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俺にはきっと、恋愛はまだ早い

作者: 里下里山

 視界が揺らぐほどの強い日差し。

 自分の存在を強調するかのように鳴り響くアブラゼミの鳴き声。

 そして、体の表面が痛くなるほどの熱気。

 今はまさしく夏ど真ん中、7月26日の午前10時頃。


 ようやく高校生活にも一旦区切りがつき、待ちに待った夏休みが始まった。

 皆が色々予定を立てている中、初日くらい無駄に過ごしても良いだろうと、夏の影響を感じさせないほどの涼しい我が家でゲームを楽しんでいるのが俺、高橋智篤(たかはしともあつ)


「ナイス〜!」


 ボイスチャットの向こう側にいる友達には勿論見えないであろう親指を立てて、3連勝中の自分たちを讃える。

 少しガサガサと何かを探った音が聞こえた後、


「いただきまーす」


 と、声が聞こえてゲームを中断して朝昼兼用の飯を食べ始めたのだと察した俺は、とりあえず手元にあったペットボトルに少しだけ残っていた水を飲み干す。

 ズルズルッと一瞬聞こえたその音を逃さない。


「……うーん、今の音ならラーメン。

 いや、季節的に冷たい蕎麦……?

 あ分かった、冷やし中華だろ」


「お、正解。

 やっぱこの時期にしか食えないもん今のうちに食っとかないとな」


「うわ〜、俺もそろそろ腹減ってきたな〜」


 美味そうに飯を食べるその音につい空腹感を意識する。

 確かテーブルの上に置いてあったであろう千円札を思い出して、空腹と外に出る面倒臭さで葛藤する。

 そんな俺の些細な悩みなんかつゆ知らず、更に会話は進んでいった。


「……そういえばさ、2学期入ったら何か委員会とか入ったりする?」


「委員会か?

 ……いや、別に考えてないけど」


 普通に会話していたら出てこないような会話に一瞬戸惑いながらも、それこそ普通に返答しておく。


「いや、俺はもしかしたら……風紀委員とか良いかもしれないなー、なんて」


「ああ、そういう話か」


 ようやく話題の趣旨を理解する。

 俺たちが通う渡海高校(わたるみこうこう)、そこには勿論様々な委員会が存在する。

 そもそも、昼休みや放課後の時間を奪われてしまう委員会という立場は皆やりたがらないし、更に忙しいイメージのある風紀委員なんてそれこそ人気の無い委員会である。

 ただし、俺たちのクラスだけは違った。

 その理由は、クラスの中でも人気な女子生徒が毎回風紀委員に所属していることにある。


 溝上美穂(みぞうえみほ)、誰にも物怖じしないはっきりとした性格と美人という言葉がよく似合うスタイルと顔つき。

 誰に対しても態度を変えず、基本的には優しい彼女にはファンも多く、告白して玉砕した奴がいるなんて噂話も何回か聞いた。


「溝上さんが今回も風紀委員やるなら、ワンチャン一緒の委員で仲良くなれないかな〜?」


「やめとけやめとけ、そう思った男子生徒が1学期に風紀委員になって、結局特段関係も進まず終わった。

 そうやって周りに泣きついてただろ?」


「だよな〜」


 まあ、これは一種の話題作りのようなものだ。

 本当は俺たちが彼女と関わることが出来るとも思っていないし、それこそ恋愛にまで発展することなんて夢のまた夢である。

 俺にとっても、こうやってゲームをしている時間とか友達と過ごしている時間が楽しすぎて、何だか恋愛して青春っぽい時間を過ごしている自分も想像できない。

 …………まあ、単にモテていないだけとも言えるが。


 そんな話をしていても腹が膨れるわけでは無い。

 ぐぅ……とついにお腹が悲鳴を上げて、更に空腹を感じ始めた俺は、そこでようやく外に出ることを決意する。


「ちょっと飯買ってくるわ」


「あーい、戻ってきたらまた連絡してー」


 テーブルの上の千円を握りしめて部屋を出る。

 今日一日中家にいるつもりだった俺は、この真夏に外へ出ることに少し憂鬱を覚える。

 実際、玄関に立った頃にはもう暑さを感じて汗ばんできた。

 扉を開け外に飛び出す、その瞬間更に汗が飛び出してくる。だが、それは暑さだけが原因じゃ無い。


「あ」


 チャイムの前にいたのは、溝上さん。

 指先が、ボタンの目の前でプルプル震えている。

 驚きという次元を超えて呆けてしまっていた俺は、これが夢じゃないか一旦目を擦った後、ようやく声を発する。


「どうしたの……何か用?」


 溝上さんはすぐにチャイムに伸ばしていた手を背中に隠し、気まずそうにモジモジとしている。

 あまりにも困っていそう、というか泣きそうな表情をしている彼女を放って置けず、とりあえず家の中に入れた。 

 頭の整理も含めて、俺はそのままコンビニへ向かう。


 ……今どういう状況だこれ?

 さっきまで友達と冗談で話していたはずの溝上さんと関われる状況が突然訪れた。

 意外に嬉しいとかそんな気持ちは湧いてこなくて、何故こんな状況になったのかという不思議と不安の感情で頭は一杯だ。

 っていうか、多分泣いてたんだよな。

 溝上さんのそれぞれの目元に一本ずつ、涙の跡のような線が見えた。

 とりあえずそんな状態の女の子が家の前にずっといるのもあれだから中に入れたけど、一緒にコンビニまで行って話を聞く、みたいなやり方が良かったのかもしれない。

 そんな風に気が利かない申し訳なさのようなものから、とりあえずアイスも一つカゴの中に追加しておいた。


 家の扉を開けて、リビングに行ってみるとやっぱり溝上さんがそこにいた。

 長い足をテーブルに潜らせて、居心地が悪そうにスマホをいじっている。

 やっぱり涙の跡も見間違えなんかじゃなく、いつも見ている彼女に比べれば明らかに元気がなさそうだ。


「わざわざ俺の家に来るってことは何かあったの?」


「あ……」


 俺が帰宅したことに気がついた溝上さんはスマホを置いて、一旦深呼吸をする。

 やっぱりまた泣き出しそうで、目からギリギリ落ちないくらいに水滴が溜まった後、認めたくないかのようにゆっくりと喋り始めた。


「……やっちゃんと喧嘩しちゃった」


 やっちゃん……やっちゃん?

 やっちゃん………………ああ、八柳(やつやなぎ)さんか。

 なるほど、40%くらいではあるが俺の家にきた理由も少し分かってきた。

 八柳麻美(やつやなぎあさみ)、関係性で言えば一応幼馴染……なのだが彼女は所謂スポーツ少女で、家でパソコンばかりの俺とはそれこそ共通点などほとんどない。

 家も隣で、クラスも同じ。

 ここまでの関われそうな要素を持っていながら、家の近くで会えば挨拶程度、それくらいの薄い関係値だ。


「あー、八柳さんの家隣だから。

 それでとりあえず俺の家まで来ちゃったのか」


「うん……私とやっちゃんは親も仲良くて。

 家に帰ったら気まずいし、他の友達も私たち両方の知り合いが多くて……それで、やっちゃんが隣に高橋くん住んでるって前に言ってたから」


 40%程度の理解だったが、よくやく全てを理解した。

 まあ言ってしまえば動揺と勢い、ってやつなのだろう。

 ……ただ、ここに居られ続けるというのは正直に言って気まずい。

 親が丁度いないタイミングだったからまだ良かったけれ

ど、それもそう長くは続かない。

 どうしよう、少し悩んでとりあえず事情を深掘りしてみることにした。


 「……何で、喧嘩しちゃったの?」


 頭の中でめちゃくちゃ考えて質問を絞り出してみる。

 普段、俺が見ている溝上さんは元気があって悩みなんて吹き飛ばせくらいに笑う、強い人ってイメージだ。

 だから、こういう彼女は一度も見たことがなくてどうすれば正解かも安牌かも分からない。

 だから、今はとにかく慎重に。


「あ、勿論答えたくなかったら良いんだけど……」


「いや、勝手に来たの私だしそれくらい答える。

 あのね、私に告白してきた男の子がいて。

 その子が……他の人には絶対言わないでね?

 その子が、やっちゃんの好きな人だったみたい」


 …………聞いてみたはいいもののめちゃくちゃむずい。

 悪い人、みたいなのはいなさそう……強いて言うならそれで怒っちゃった八柳さんなんだろうけど、その理由も分からないわけじゃない。


「それで、今日やっちゃんが素っ気なくて……。

 聞いてみたら、まあそういうことだったみたいで。

 結局お互いに色々言っちゃって……それで」


 溝上さんは思い出して今にも泣きそうだ。

 俺はこういう時に気の利いたことは絶対に言えない。

 それでも踏み込んだんだ、不恰好でも何かを言う責任があるだろう。


「話聞いた感じはさ、すれ違いってことでしょ……?

 二人のこと良く知ってるわけじゃないけど、俺からは仲良く見えたし、お互い仲直りしたいって思ってるはず。

 だから、次また遊んでみたら自然に元通り……そこまで行かなくても、お互い謝れるタイミングは来ると思う」


「……そうなのかな。

 じゃあ……明日のお祭りとか」


「あぁお祭り、俺は良いと思う」


 そういえば、今日も含めて2日間のお祭りが近くであるという話を聞いた。

 2日目は毎年花火もあるし遊ぶ口実にはもってこいかもしれない。


「うん、なるほど……ごめんね急に来ちゃって。

 それからありがとう、何だかスッキリしたかも」


 そう言って溝上さんは立ち上がる。

 まあ良かった、夏休み明けて仲の良かったクラスメイトが話さなくなっていた、というのは外野から見ても気分が良いものではない。

 とりあえず、溝上さんも八柳さんも悪い人のイメージは無い。

 きっと上手く折り合いをつけて、仲良しに戻ってくれることだろう。


「俺が言うのもあれだけど……頑張って」


「うん……頑張ってみる、それじゃまた!」


 そう言って、少しくらいは元気を取り戻したっぽい彼女は軽やかにその場を後にする。

 残った俺は、急な特大イベントに疲労してその場に座り込んでしまった。

 数分そのままだったが、ようやく立ち上がり俺の部屋がある2階に上がる。

 つけたままのパソコンに複数個メッセージが残されていてそういえば本来はご飯を買いに行っただけであることを思い出した。

 急いで、「ごめん、今日はもうやめとく」とメッセージを残して、腕を思い切り上に伸ばす。

 今日はもうキャパオーバーだ、休むとしよう。

 そうして、結局渡せなかったアイスを口に放り込む。


 それから次の日、時間は丁度お昼くらい。


「えー、ここってどうやって行くの?

 よしよし行けそう〜、ってまた駄目だ〜」


 溝上さんはめちゃくちゃゲームをしている。

 普通に俺の家で。


「……あれ、今日は何で来たんだっけ?」


 今日の10時頃、やっぱり突然現れてチャイムを鳴らした溝上さんは俺が今日も暇であるか、他に誰かいるかの確認を済ませると「上がってもいい?」と一言。

 そのまま、ここまで約2時間ゲームを楽しんでいた。

 俺は、昨日の出来事で食べたくなっていた冷やし中華を作って、テーブルの上に2皿置く。


「いいの!?いただきまーす!

 ……うーん、やっぱり夏は冷やし中華だね〜」


 そう言いながら、どんどん食べ進める彼女はすっかり元気になっていたようで、食欲もどうやら落ちていないらしい。

 安心した……何だか母心のようなものが生まれてしまっている自分に驚いた。

 おっと危ない、冷やし中華によって忘れかけていた俺の疑問を思い出して、今度こそ溝上さんから返事をもらう。


「今日は何で来たんだっけ?」


「あーと、今日は花火も見たいから夕方くらいからお祭りに誘ってさ、そこまでの時間が少し心細くて。

 それに……」


 溝上さんは自分のスマホを俺に向けてくる。


「高橋くんとLINE交換してないでしょ?

 だからさ、今日交換したくて」


「あー」


 俺は箸を一旦置いて、2階に上がる。

 何故か後ろをついてくる溝上さん。


「高橋くんって家では普段スマホ持ち歩かないんだ。

 私なんかずっと持ったままじゃないと不安だよ」


「基本パソコンで返信してるからかな……」


 本当は友達の差かもしれないな、なんて予想しながら自分の部屋の扉を開く。


「すごーい!

 何か、近未来って感じだね!」


「パソコンだけじゃ無いかな?

 それ以外は普通だと思う……けど」


 普通だよな、俺だけの常識ってわけじゃないよな。

 それに対しての返事は特になく、パソコンをキラキラした目で見る溝上さんに更に不安は募る。

 とにかくベッドの上で充電していたスマホを持ってすぐに下に降りる。

 勿論、それに合わせて溝上さんも俺の後を追いかける。


「じゃあ、これで」


 LINEの交換を終えると、スタンプが送られてきて溝上さんの視線に耐えられなかった俺もスタンプを返す。

 どうやらこれも含めて、交換の儀式ということらしい。


「ふふ、じゃあ何かあったらまたメッセ送るね」


「何か……うん」


 正直言って、この二人の喧嘩が終わったらもう俺とメッセージを送り合う機会なんて無いだろう。

 それを言ってしまうのは、性格が悪い気がして言葉は頭の中に留めておく。


「……あー、やっぱり緊張するな。

 これでやっちゃんに嫌われちゃったらどうしよう!」


「まあ、大丈夫だと思うよ」


「かなぁ……うん、そうだよね。

 とりあえずはそう思っておくことにする!」


 そのタイミングで冷やし中華を完食する溝上さん。


「ねえ、食器とかどうすればいい?」


「そのままで大丈夫だよ、もう行くんでしょ」


 コクリ、と頷いた溝上さんはやる気を込めて勢い良く立ち上がる。


「この後は、お化粧してちゃんと着替えて……。

 だから、もう行かなくちゃ」


「え、その服で行くんじゃ無いの?」


「うん、気合い入れようと思って」


 クローゼットの中にある俺の服たち全部集めてもパワー負けしそうなオシャレなファッション。

 だが、それすら彼女にとってはまだ本気じゃ無いらしい。

 俺ももう少しファッションに気を遣うべきかな……。


「じゃあ、行ってくるよ!」


 そんな俺の新たな悩みを知るはずもない溝上さんは緊張した雰囲気を纏いながら、出発を告げる。

 ……まあ、別に俺はこれ以上何か出来るわけじゃないし二人の努力次第っていうのも分かってはいる。

 だけど、ソワソワしたこの気持ちを抑えることは出来なかった。

 

 結局、俺はそのままリビングにいて久々にテレビゲームを惰性でやり続けている。

 さっきまでソワソワしている、みたいなことを思っていたけどそんな緊張感は長く持つわけではなく、段々平常心も戻ってきていた。

 それでも、ついつい定期的にスマホを確認してしまう。

 溝上さんのことだから、上手く行ったら報告してきてくれそうなものだ。

 とはいえ時刻は6時、流石にもう合流して遊んでいる頃だとは思うが……


 ピロン―


 久々に聞いたスマホの通知音、設定がうまく出来ていないのだろう、その音が大きくて驚く。

 とりあえず、通知音の設定をしてから届いた内容を確認してみる。


 今から、お祭り来れる?


 ……俺が思っていたものとは大きく違った。

 作戦は大成功!とか、上手くいったよありがとう!みたいなメッセージが来ることを予想していた。

 少し考えて、何かアクシデントが起きたのではないかと考えた俺は、行くとだけメッセージを残し家を飛び出す。

 地元のお祭りだ、そんなに場所も遠くない。


 それなりに人は集まっていたが、ものの数分で溝上さんを見つけることが出来た。

 元気の無さそうな彼女の後ろ姿に、やっぱり何かあったのだと察する。


「あ、高橋くん」


 それでも俺の姿を見つけた溝上さんは必死でそんな様子を包み隠す。

 そんな彼女の様子に耐えかねた俺は勢いのまま、言葉に出てしまった。


「何があったか、聞いてもいい?」


「……うん。

 だけどさ、そろそろ花火が始まるよ」


 バーン!


 その瞬間、大きな花火が打ち上がった。

 祭りに来ていた皆の視線が、空に釘付けになり各々楽しそうにリアクションをしている。

 そんな中、綺麗な花柄の浴衣に身を包んで浮かれ気分に見えるはずの溝上さんだけが涙を流していた。


「えと、ドタキャンされちゃいました。

 ごめんね、連日相談しに行ったりしたのに。

 ……でも、高橋くんと花火見れて嬉し」


 俺はいつの間にか溝上さんの手を引いていた。

 本当は走りたい、彼女が下駄を履いていなかったらきっと全速力で走っていた。

 それでも、今出せるスピードで。


 俺の家までの道は当たり前だけどよく覚えてる。

 だから悩みもしないし、迷いもしない。


「どうしたの、高橋くん!

 ねえ、どこに向かってるの?」


 俺の家の前、そこを通り過ぎて八柳さんの家の前。

 そこで急ブレーキをかける。

 俺の望みは一つだが、一応最後の確認だ。


「俺は、二人には仲良くしてほしい。

 意図せずこんな辛い思いするのももうやめてほしい。

 勿論、色んな事情とかお互いの準備とかあるかもしれないから、最後の判断は溝上さんに任せる」


 溝上さんの顔はもうぐちゃぐちゃだ。

 そんなになるくらい、八柳さんのことが大好きで仕方ないのだろう。

 だから今度は勇気を出して、チャイムを押して欲しい。

 大事な親友との時間を取り戻すために。


 ピンポーン


 鳴り響くチャイムの音、溝上さんの指先はやっぱり大きく震えていて。

 それでも、押したんだ。

 彼女が、自分自身の意思で。


「はい」


 出てきたのは、八柳さん本人。

 溝上さんと目があって、固まってしまう。


「え」


「あのねやっちゃん、やっぱりこのままは嫌だよ。

 お祭りとか花火じゃなくてもいいから、前みたいにやっちゃんと仲良くしたいよ」


「……あの、私、怖くて。

 なんであんなこと言っちゃったのか分からなくて。

 ごめん、本当にごめんなさい」


 二人は身体を寄せ合う。

 どうやら、俺の仕事は終わりらしい。


 バーン!


 その瞬間、花火が鳴った。

 そっか、案外ここでも見えるもんなんだな。

 空気を察して帰ろうとした俺の手を溝上さんが掴む。


「高橋くん、あのね……


 パーン!


 また花火が鳴った。

 本当に言葉が花火の音に掻き消されるシチュエーションってあるんだ。

 内容はよく分からなかったが、今の二人を邪魔したくはない。  

 分かったと頷いて、俺はその場を後にする。

 

 帰ってきてスマホを確認してみると、LINEにメッセージが届いていることに気づく。

 そこには、


 ありがとう、って言ったんだよ

 聞こえて無かったら嫌だったから

 

 という内容が書かれている。


 まだ関係値的には2日分くらいしか無い俺が言うのも変だけど、溝上さんらしいと思った。

 まだまだ花火は続いている、いつもはうるさいとすら思っていたこの音も、今日だけは何だか悪く無い。


 それからどんどんと時間は過ぎていく。

 相変わらずゲームに打ち込んだり、友達とイベントに参加したり、それこそ溝上さんが数回ゲームしにきたり。

 そんな風にどんどんと時が流れ、忘れていた宿題を何とかこなし、少ない睡眠時間を抜けた後。

 ついに、2学期が始まろうとしていた。


「いってきまーす……」


 重い瞼を擦りながら歩いていると、俺の肩を叩いて姿を見せた友人に、新学期の始まりを感じる。

 そういえば、夏休み中こいつの顔見たのは少し前に二人でどハマりしたアニメのイベントに行った時くらいか。

 とはいえ、通話自体はしていたため久しぶり感もない。

 雑談を交わしながら教室の扉をくぐる。


「あ、高橋……」


 急に俺の名前を呼んだのは先に来ていた八柳さん。


「あの、ありがとね。

 それから、ごめん頑張って……」


 あー、そりゃそうか。

 あの時、八柳さんの家のチャイムを鳴らした時には俺もその場にいたわけだから、無関係ではないことも彼女は知っているはずだ。

 軽く会釈しておく……ん、ごめん頑張って?

 軽く受け流してしまったその言葉の真意を聞こうとするけれど、彼女はすでに他のクラスメイトと別の話をし始めていたようで諦める。


「何だ、何かあったのか?」


 ……ああ、忘れてた。

 結局、面倒くさくて一連の話をこいつにはしていなかったんだった。

 まあ、いずれ話すわ……と適当に受け流して席に着く。

 スマホを弄りながら過ごしていると、いつの間にか全員が席に着いていて、どうやら学校生活が始まることを予感させた。


「それじゃ、日直号令」


 久々に聞く、先生のハリのある声に合わせて号令も声を出す。

 そこからは形式的に事が進んでいく。

 気づけば時間が進み、委員会決めになった。


「それじゃ、委員会決めていくぞ〜」


 あ、そういえば。

 あいつは夏休み初日、風紀委員になるとか言ってたな。

 ちらっと、席を見ると指でバッテンを作って俺の方に向けている。

 ……まあ、そんな気はしていた。


「それじゃ、次に風紀委員」


「はい!」


 当たり前のように手を挙げる溝上さん。

 一人脱落者は出たものの、今回も男子たちは色々な事情を天秤にかけてギリギリまで悩んでいることだろう。

 しかし、予想もしていなかった言葉が後に続く。


「それから、高橋くん!

 私と一緒にやらない?」


「……ん?」


 気づけば、全員の顔が俺の方を向いている。

 唯一、八柳さんだけが下を向いていて彼女が謝った理由を理解する。


「ち、ちなみに理由を聞いてもいいですか?」


 先生も流石に動揺しているようだ。

 何せ、俺はクラスの中でも特に目立つポジションでもない、一般生徒でしかないから。

 それこそ、1学期までは溝上さんと一つも関わりが無かったと言えるだろう。

 彼女は少し考えた後、ピッタリの言葉を見つけたようで顔が明るくなる。


「相棒……みたいなものだからかな」


 その後は流されるままに俺がもう一人の風紀委員になってしまった。

 休憩できるはずの5分休みも昼休みも色んなクラスメイトから質問攻めだ。

 風紀委員……正直めちゃくちゃ大変なことに巻き込まれたと、俺も頭を抱える。


 でもまあ……相棒か。

 俺はまだまだ恋愛とか青春とか、そういうものは勉強不足でよく分からない。

 だから相棒、そんな関係が今は案外心地がいい。


「ほら、高橋くん。

 放課後、色々やらないといけないから行くよ」


 どうやら今日の放課後から委員会の仕事があるらしい。

 俺は溝上さんの後ろに続いて、一直線の廊下を進む。

 面倒くさい、俺は風紀委員会の仕事をこれまでそんな風に思ってきたし、正直今も少し思っている。

 それでも、胸の奥に生まれてしまった少しのワクワクに身を寄せてみるのも、案外悪くないかもしれない。

 彼女の背中を見て少しだけ、そんなことを思った。

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