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言葉の壁

あれからわたしはディアーヌが読む本を覗き見したり、使用人たちの会話を盗み聞きしたり、使い魔としての自分の力を試してみたりと忙しく過ごした。



この世界の貴族は皇室とフラゴナールが管理する神殿で10歳の誕生日に使い魔を召喚する儀式を行う。

成人時の最大魔力量は人によって異なるが、生まれた時は皆似た大きさの魔力の器を持つためあまり差はない。

何故成人時の魔力量が人により違うかというと、生まれ持った素質と、使い魔召喚の儀式の後に子供たちが行う魔力量を増やし魔力の扱い方を学ぶ訓練によってその後の伸びしろが大きく変わるから。


訓練方法はいたってシンプル。器を魔力で満たすことによりひと回りずつ器自体を大きく成長させていくのだ。


何故使い魔召喚後にこの訓練を行うかというと、器いっぱいに貯まった魔力はそのままにしておくと暴走を起こす可能性がある為、適当なタイミングで魔力を放出する必要がある。器に適切な量の魔力を注ぎ、成長させながらも放出するというその微妙なさじ加減は魔力の扱いに慣れない子供には難しい。だが器が柔軟で魔力量を伸ばすことが出来るのはせいぜい成人の18歳頃まで。そこで役に立つのが我らが使い魔だ。


わたし達使い魔は放出された魔力を自分の身体の中に転移させ、蓄えることが出来る。蓄えた魔力は必要な時に主人の身体に戻すことも、自身が使うことも可能だ。

主人の意に反することには使えない為、自由に使える訳ではなくて色々と制約はあるんだけど。


10歳で使い魔を召喚した貴族の子供たちは最大魔力量を増やす訓練をはじめる。使い魔は主人の感情を読み取る力はあるものの、意思疎通ができる訳ではない為、魔力の暴走による事故を防ぐため貴族のマナーを学ぶ時と同様に専任家庭教師のサポートを受け訓練を行う。


ディアーヌには最低限の家庭教師しかついていないし、おそらく原作の彼女はほとんど魔力を伸ばすことが出来てなかったんじゃないかな?なんなら額の傷跡を隠すため伸ばした前髪が彼女の陰気な雰囲気を助長しているようだのなんだの原作に記述があったくらいだし、暴走を起こしたこともあったのかも。


幸いなことにわたしは人間としての自我がある使い魔。

ディアーヌを傷つけないためにここ数日使い魔教育の指南書を読み込み、ディアーヌの魔力が満ちたタイミングでほんの少しずつ魔力を拝借して自身の魔力を扱う訓練も行いはじめた。



今わたしが出来ることは羽をパタつかせて冷気を送ること、意識して息を吐くと雪で出来た丸いふわふわを飛ばせること。うん。どちらも鍛えれば使えそうな気もするけど…自分で言うのも何だけど今のところ可愛いだけだね。

唯一役に立っているのが身体を魔力で覆うと存在を薄くすることが出来る力だ。

全く見えなくなる訳ではないんだけどよくよく意識しないと気が付かない程度には目くらましの効果があるらしく、使用人達の会話を盗み聞きしたり、屋敷内部を探索する際使っている。


訓練のためにわたしに魔力を拝借されているディアーヌは眠っている間に魔力の器がほんの少しずつ成長するという一石二鳥な点もあった。その為コソコソと隙を見ては情報収集を行い魔力の扱いを練習した。




そんなディアーヌはというと同じような毎日をただ繰り返し過ごしている。

起きて使用人の用意した水で顔を洗い、自室で食事をとり、本を読む。使用人達は最低限の世話しかしてくれない為、湯に入るのも週に1回程度、着替えや髪の管理も自分でやらなくてはならない。

ディアーヌは見た目にそこまでこだわりがないのか、やりかたがわからないのか、積極的に自身の世話をしない為、外出予定のない彼女の身なりはとてもじゃないが公爵令嬢とは思えない佇まいになっている。


召喚の儀式の時は神殿の人間や他の貴族の目もあるからか綺麗にしてもらってたんだけど。

素材は抜群に良いのに本当に勿体無いよ!


このままの状態で貴族院に入学することになる原作のディアーヌはちょい役の悪役令嬢になっちゃうけど、大切に磨けばラスボス級の悪役令嬢に相応しい美貌に成長すると思う。いや、幸せになって欲しいので悪役令嬢じゃダメなんだけど。

陶器のような白い肌も漆黒のストレートヘアーもろくに手入れされていない今ですら美しいし、光の当たり方できらきらと輝くアメジストのような紫色の瞳でじっと見つめられると息をすることも忘れて吸い込まれてしまいそうになる。


そろそろ起きる時間かなとサイドテーブルから彼女を覗き込みながらそんなことを考えていると、ちょうど頃合いだったのかパチリと開かれたアメジストと目があった。



「…おはよう。」


「ピッ」


そっと指の腹を使っていつものようにわたしを撫でてくれる。

ディアーヌとわたしの関係は良好だ。といってもベタベタに可愛がられている訳では勿論なく、つかず離れずといった感じ。心を許す相手を作ることに臆病になってしまっているからか、一定の距離を保たれている。


そろそろわたしが言葉を理解しているってことを伝えたいんだよね。何ならこちらの気持ちも伝えて意思疎通を取りたい。だってこの人間的な思考力は転生して召喚されたわたしだからこそのポテンシャルだもん。


ディアーヌが話しかけてくれた時に、羽をぱたぱたしてみたり少し大きめの声で鳴いてみたりしたものの、共鳴している事で伝わる感情に反応したとしか思われていないと思う。

魔力や感情のやり取りが出来るように主人と使い魔には双方向のパイプが繋がっているんだから、応用して天からの声のようなイメージで言葉を直接ディアーヌの頭に届けることが出来たら良いのに…!

はぁそろそろまたクソみたいな使用人がやってくる時間ね。毎日毎日冷たい水ばかり持って来るんだから本当にいい性格してるわよね。



頭の中で汚い言葉で使用人を罵っているとこちらを見ているディアーヌと目があった。口を少し開いたまま目をぱちくりとさせている彼女は何だか今まで見たことのない表情をしている。

まぁこの子まだ10歳だからね。眉毛と口の端だけじゃなくて、子供らしい感情表現が出来るようになって欲しいものだよ。そもそも継母が性悪っていうのは物語としてあるあるとしても、父親は何を考えてディアーヌのこの状況を静観しているんだろう。まあどうせ何も考えてないんだろうな、家柄と顔が多少良いからといって実父のくせにまったく役に立たない……



「ブランシュ」


「ピピッ」



そっとディアーヌが手のひらでわたしを包み込んだ。

手乗りさせてもらったのは初めてでなんだかこそばゆいような嬉しいような。彼女はキラキラとしたアメジストの瞳で手の中にちょこんとおさまるわたしを見つめる。

そして唇をそっと寄せて小さな声で言った。




「あなたっていつもそんなに悪いことを考えていたのね」




第一関門の言葉の壁を突破していたみたい。


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