悪役令嬢と悪役令息
大きな音をたてて開かれた扉の先には、金髪の少年少女が立っていた。
この物語の本当の悪役令嬢サンドラ・フォン・ランバートと悪役令息ダミアン・フォン・ランバート。
ディアーヌの腹違いの双子の兄妹だ。
「使用人達の噂話を聞いただろ?どうせたいした使い魔じゃねぇって。時間の無駄だよ」
「あら!ダミアン、そんな事を言ったらお姉様が可哀想よ。お兄様のフロストウルフは本当に素晴らしかったもの。お兄様と同じ血が流れるお姉様のお話はきっと2ヶ月後に儀式をする私たちの良い参考になりますわ」
そういってニヤけた表情を浮かべながら入室の許可も得ずに部屋に入ってきた2人にディアーヌはチラリと目をやるとパタッと読んでいた本を閉じた。
そしてベッドサイドのランプの上にとまっているわたしを無表情のまま指さす。
「ピィ…………」
2人の視線が私に突き刺さる。なんだか気まずい。
「ちょ、ちょっと待って……アハハハハハハ!」
「クッ…クク……ハハハハハ!」
我慢しきれないといったように2人は大きな声で笑いはじめた。
この物語はロマンスファンタジー。
ファンタジー要素は主人公とヒーローのロマンスを盛り上げるスパイスとして作中に書かれており、使い魔についてはそこまで深く掘り下げられていなかった。
ディアーヌと共鳴したことで得た知識によると、大きくて強そうな肉食動物っぽいフォルムの使い魔の方が魔力が多く必要で召喚が難しい傾向にあり、またその能力も優秀なことが多いようだ。
つまり私の見た目は笑われる理由になりえるということ。
なんでこんなに小さくてふわふわのシマエナガ系なんだ……!
せめてヘビとか虎とか、悪役の使い魔らしく強そうな見た目であればよかったのに…。
ちなみに妖精やドラゴンのような見た目の使い魔は基本的におらず、そのほとんどが動物のような見た目をしている。色はカラフルだったりするんだけどね。作者の趣味かな?
この部屋の鏡台で確認したかぎりわたしの見た目はシマエナガ。瞳が薄いブルーで羽の先端が銀色であることと、使い魔としての契約の証である魔石が首元にきらりと光っていることを除けば、前世でよくグッズ化されていたシマエナガだった。
「話に書いた通りとっても可愛らしい使い魔ですのね!ほら、わたくし達って優秀なお兄様がいるでしょう。お兄様のことはもちろん尊敬していますけど、比較されるであろう召喚の儀式が不安でしたの。……お姉様のおかげでなんだか勇気が出て来ましたわ!」
サンドラが意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「こんな弱そうなやつにどんな使い道があるんだ?」
ダミアンが馬鹿にしたような表情でわたしの頭を人差し指でツンツン突きながら言う。
「さぁ……」
明らかな悪意に晒されているにも関わらず、ディアーヌは表情を崩さずただ一言つまらなそうにそう言った。
思うような反応が無かったことが気に入らないのか、双子は悪意を含んだ言葉をディアーヌに浴びせ続ける。
先ほど軽く触れたようにサンドラとダミアンはこの小説
【薔薇のアーチをくぐって】に登場するラスボス的存在だ。
フラゴナール家に迎え入れられたマリアナは一年間自宅で教育を受けたのち貴族院に入学する。
彼女には入学後、色々な困難が待ち受けているのだが、そのほとんどの出来事を裏で手を引くのがこの双子だ。
そしてマリアナに毒を盛るようディアーヌに指示するのも…この双子だ。
結局その企みは失敗に終わり、トカゲの尻尾切りのようにあっけなくディアーヌはひとり断罪される。
公爵令嬢という立場があった為処刑こそはされなかったが、貴族としての身分を剥奪された上、辺境の地にある塔に生涯幽閉となる。
その後の彼女については作中に書かれていなかったのでわからないが、身分の無い罪人がどんな扱いを受けるかなんて想像に容易い。
腑に落ちないのがたしかにディアーヌは軽んじられている様子ではあるけど、この時点ではすごく塩対応だよね……15歳になったディアーヌはどうして2人の言いなりとなり罪を犯してしまったんだろう。
痛いっ!
ああだこうだと言いながらわたしをつついたり引っ張ったりしていたダミアンが魔石をコツンと指で弾いたとき身体に電流がはしるような痛みに襲われた。
痛覚は共有していないものの、わたしが痛みを感じたという感覚はディアーヌに伝わるようで表情の無い彼女のアメジストのような瞳がわずかに揺れたように見えた。
まだたった10歳の子供なのに何もかも諦めたような様子の彼女を見ていると、今までどんな人生を送ってきたのかが窺えて胸が痛む。
彼女には守ってくれる保護者も、支えてくれる友人も、正しい道に導いてくれる理解者もいなかった。
そういえばディアーヌは毒殺未遂より少し前から双子に何か大切な存在を理由に脅されていたというような補足があったような…。
あくまでちょい役のディアーヌはいかんせん描写が少ない。何か少しでも手がかりになるような情報はないかと考えていると、ダミアンがまたコツンと先程より強い力で魔石を弾く。
いっ…!痛い!!
わたしが恨みを込めた丸い瞳でダミアンを見つめていると椅子からカタリと立ち上がったディアーヌが視界に映った。
「もういいでしょう。出て行って」
ドアを指差す彼女の瞳はやっぱりわずかに揺れている。
彼女には守ってくれる保護者も、支えてくれる友人も、正しい道に導いてくれる理解者もいなかった。
そんな10歳の彼女に四六時中共に過ごすこととなる使い魔という存在があらわれた。
嫌な考えが私の頭に浮かぶ。
これ、もしかしなくても脅迫材料わたしじゃない……?