ペイズリー食堂
朝の6時だというのにペイズリーの食堂は沢山の人で賑わっていた。
看板メニューである蒸し鶏のねぎ塩ダレを目当てに老若男女が押し寄せてくる。
もちろんそれ以外にもペイズリーの気まぐれ定食やナスの甘酢唐揚げなど他にも人気の料理があり、わざわざ遠方から客が来る程の名店だ。
そんな人気店ながら、カウンター含め20名程しか座れないのでいつも店の前には長蛇の列が出来ている。
そんな忙しない中、店主であるペイズリーは女性でありながら自身の双子の子供(3歳)の面倒を見つつ切り盛りしているスーパーウーマンだ。
いつも一人でキッチンを回していたペイズリーだが、今日はそこにリヒトがいた。
身に付けているエプロンはペイズリーの趣味なのだろうか、フリルたっぷりのキュートなピンクで後ろの腰のリボンはこれでもかというほど大きかった。
リヒトは既に疲れきった顔で手元の人参を切り続ける。
目の焦点は完全にどこかに飛んでいた。
「リヒト!3番卓のチャーハンは出来たのかい?」
背を向けたままフライパンを振るペイズリーが尋ねる。
「いや…ま、まだ…」
「何やってんだい!さっさとしないと客が帰っちまうよ!ツケ代きっちり体で払ってもらわないと困るよ!」
フライパンをお玉でカンカン叩きながら鬼の形相でリヒトを睨んでいる。
早くしなければこのままとって食われそうな勢いだ。
「そんなこと言ったって、俺は日常魔法使えねぇんだよ…」
「じゃあ、ツケ代払うかい?」
「すみませんでした」
払えるもんなら払いたいが残念ながら一銭も持ってない。
この世界では効率よく稼ぐには日常魔法が必須だ。
魔力を持っていれば大概の人間は簡単に扱えるモノだが、リヒトには日常魔法のセンスが無かった。
代わりに攻撃魔法は得意な為、戦闘のセンスはあったがただのアルバイトでは何の役にも立つどころかむしろ魔力の放出をミスり物を壊すばかりだった。
結果、リヒトは魔法なしで肉体労働に励まねばならないのだ。
チラリとみた横では、ペイズリーが右手をちょいと動かし魔法で汚れた皿を洗いながら、左手で双子の子供を魔法で宙に浮かしてあやしていた。
はぁ…と深いため息をついてリヒトはフライパンを握り3番卓の為にチャーハンを作り始めた。
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「おい、聞いたか?」
「何がだ?」
「依頼ボードにそりゃ羽振りの良い依頼が貼ってあるんだとよ!」
「そりゃうまい話だが、どんな内容なんだ?」
酒場の端で酔い半分で喋り出した男の話に相席していた男が食い付いた。
「それがよぉ、なんでも中央国家までの護衛で5000万セラなんだとよ!」
「5…5000万セラ!?大金じゃねぇか!」
持っていた樽型のコップをドンッとテーブルに置いた男は大声で聞き返した。
「でもなんだか怪しくねぇか??」
背後から別の男が怪訝な顔で聞いてきた。
それもそうだ。5000万セラもあれば、1つの小さな町が買える程のにわかに信じ難い金額だ。
詐欺か誰かのイタズラか…誰も信じないであろう依頼内容だ。
「まぁ、待て。聞いた話ではどえらい金持ちのジジイが依頼主だとよ。なんでもとんでもねぇ臆病な性格らしく、依頼書を申請する時も大きなローブを被って身を隠すように来たんだと」
その様子を真似して、男はローブを被るフリをして両肩を抱きながらブルブルと震えて見せた。
「そんな臆病なやつがなーんでこんな凶暴な街に来たんだか…」
「どうせ魔物か盗賊に目をつけられてここまで逃げてきたんじゃねぇのか?」
「はは!そりゃちげぇねぇな!」
ガハハと大口を開けて笑った男達は酒瓶を片手にまた飲み始めた。