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ヴァイクス男爵邸

 数代前の辺境伯が、愛人とその庶子と暮らす別邸として使っていたという現ヴァイクス男爵邸は、その経緯や男爵本人の評判とは裏腹に華美ではないが、細かいところまで手入れされた良い屋敷だった。


「小さいな」


 背中まで伸びた燃えるような赤毛が印象的な2メートル近い背丈の大男は、ディアーヌの前に立ちこちらを見下ろしている。

 とてもじゃないが来客を迎えるような装いではないラフな服装からちらりと見える身体は、よく鍛えられており、いかにも戦う男といった風貌だ。30代半ばくらいだろうか。

 切長の目にスッと通った鼻筋の鼻がバランス良く配置された彼の顔は、噂で聞いていたような醜男では全くなかったが、威圧感たっぷりにそう一言呟いた彼の深い緑色の冷たい目を見て『恐ろしい容貌らしい』と噂していた御者と宿屋の店主の言葉はあながち的外れでもないな、と思う。


「お初にお目にかかります。ディアーヌ・フォン・ランバートです。この度は急な申し出にも関わらず、こちらの要望を受け入れてくださりありがとうございます」


 カーテシーを披露したディアーヌは、目の前の大男の不躾な視線をものともせずに、ピンと背筋を伸ばし堂々と挨拶をする。


「ロイド・ヴァイクスだ。お貴族様達の作法にも噂話にも明るくないもんでな。お嬢さんの事情に深入りする気はないんだ。部屋を一室用意してある。何かあればそこのマルトーを呼べ」


 壁脇に控えていたマルトーと呼ばれた家令が一礼するのをチラリと見ると、ヴァイクス男爵は応接室から出て行ってしまった。

 

「男爵様は社交的な方ではないんです。驚かせてしまいましたね。」

 

 バタンとドアが閉まり、足音が遠のいていくのを確認した後、マルトーと呼ばれた温和な雰囲気の家令は苦笑を浮かべながら一歩前に出る。彼は小柄なディアーヌと視線を合わせるように少し低めに礼をして簡単に自己紹介をした。


「屋敷の管理を任されております、マルトーと申します。遠いところからようこそおいでくださりました。お聞きになっているかもしれませんが、この屋敷に拠点を移してまだ日が浅いもので、公爵家のお嬢様から見て至らぬ部分もあるかと思います。ご不便やご希望があればすぐにお申し付けください」

「ありがとう。しばらくの間、世話になるわ。」

 

 目尻にすこしシワを寄せ、人の良さそうな笑みを浮かべて頷くマルトーは40代後半くらいだろうか。目線を落とし話す姿はディアーヌを公爵令嬢として敬いながらも、失礼じゃない程度に子どもとして扱っている。

 なんか、この世界に来て初めてまともな大人に出会ったかも。


 マルトーは世話役のメイドを数名紹介したのち、屋敷を案内しながら、一日に何度か鳴る鐘の時間ごとの意味や、入ってはいけないエリアなど、男爵邸の簡単なルールを教えてくれた。


「こちらがディアーヌ様にお使い頂く部屋になります。御者から受け取った荷物は先に運ばせて頂きました。」


 そう言って最後に案内された部屋は、公爵邸のディアーヌの部屋と比較すると多少狭いが、椅子や机など家具全般が、きちんと子どもが使用しやすいサイズで揃えられており、ディアーヌを迎えることを想定した、よく整えられた子ども部屋だった。

 あらかじめ部屋を暖めておいたのだろう。パチパチと暖炉の音が心地良く響く。


「何かあればそちらのベルで使用人をお呼びください。専属の侍女はまだ選定が――」

「マルトー。侍女は結構よ。すこし部屋で休ませてもらうわ」

「正直なところ、助かります。見ての通り男世帯の屋敷ですので、専属が務まる者を選び出すことに苦慮しておりまして…」


 くしゃりとすまなそうに笑みを浮かべそう言ったマルトーは丁寧に一礼してディアーヌの部屋を後にした。



 マルトーの気配が無くなったことを確認して、わたしはひょこりとディアーヌの袖口から顔を覗かせる。

 

(ヴァイクス男爵は兎も角、家令は優しそう)

(あなたって案外ガードが緩いわよね)

(第一印象だよ。信用してるわけじゃないから、安心して。ちょっと出てくるね)

(わたしは本当にすこし休むわ。気をつけていってらっしゃい)


 窓を少し開けたディアーヌは、珍しく大胆にベッドにごろんと寝そべった。

 このところ安宿続きでろくなベッドで眠れなかったもんな、と心の中で苦笑して、わたしは窓から飛び立った。



 ※※※



「おかしな様子はなかったか?」

「そうですねぇ。10歳にしては佇まいが落ち着きすぎているとは思いましたが、それ以外に特段気になる点はありませんでしたよ」

「それがそもそもおかしいんだよ。伯爵から聞いた話だと、あのガキは狂病だって話だ。一体どんな奴が来るかと思っていたのに」

「特定の状況下で心が不安定になるのかもしれませんし、今の段階ではまだ何とも…ただ、ロイド様もお気付きの通り、同世代の子どもと比べてひと回り以上小さいように見えましたね。公爵令嬢にしては栄養状態も良くないような」

「狂病かどうかはさておき、訳ありは訳ありってことだな。まあ、だからこそランバートに恩を売れるって話なんだろうが」

「もう少し情報をくれても良いでしょうに、伯爵様も人が悪いですね」

「面白がってるんだよ。まさか俺が本当に叙爵するなんて思ってなかっただろうし、ついでに抜けにくい首輪を増やしとこうって魂胆だろ。――だが、リオネルと歳の頃があまり変わらないってのが厄介だ。屋敷の西側と訓練場には近寄らないように言ったんだよな?」

「はい。申し付けられました通りにご案内しました。今はお部屋で休まれていますよ。」

「下手に仲良くされるのも面倒だ。出来るだけ接点がないように頼む」

「まぁ、今はまだディアーヌ様がどのようなお方か掴めておりませんし……そうですね。しかし、警戒が必要なのもわかりますが、相手は療養に来た年端もいかない少女です。ロイド様、次の機会はもう少し優しい目をむけてあげてくださいね」

「ふん。馴れ合うつもりはない」



 なるほどねぇ。予想より裏表のない人たちかもしれない。気配を消して、2人の会話に耳をそばたてていたわたしは、ヴァイクス男爵が仕事を再開した様子をバルコニーに止まって眺めながら先ほどまでの会話の内容を反芻していた。


 というか、ディアーヌって狂病ってことになってるんだ。たしかにあの発狂状態は、そう見えたかもしれないけれど、普段の冷静な様子ばかり見ている者としてはなんだか可笑しい。

 この話を教えたら、また口の端をすこし下げて真っ直ぐに結んで、わかりづらく嫌な顔するだろうな。


 ひとまず屋敷の主要人物であろう2人は危険も少なそうだし、療養先として当たりだね。

 屋敷の主人がこちらに対して、干渉されるのもするのも嫌そうなところがとても良い。


 ――少し気になるし、念のため。ご主人様のためにもうひと頑張りしましょうか。

 軽く伸びをしたわたしは、日が落ち始めた空に目をやり、西に向けて羽を広げた。


執筆アプリを変更した為、前話までと改行のタイミングや段落の使い方が変わり、違和感があるかもしれません。時間が出来次第、前話までも修正予定です。

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