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第11話 太陽が沈んだ家で

 ――陽乃の葬式のその日。


 治彦は涙を見せることも出来ないほどに憔悴しきっていた。安置された陽乃の棺桶の前には呆然と立ちつくす治彦と、そんな治彦に心配そうに付き添う執事長の背中が見える。純蓮はそんな治彦の背中に向かい声をかけようとしたのだ。


「お父さ……」


 しかしその言葉は、他でもない治彦の声によって遮られる。

 

「どうして……が………ければならかったんだ。代わりに……………よかったのに」 

「――旦那様! そんなことをおっしゃってはなりません!」


 純蓮は、すんでのところで口を塞ぐ。治彦の言葉が何を意味しているのか。はっきりと聞こえはしなくとも治彦の心中がわかるような気がしたのだ。純蓮は壁の向こうに急いで身を隠すと、へなりと力が抜けたように座り込んだ。


「どうして《《陽乃》》が《《死なな》》ければならなかったんだ。代わりに《《純蓮が死ねば》》よかったのに」


 その言葉はあくまで想像ではあるが、それほど的はずれなものでは無い気がして。


 純蓮はぽたりとこぼれた涙の雫を誰にも気付かれないようにと、静かに袖で拭き取ったのだ。


 太陽が陰れば、花はいつか萎れてしまうように。陽乃という太陽を失くした一之瀬家には、静かにそして着実に陰りが見え始めていた。


 治彦は今まで以上にお仕事に打ち込み始め、屋敷に帰ってくる頻度は一ヶ月でも片手で数えられる程。それも帰ってくるのは深夜だけで、顔を合わせることは数ヶ月に一度だけということも珍しくはなかった。

 母を亡くし、父には会うこともない。そんな純蓮の傍にいてくれたのは一之瀬家の使用人たちだけだったのだ。


 孫娘のように純蓮をかわいがってくれたのは、長年一之瀬家の庭師を務めてきた芝原。毎日栄養バランスのとれた美味しい食事を作ってくれたのは料理長である香坂だ。

 そして、純蓮のそばにずっと居てくれたのは、影吉依月だったのだ。

 

 治彦と顔を合わせることもない日々はその後もずっと、何年も続いた。

 それでも純蓮は自身の心配をしてくれる使用人たちのためにも、せめて明るく振舞おうと努力をした。そして、母が命を賭けて守るほどの価値があったのだと証明するため、純蓮は日夜勉学に励んだ。


 正直に告白をすると、よい成績をとれば父も純蓮のことを認めてくれるかもしれないという淡い期待を抱いていたのだ。


 ――そんな期待無駄になるに決まっていたのに。

 

 治彦が愛していたのは「一之瀬陽乃」だった。陽乃を死に追いやった純蓮なんて、憎まれることさえあれど、愛されることなんて有り得ないことだったのだ。


 それを理解したのは、純蓮が紫峰学園の中等部三年生になったばかりの頃だった。


 紫峰学園は名門と呼ばれるだけあって授業の進度も速く、また優秀な生徒も数多く在籍している。その一位ともなれば、勉学に特化したいわゆる天才と呼ばれるような人間であることも少なくはない。

 ただ純蓮は、そんな学園での定期テストでようやく総合一位となることが出来たのだ。

 

 この結果であればお父様に関心を持っていただけるかもしれない。そう思った純蓮は先生から受け取った順位表を抱きしめて、校門へと足を進める。

 門の近くには送迎の車と、その頃には既に執事となっていた影吉が居て、純蓮は彼を見つけるとにんまりと笑みを浮かべた。


「影吉! 見てくださいわたくしのテストの結果を!」

「おかえりなさいませ純蓮お嬢様。……まさか、ようやく一位になられたんですか? さすがは純蓮お嬢様ですね」


 影吉は純蓮のテストの順位に、明るい表情を見せた。そしてこう提案をする。


「今夜は料理長に頼んでお嬢様が好きなザッハトルテを用意してもらいましょうか」

「本当ですの!? 楽しみですわ……!」


 純蓮は目を伏せながら、影吉に向かって問いかける。


「その……今日は……、お父様はお戻りになりますの?」

「旦那様、ですか? そうですね……」


 影吉が手帳をパラパラとめくるのを、純蓮は逸る胸をおさえながらじっと見る。彼はパタンと手帳を閉じると、純蓮へ向かってこう告げた。


「今夜の遅くには帰られるご予定ですよ。ですが、時間も遅いですし残念ながらお嬢様が眠ったあとかと」

「……そう、ですの」


 純蓮はぐっとくちびるを噛むと、下を向く。涙なんて流してはいけない。仕方のないことだ、とそう納得するしかないのだ。うつむいた純蓮に影吉はしゃがんで視線を合わせると、こう言った。


「もしお嬢様がよろしければ……、私が旦那様にこの結果をお伝えしておきましょうか」

「……本当ですの?」

「ええもちろん。私は一之瀬家の執事ですよ? ……それに、どれだけお嬢様が頑張ってきたかを一番知ってるのは俺ですしね」


 影吉は口角を数ミリほど持ち上げる。およそ笑顔とは分類できないようなその表情が、彼の精一杯の笑顔なのだと、純蓮はもう知っている。

 その優しい表情が使用人として、というよりも兄代わりとしてのもののように感じられて、純蓮の頬もおもわず緩んでしまう。純蓮は彼にそっと順位表を手渡した。


「ふふふっ、それではお願いします!」

「はい、お嬢様。かしこまりました」


 影吉はわざとらしく(かしこ)まった態度で純蓮に告げる。

 

 この時の純蓮は、これできっとお父様もわたくしを見直してくれる、と疑いもしていなかったのだ。

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