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第2話 お嬢様のご依頼

 喫茶ルミナリクの隠し部屋。純蓮の正面に座る青みがかった髪に赤いツリ目の店員は、どこか遠い目をしながらため息をついた。純蓮が今しがた書き終えた依頼書を手に取ると、彼は上から下へと流れるように目を通す。

 

「えー……それでは確認になりますが、ご依頼人は一之瀬純蓮様。そして……暗殺対象は……、一之瀬純蓮様でよろしいですか?」

「はい! 間違いありませんわ」

 

 すみれ色の大きな瞳をきらきらと輝かせた純蓮の、生き生きとした元気のいい返事を聞いて、彼はことさら大きくため息をつく。そして眉根を寄せると、ばしりとテーブルに依頼書を叩きつけてこう叫んだ。

 

「いや何考えてんだアンタ!? そんな依頼見たことも聞いたこともねぇよ!!」

 

 店員のあまりの剣幕に、純蓮はおもわず口をぽかん。そのままぱちくりと目を瞬かせる。

 

 ――な、なんというか、先程までと口調が違いすぎるのではありませんか?


 目の前の彼はぐしゃぐしゃと乱暴に髪をかきあげると、胡乱(うろん)げに純蓮を睨んだ。純蓮はそんな視線を受け流し、にこやかに笑みを浮かべる。

 

「それでは、わたくしが前例を作ったということですね? なんとも誇らしい限りですわ」 

「んな事言ってねーって! どんだけポジティブなんだよアンタ!?」

 

 店員の男は愕然と目を見開くと、なんなんだコイツ、と唸りながら頭を抱えてしまった。

 確かに、純蓮自身もこの依頼が非常識だということは自覚している。だがそもそもが「暗殺」なんて非常識の塊のような仕事なのだから、こちらの非常識さにも多少は目をつぶっていただきたいものだ。と、そう心の中でひとりごちて、彼女はきゅっと唇を噛む。

 

「もちろん依頼料の方は言い値でお支払いいたしますわ。……それでもダメ、でしょうか」

 

視線を下へとずらしつつ、純蓮は言葉を口にする。そんな純蓮を見て、彼は困ったように眉を下げた。

 

「あー…、とりあえず、金額にかかわらずアンタの依頼は受けられない。悪いけど、違う方法を考えてくれ」 

「そんな、どうしてですの!?」

 

 言葉と同時、純蓮は勢いよくアルマへと向かって身を乗り出す。彼はそれをサッと避けると、少しバツの悪そうな顔をしながら言葉を続けた。

 

「依頼者本人を殺してくれなんて依頼受けたことがないってのもあるけど、そうじゃなくて多分アンタはなんか勘違いを……もがっ」

「こらアルマ。私は依頼人の話を無下に断っていいと教えた覚えはないよ」


 ふわり、と品の良い薔薇の香りが部屋中に満ちる。

 彼の口をふさいでいたのは、妖艶という言葉がしっくりとくる、見目の良い女性だった。すらりとのびた手足に、均整のとれた体つき。彼女の立ち姿は、人の目を否が応でも惹き付けるかのようだ。

 そんな彼女の姿を目にして、この部屋には自分たち以外には誰もいなかったはずなのに、と純蓮はおもわず言葉を失う。純蓮が呆然と二人を見つめていると、彼女はにこりと微笑んだ。

 

「驚かせてしまったかなお嬢さん。うちの阿呆が悪いことをしたね」

「もご、誰が阿呆だ……。いい加減手どけろよロゼ!」

「あぁごめんごめん。だけど、お客様の前では私のことは店長と呼ぶように、といつも言っているだろう?」

 

 まったく人の言うことを聞かないんだから、と彼女は悪びれもせずに言い放つと、店員の男、アルマからぱっと手を離す。そしてそのままアルマをぐいとソファの隅に押しやると、純蓮の正面へと腰をかけ、妖しげな笑みを浮かべてみせた。

 

「さてお嬢さん、ここからは私が話を引き継ぐよ。……その制服からして、紫峰(しほう)学園の高等部の子かな?」

「は、はい。そうですわ」

 

 こちらを見つめるロゼの瞳がまるで全てを見透かしているような気がして、純蓮はおもわずどきりと動きを止める。彼女はふむ、と何かを納得すると、こう続けた。

 

「わかった。君の依頼を引き受けよう」 

「ほ、本当ですの!?」

 

 ロゼの返答と純蓮の驚嘆の声を聞き、アルマは、は、と掠れた声を漏らす。言葉の意味をようやく飲み込むと、ガタッと大きな音をたてて彼は勢いよく立ちあがった。

 

「いやいやいや……、ない。それは無い。何考えてんだよ店長! そんな依頼受けるとか訳分かんねーって! だいたい……」 

「一昨日アルマが割った青磁器一式」

 

 ロゼに向かって不満の声をあげるアルマを、彼女は一瞥(いちべつ)をくれることも無く制してみせる。先程までの威勢はどこへやら、彼は大人しく長椅子へと腰掛ける。

 

「あれ、高かったんだよなぁ。……アルマの給料から天引きしてもいいんだよ?」

 

 ロゼの言葉を受けて、アルマの口からは、はくはくと声にならない声が漏れ出ている。

 

「うん、異論はないみたいだね」

 

 そんな彼の様子を気に止めることもなく、彼女はにっこりと貼り付けたように笑ってみせる。そして席を立ちアルマの後ろ側へと回ると、彼の両肩をぽん、と軽く叩いた。

 

「それでは改めて紹介するよ。この子はアルマ。まぁ見ての通りのこんな子だけど……、うちでも一二を争う実力者だ。きっと君の力になってくれるよ」

 

 突然褒められたことで動揺したように、アルマはぴたりと動きを止める。ロゼはそんなアルマにふわりと優しい視線を向けた後で、純蓮を真っ直ぐに見据えてみせた。

 

「というわけで、君の担当はアルマだから。詳しい話はこの子としておいてくれ」

 

「は!? ちょっ、俺は引き受けるなんて言ってな……」

 

 ぎょっとした様子のアルマが勢いよく振り返ったものの、既にロゼの姿はそこに無い。

 

 わたくしも確かにそちらを見ていたはずなのに、と純蓮がぽかんと口を開けたままでロゼの元いた場所を見つめていると、アルマはそんな彼女を見て深く息を吐く。ったくしゃあねえな、と頭をがしがしと掻いた彼は、顔を上げて純蓮を見据えた。

 

「……店長が了承しちまったもんは仕方ないし、アンタの依頼は俺が受け持つよ。もちろん、一度引き受けた以上責任は持つ」

 

 純蓮がありがとうございます、と感謝を伝えるのを遮るかのように、アルマは事務的に言葉を繋ぐ。

 

「うちでは依頼を行う前に五日間の調査期間を定めてる。んで調査結果を踏まえて、改めて依頼主と依頼内容なんかの確認をすることになってるんだけど……。今回に関して言えば、本当にアンタが殺されたいのかっていう確認になるな。だから、」

 

 そこで言葉をひとつ区切ると、彼はテーブルに手を付き、長椅子に座る純蓮の顔を上から覗き込んだ。背で照明が遮られているというのに、アルマの瞳は血よりも赤く煌々ときらめいている。

 

「――一週間後。まだアンタが死にたいって言うんなら……、俺がアンタを殺してやる」

 

 ごくり、と純蓮が喉を鳴らす音が聞こえる。覚悟を決めるように目を閉じて、彼女はもう一度アルマの瞳を見つめ返す。

 

「もちろん、望むところですわ。わたくしはなんとしてでも、……あなたに殺されてみせます!」 

「そうかよ」


 呆れたように、その覚悟に感心するかのように、アルマは笑う。そして、満足そうに笑みを浮かべる純蓮に対して、ただ、と言葉を放った。


「ただ、俺はアンタのこと殺してやるつもりなんてさらさら無いからな。俺はこの一週間でなんとしてでもアンタに生きたいと思わせてやる」 

「へ……? え……、ええぇっ!? な、なんでですのっ!?」


 こうして、殺されたい純蓮と殺したくないアルマによる、純蓮の生死を懸けた奇妙な一週間は幕を開けたのだった。

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