依頼
『あ〜そ〜べ〜!』
「いだっ…!いだだだだっ!!」
本日の仕事を終え、疲労いっぱいの体を休めるべく机に突っ伏していたリヒトは悲鳴を上げた。
両サイドにはペイズリーの双子____レノとレナがこれでもかというほどリヒトの髪を引っ張っていた。
双子はキャッキャと声を上げて笑い、今度はリヒトの上に乗って体重を掛けてくる。
働きっぱなしだったリヒトにはもう抵抗する力もない。
完全におもちゃにされ、されるがままだった。
「レノ、レナ、手を洗って2階に行きなさい」
キッチンの奥から手を拭きながらペイズリーが出てくる。長く三つ編みにした髪を解き、一段落したのかふぅとため息を吐いた。
『はーい!』
元気に手を挙げてドタバタと双子は奥へと走って行く。まるで小さな怪獣だ。
「…専用のシッター雇った方がいいだろ」
顔を伏せたまま、独り言のように呟く。
嵐の後のように髪や服はぐちゃぐちゃで、見ていて気の毒な程だ。
「そうね、タダであんたがやってくれるならね」
「俺を殺す気か?」
「私は生きてるわよ?」
(あの双子怪獣の母親ならそりゃそうだ)
心の中でぼやきながら、悲惨だった時間を思い出す。
これを毎日やってるペイズリーは人間では無いかもしれない。とリヒトは思った。
「あんた、ラナ爺の所で世話になってるんだろ?ちゃんと稼いでたまにはプレゼントでも贈ってやったらどうだい?」
「わぁーてるよ。でも…ほら、こうドーンと稼げるような仕事がねぇーんだよな」
はぁ…。とため息を溢し、状態を起こして考える仕草をする。
仕事は探せばいくらでもあるが、日常魔法必須のモノばかりだ。
特に金額のはずむ仕事は、さらに高度な魔法を強いられる為、リヒトには明らか不向きだった。
「ドーンと稼げるねぇ…」
人差し指を唇に当て、しばし考え込んだペイズリーは、ぽんっと手のひらを叩いた。
「そういえば、とんでもなく羽振りのいい依頼があるって街で噂になってたわよ」
「たしか、中央国家までの護衛で5000万セリだったかしら?」
「まじかよ!なんでもっと早く教えてくんねぇーんだよ!」
勢いよく立ち上がり、着ていたフリフリのエプロンを投げ捨てる。
こんな生活とはおさらばだ、と頭の中で素敵な妄想を繰り広げ、ニヒルと笑った。
「あー、でもあまりに報酬が良すぎて、裏があるじゃないかって誰も依頼を受けていな____」
ペイズリーの言葉が言い終わるより前に、既にそこにいたはずのリヒトの姿はなかった。
無造作に投げ捨てられたフリフリのエプロンを見つめながら、遅かったか…。と頭を抱えた。
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勢いよく店から飛び出しだリヒトは、街の中心部にある役場に向かっていた。
危険度の低いものから大きいものまで、そこには様々な依頼が貼ってあり、自分の条件に合うものを選んで仕事が出来るシステムだ。
危険度によって依頼書の紙の色が異なり、低いものから、【白、黄色、緑、青、紫、赤⠀】となっている。
ガルドというこの街は、他と比べれば危険な地域ではあるものの、せいぜい見かけても青の依頼までだ。
紫、赤の依頼となってくると専門の職種としている中の更に上級者、もしくは国に属する国家連合特別部隊ジェネシスくらいしか受けることは出来ない。
リヒトが受けたことのある依頼は、庭の雑草取り、荷物持ち、ペット探しなど誰でも出来る白の依頼だけだ。
ペイズリーから聞いた中央国家までの護衛であれば、危険度を考えても黄色の依頼ぐらいだろう。
中央国家までの道のりは早くても半年は掛かる。
その時間を考えて5000万セリなのか、はたまた世間知らずのただの金持ちか…。
(時間は掛かるが、5000万セリも貰えるなら屁でもないぜ)
長い坂を転げ落ちるように走る。
随分走ったせいで額には汗が滲んでいる。
拭き取ることもせず、数メートル先に見えた役場に心躍らせた。
ニヤける口元を抑えながら、人々の間をすり抜け、ようやく目的地の役場に足を踏み込むのだった。