街の噂ではローブを被った老人が、この依頼書を出したと言われています…確かでは無いんですが、こちらの受付で姿を見たと言う方がチラホラいるそうで…」
「…?でも、申請された記録がないんだろ?」
「はい。それがおかしな事に受付の人間は誰もそのような人物に覚えがなく、何故かその場にいた他の人には認識出来ていたそうです」
(それってつまり…)