眠らない街
ここは眠らない街ガルド_________
ミラチェスタ大陸の南西に位置するこの街は、荒くれ者、放浪者、悪徳商人、元奴隷など、多種多様な人間達が行き交う。
昼夜問わず多くの人々で賑わい、欲望と金が渦巻く掃き溜めの場所だ。
路地裏には酒に酔い潰れた50半ばの男が酒と書かれた大瓶を抱いて、寝言のように明日こそは…と繰り返す。
「ちょいと失礼!」
「んがっ…!?」
走りながら男の頭上を飛び越えたその青年は、男が持っていた酒瓶を奪い取りそのまま飲み干した後、ご馳走さんと瓶を振った。
「待て!こんのクソガキがぁぁあ!!」
「逃がさねぇぞ!リヒト!3日分の支払い今日こそはきっちり払ってもらうぞ!」
リヒトと呼ばれたその青年の後を追う大男と小柄の男はもたつきながら狭い路地を駆け抜けて行く。
「あいにく手持ちがないんでな!代わりにこれやるよ!」
「んなぁ!?」
「てめぇなにしやがる!」
持っていた酒瓶を割り、路地裏の2階建ての壁と壁の間に括り付けられたロープを切る。
ロープに掛けられていた大きな布が男達に覆いかぶさった。
「ふぃ〜危ねぇ…もうあそこの店には行けねぇな」
逃げ回ったせいで汗でびちょびちょの服を脱ぎながら森の奥へと入っていく。
道などないが、慣れた様子で木と木の間をすり抜け、生い茂った葉っぱをかき分け足を進める。
5分もしない内に先の方で明かりが見えた。
大きな屋根に歪な形をした煙突が付いておりモクモクと煙が空へと昇ってゆく。屋根裏部屋と思える窓には夜空の光が反射してキラキラと輝いてた。1階の小さな窓からランタンと思える光が漏れ出ている。
壁には即席で造られたようなこれまた歪な梯子が掛けられており、屋根上へと続いている。
決して立派ではないがいい家だ。
「ちっとばかし遅くなっちまったな。」
コソコソと歪な梯子に足をかけ登ろうとした時_____ガチャッ…
「遅かったのぉ、リヒト。何をしておったんじゃ?」
ビクッ!と肩を揺らしたリヒトは声のする方向へ錆びた人形かのようにギギギ…と顔を向けた。
明らかに動揺した顔で、額には尋常ではない脂汗を浮かばせながら言い訳を考える。
「あ〜、えーと…ラナ爺____起きてたのか?年寄りは早寝だって言ってたけど例外もあるもんだなぁ〜…」
なんて…。と引きつった笑顔で話すが目は完全に泳いでいた。
「へっへっへっ…お前の知らぬ事などこの世の中には溢れる程あるんじゃよ。お前の未来の為に朝まで話し合いが必要じゃな」
緑のちゃんちゃんこを羽織り、長い髭に折り曲がった腰、10cm程の高さがある下駄を履いた老人が扉から出てくる。
頭には大きな兎の耳がぴょこんと付いていた。
「う''っ…勘弁してくれ…」
うげぇ…と舌をだしてげんなりした顔で老人____ラナ爺を見る。
「どうせまたどこかの支払いをすっぽかしたんじゃろ?ええっと、先週はスコットの酒屋でその前はラーラの飯屋じゃったかな?」
小さな指を折りながら数える仕草をする。
「ラーラんとこはこの間働いて返したって!あいつ四六時中こき使いやがって、お陰で筋肉痛で死ぬとこだったぜ」
「自業自得じゃろ」
「ひでぇ!弟子が酷使されてんのに助けもしねぇってか!」
「いつも尻拭いをしてやってる事を忘れてるようじゃな」
「うぐっ…」
いつも好き勝手に暴れては街を騒がすリヒトもラナ爺だけには敵わない。
ラナン・マクゴット_____通称ラナ爺。
兎族で年齢不明、かなりの高齢に見えるが体力に底がなく体術が得意。
リヒトの師匠であり育ての親でもある。
この世界には人間だけでは無く、様々な人種が存在している。兎族もそうだが、それ以外にエルフ、ドラゴンなど珍しい種族もいるが、このミラチェスタ大陸においてもっとも尊き存在であり象徴なのが、_____デウスリーベリー。
この大陸の力の源である魔力を支えるのが彼らデウスリーベリーである。
彼らが存在するお陰で各国々に魔力が普及され、潤い、生活ができる。
魔力はなくてはならない生活の基盤なのだ。
「リヒト、分かっておるな?ワシもそう長くは生きられぬ。お前はいつか一人で生きていかねばならなくなるんじゃぞ」
長く垂れた髭を伸ばしながら淡々と話す。
実際、親のいないリヒトはラナ爺が死んでしまえばひとりぼっちだ。
残されたリヒトを想っての発言だった。
「…あぁ、分かってるよ。」
少し拗ねたように返事をしながら、屋根裏部屋に続く梯子をギュッと握り締めた。
「あっ、明日ペイズリーとこで飯炊きだから朝はえーんだった」
ダダダッと梯子をかけ登った後思い出したように呟く。
「ペイズリーのとこも未払いなのか!?」
ギョッと驚いた顔のラナ爺が屋根上にいるリヒトを見上げる。
あ、やべっ みたいな顔をして急いで屋根裏部屋の窓を開けて入っていく姿が見えた。
「こら待てぇー!!話は終わっとらんぞー!!」
ラナ爺の怒号を背に受けながら、窓から手をヒラヒラと降ってリヒトは部屋の中へ消えていった。
ワナワナと震える拳をなんとか沈め、ラナ爺は大きなため息を吐き、どうしようもない弟子の未来を案じたのだった。