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第37話 舞台はかくも回り続ける

「――……ふざけるな! 何故、このようなことをした!?」


 微睡みの向こうで、誰かが怒鳴る声が聞こえた。頬に感じるのは、ふかふかとした絨毯の感触。瞼の向こうから差す照明の明るさにおもわず声を漏らすと、純蓮はそっと目を開ける。

 

 どうやらここは、屋敷のホールのようだ。しかも純蓮が伏せているのはどうやら、その中央に設置された吹き抜けの大階段の踊り場に当たる場所だった。困惑する純蓮に向かい、背後からはステンドグラスからの月明かりが、そして頭上からはシャンデリアの眩い光が燦々と降り注いでいる。


 なぜ純蓮はこのようなところにいるのだろうか、と記憶を辿るも純蓮の記憶は食堂でビーフシチューが運ばれてきた、というところで途切れていて今ひとつ状況を掴めない。ただ、ひとつだけはっきりとしているのは、あのように意識を失うなど通常ありえない事態だということだけだった。睡眠薬、という可能性が純蓮の脳裏に過ぎる。

 あの場で純蓮が口にしたのは水だけだった。もしもその水に睡眠薬が混入されていたのだとしたら、それをできるのは――。と、そんなとき。純蓮の思考を遮るような声がホールに響いた。


「ははっ、何故か……ですか。まさか私がそんな質問に答えるとでも? 旦那様はまだ立場をお分かりになっていないようですが……、今お嬢様の命を握っているのは、この私なのですよ?」


 その声の調子は物騒な文言とは対照的に穏やかで、その乖離に純蓮は背筋を凍らせる。今の彼の言葉では、まるで彼が純蓮を殺そうとしているようではないか。


 ここから逃げなくてはと思うのに、身体は微塵も動かない。盛られていたのはただの睡眠薬ではなかったのかもしれない、と純蓮が絨毯の上で伏せていれば、声の主はその姿を現した。


「あぁ、お嬢様。やっと目覚めたのですね。ちょうどいいタイミングだ」


 にこり、と微笑むその姿は、いつも通りの彼にしか見えず、純蓮は身体が強ばるのを自覚する。

 何故、彼はこのようなことをしたのだ。何故、彼はこんなにもいつも通りを装えるのだ。何故。

 純蓮は、回らぬ頭を必死に回転させながら、絞り出すように言葉を放つ。


「なぜ……、なぜあなたがこのようなことを……! 執事長……っ!」


 純蓮の前で、彼は小さく息をつきながらその言葉を受け止める。そこに立っていたのは、影吉依月の父であり、一之瀬家に長年仕えてきた家令である影吉敬吾だった。


「……まったく、さすが親子といったところでしょうか。実に代わり映えのしない質問だ」


 そう唱えた彼は今までに見たことがないほどに冷たい目をしていて、純蓮は身体を強ばらせる。あまりの衝撃に、頭が上手く働かない。

 ただ、何が起こっているのかは分からずとも、この瞬間、彼が純蓮に害意を持っているというのは疑いようのない事実だった。


「……ですが、そうですね。何も分からないままに殺される、だなんて面白くないでしょうし。せっかく役者が揃ったんだ。私がどうしてこのようなことをしたかをお教えしましょうか」


 敬吾はふむ、と何かを納得すると、先ほどまでの意見を翻し、笑ってみせる。

 そして彼はいまだ伏せたままの純蓮の襟を無理やりに引き、ぐいと純蓮の上体を起こさせた。息の詰まるような感覚に呻き声を漏らしながらも階段の下を見れば、そこには茫然としたようにこちらを見つめる影吉と治彦の姿があった。

 そして、治彦は純蓮の姿を見ると、ぐしゃりと顔を歪める。


「……っ純蓮! 敬吾……、頼む。娘には……、娘にだけは手を出さないでくれ……」

「お父、様……?」


 今、彼はなんと言った? まさか、あの言葉ではまるで治彦が純蓮の身を案じているようではないか。

 自らの耳を疑う純蓮に向かい、敬吾はさも心配するかのように言葉を繋ぐ。


「今になってやっと父親面をするだなんて……、酷い話もあったものですね。お嬢様、旦那様はあなたのことを嫌い、疎み、遠ざけた。そんな人だったでしょう?」

「そ、れは……」


 敬吾の言う通りだった。純蓮の知る治彦は陽乃を死に追いやった純蓮のことを嫌っていて、純蓮になんて見向きもしてくれない、そんな人だったはずだ。――そのはずだったのに。

 どうして彼は、今にも泣き出しそうに表情を歪めているのだろう。


 そんな純蓮の混乱を見てとると、敬吾はくく、と声を漏らす。その声に視線を向ければ、彼は愉快でたまらないといった様子で口の端を歪めていた。


「はははっ、……まさかここまで上手くいくとは」


 その場にいる全ての人間の注目を集めながらも、彼は余裕を崩さない。憐憫ともとれる表情で、彼は朗々と言葉を告げた。


「八年越しの計画が、やっと日の目を浴びるんです。さぁそれでは――、答え合わせをしましょうか」

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