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マノロスト  作者: 呉羽錠
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刺客

エリオスが兄ドレイガルから冷酷な言葉を浴びせられて数日後、彼は宮廷内で常に感じていた違和感が現実になるとは思いもよらなかった。その夜、静まり返った廊下を一人で歩いていると、微かに響く足音に気付いた。背後から迫る足音は、軽く、訓練されたもので、普通の通りすがりではないと本能が告げていた。振り返ると、数人の暗殺者が無言で彼に近づいていた。彼らの目にはためらいがなく、冷酷な殺意だけが宿っていた。


エリオスの心臓は一気に跳ね上がり、本能的にその場から走り出した。全身にアドレナリンが駆け巡り、彼は宮廷の複雑な通路を駆け抜けていった。追手の足音がすぐ後ろに迫り、彼の呼吸が乱れる。エリオスはこの宮殿の地形を熟知していたが、それでも追手を振り切るのは難しかった。


「逃げ切れない……」


そう感じた瞬間、暗がりの中から声が聞こえた。


「こちらへ、エリオス様!」


その声はヴァルグだった。彼はすでにエリオスの異変を察知し、陰で待機していたのだ。ヴァルグはエリオスを引き寄せ、暗い回廊へと身を潜めさせた。


「彼らは確実にあなたを狙っています、エリオス様。このままでは追いつかれます。あなたが死んだと思わせなければなりません。」


「どうやって……?」


ヴァルグは、エリオスに一枚の黒いローブと奇妙な瓶を手渡した。瓶の中には冷たい青い液体が揺れていた。


「これを飲んでください。強力な薬草が混ざった液体で、一時的に呼吸が止まり、身体が死んだように硬直します。かつて戦場で使われたものです。死を装い、私が刺客たちを欺きます。」


エリオスは一瞬ためらったが、追手の足音が近づく中で、もはや選択の余地はなかった。彼はヴァルグを信じ、瓶の液体を一気に飲み干した。冷たい感覚が全身に広がり、次第に意識が遠のいていく。目の前の光景がぼやけ、彼の体は重く、そして硬直し始めた。


刺客たちが現場に到着した時、エリオスはすでに地面に倒れていた。ヴァルグは冷静に、まるでエリオスが刺客に殺されたかのように振る舞い、彼の背中に血のりを塗り広げた。


一人の刺客がエリオスの脈を確認するため、手首に触れた。


「冷たい……間違いない、死んでいる。」


もう一人の刺客も確認し、無言でうなずいた。


「エリオス殿下が……これで終わった。」


彼らは満足げにうなずき、宮廷へ報告に戻っていった。エリオスが「死んだ」ことは、すぐに宮廷全体に広がるだろう。しかし、ヴァルグは刺客たちが完全に去るまでその場で待機し続け、静かに息を吐いた。彼はエリオスの硬直した体を抱き上げ、用意していた隠し通路へと急いだ。


その夜、エリオスの「死」の報せは宮廷中に広まり、悲しみと混乱が一気に広がった。ドレイガルは貴族たちの前でその報告を冷たく受け止め、わずかに口元を歪めた。彼の心には、最大の障害が取り除かれたという確かな満足感が広がっていた。


「これで……すべてが俺のものだ。」


一方、エリオスの母セリナにとって、息子の死の報せは何よりも残酷だった。夜遅く、部屋にその知らせが届いた瞬間、彼女は時が止まったかのように立ち尽くし、手が震えた。


「エリオスが……死んだ? そんな……そんなはずはない……」


信じられず、彼女は震える声で使者に何度も尋ねたが、返ってくる答えは冷たく変わらなかった。「エリオス殿下は……暗殺されました」と。


セリナの目から涙が溢れ、彼女はその場に崩れ落ちた。息子を失った母親としての痛みが全身を貫いた。彼女にとって、エリオスはただの息子ではなく、未来そのものだった。その未来を奪われた悲しみと、何もできなかった無力感が彼女を押し潰していた。


「エリオス……どうして……」


一方、病床に伏していたケイン王もまた、息子の死の知らせを受け、深い沈黙に包まれた。ケインの顔は沈痛そのもので、彼の手は震えていた。彼はゆっくりと目を閉じ、無力さを噛みしめながら唇をかみしめた。


「私が……守れなかった……」


ケインは、自分が病に倒れたことで息子を守れなかったことを強く悔やんでいた。かつての強き王の姿は失われ、彼はただ暗い悲しみの中で自らを責め続けた。


「エリオス……お前を……」


セリナとケインは、それぞれ深い絶望に包まれながら、息子を失った痛みに耐えるしかなかった。


その頃、エリオスはヴァルグに抱えられ、ノルヴィアへの道を急いでいた。秘薬の効果が徐々に薄れ、エリオスは冷たい夜風を感じながら目を覚ました。意識が戻ると、彼はすでにフィオレントから遠く離れた地にいた。


「ここは……」


「無事です、エリオス様。追手はあなたが死んだと信じています。これで、しばらくは安全です。」


エリオスは安堵したが、心の奥には深い喪失感が残っていた。自分が死んだと信じているであろう両親や宮廷の人々を思うと、その痛みが胸を締め付けた。しかし、今は耐えるしかなかった。母と父を守り、そして兄ドレイガルと再び向き合うためには、力を蓄え、知恵を磨く時間が必要だった。


「母上、父上……私は必ず戻ります。今はただ……耐えなければ。」


エリオスは心にそう誓い、遠いノルヴィアの地で新たな運命に向けた歩みを始めた。

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