夜更けの灯り
本日二話連続投稿予定です。もう一話は20:00に更新します。
「…………ねむれない」
と、幼い純蓮は真っ暗な夜の闇の中でつぶやいた。目を閉じれば、今でもあの日の光景がフラッシュバックしてしまいそうで。目を閉じることすら億劫になる、そんな夜だった。
もぞもぞとベッドの中で寝返りを打ちながら、彼女はささやく。
「……いつも、なら。お母さまが、すみれと。手を……」
いつも眠れない夜は母の寝室に行けば、陽乃が暖かく「もう、純蓮ってば仕方ないなー」と笑って純蓮をベッドに迎え入れてくれたのだ。
ただ、今はもうその温もりに触れることは未来永劫叶わない。
「……お、母さま……っ」
ひく、と込み上げてくる嗚咽を、必死の思いで喉の奥へと押し込める。時計の針が半周ほど回ったあとで、彼女はふらと体を起こし、部屋の外へ向かい歩き始めた。
なにか、飲み物でも飲めば落ち着くのではないかと考えたのだ。
やがて、彼女は厨房へとたどり着く。真夜中の誰もいないはずの厨房。ただ、なぜか厨房から廊下には、かすかな灯りが漏れていた。
おそるおそる、彼女は厨房の中をのぞき込む。そこによく見知った少年の姿があった。
「……お嬢様、こんな時間にどうしたんですか?」
ぼんやりと光る厨房の照明の下で、純蓮の気配に気付いた彼はふとこちらへ振り返る。
その手元には真っ白なマグカップがあった。
「あ……。いつき、くん」
彼は純蓮の目元に視線をやると、困ったように眉を下げる。そして少し考え込むように顎へ手をやったあとで、彼はそっと人差し指をたてて、真面目な表情で告げたのだ。
「これは秘密の話なんですが……、実は俺、眠れないのでホットミルクをつくろうと思ったんです」
「……ホットミルク?」
突然の告白に純蓮が目を瞬かせていると、彼は棚からこと、と鍋を取りだしこう言った。
「えぇ、でももうお嬢様にはバレてしまったので……。ここは共犯っていうことで、ふたりで一緒につくりませんか?」
旦那様たちには内緒ですよ、と彼は囁く。内緒、とはなんて素敵な響きだろう。
「それなら、……すみれはハチミツたっぷりにしてほしいのです!」
「はい、お嬢様。仰せのとおりに」
彼は小さくふふと声を漏らして、コンロへと向き直る。
とくとく、とふたり分のミルクを鍋に注ぐと、彼は蜂蜜の瓶の蓋をカコと軽い音で開けて、その瓶を純蓮に手渡した。銀色のスプーンの上でとろりと黄金色に光る蜂蜜からは優しい匂いがふわりと香る。
厨房にただようあたたかな甘い香りにいつしか純蓮の震えは消えていて。
温かなミルクを、火傷しないようにと息を吹きかけ一口ずつそっと唇でなめるように飲む。優しい甘さはじんわりと純蓮の体を温めて、純蓮の意識はうつらうつらと夜の闇の中に溶けてゆく。
――その日純蓮は、幾日かぶりに穏やかな気持ちで眠りにつくことが出来たのだ。




