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律の生活覗いてみませんか?  作者: 夏蝶(ほたる)
4/7

いつも通りの寄り道

 青い空、真っ赤な鳥居になるはずだった。

 そう、律は神社に出かけたはず…だった。

「ありゃ、ここどこだ?んー、わかんないから寄り道ってことで」

 そう、毎度お馴染み寄り道という名の迷子である。いつもどこへ行こうと意気込む割には毎回、どこかでこっちの道が近そうとか、ナビがうまく反応しなくてきっとこっちだとなんとなく進むたび、迷子になっている。

 それでも、律自身は寄り道だと言い張り、楽しんでいる。今日はどんな場所へ寄り道しているのだろうか。

「ん!いい匂いがする!」

 ふわっと香ばしい匂いが風に乗ってくる。何を食べようかルンルンで律は匂いがする方へ向かっていく。ちょっとした小道に入り、住宅街に入り込んだ。道沿いに植えられた木々たちが律の歩く道に木陰を作っていく。木々を揺らしながら、香ばしい匂いを運ぶ風。すっかり、太陽は南の空に高々と浮かんでいる。

 暑さに負けないようとへとへとに歩いているのではなく、夏休みの少年たちのように律は小走りになりながら小麦の焼ける匂いに釣られている。日傘が邪魔になってきたなと思い始めた頃、一軒のパン屋を見つけた。

 道の脇に小さな森というべきなのか、林というべきなのか、木々が生い茂った場所にパン屋はあった。森の入り口に小さな立て看板に一言『カラスのパン屋さん』と書いてある。どこかで聞いたようなと思う間もなく、律は森の小道に入っていく。

 一歩森に入り込むと、一軒の小屋のようなパン屋が立っていた。工事現場にあるプレハブくらいのサイズ感。ポツンと木でできた、その小屋からさっき嗅いだ香ばしい香りが漂ってくる。

 ひのきだろうか、大きな一枚板でできた、扉を開けると頭の上で鈴が鳴る。それと同時に柔らかな声が聞こえてきた。

「いらっしゃいませ、ようこそカラスのパン屋さんへ」

 柔らかな声と匂いに包まれる。外観からは想像できないくらい、たくさんのパンが並び、あたりは幸せな香りに包まれている。

「カラスのパン屋さんって面白い名前ですね、なぜか耳覚えのあるような懐かしさを感じます」

 店主は微笑みながら、そっと立てかけてある絵本を指差した。

「えぇ、誰もが一度は読んだことのある絵本から名前をとったんですよ。カラスの夫婦がしているパン屋のお話です。一度、読んでみられますか?」

 店主はそっと律に絵本を渡しながら、のんびりとした声で、名前の由来を話した。

 小さい頃に読んだ絵本が忘れられないこと、生涯寄り添おうと思った女性が独立してパン屋をやりたがっていたこと、その女性が昨年交通事故で亡くなってしまったこと。

 絵本の物語のように、律に不快な思いをさせないように、まるで新たなお話を作るように。

 まだ私とそう変わらない年齢なのにと思いながら律は店主の話にそっと耳を傾けた。それはまるで、夜空の星の下で読み聞かせしてもらっている感覚だった。夢と現実の間で揺れ動く物語。でもそれは、店主にとってかけがえのない事実と過去なのだ。そっと大切にされ続けるものだと律は思った。

 オーブンが焼き終わる音と、店主の話が終わる声が重なる。

「ごゆっくり、お楽しみください。焼きたてのパンをお持ちしますね」

 パンの準備をしている間、律はお借りした、絵本をそっと開く。小さい頃、幼稚園で読み聞かせをしてもらったなと思いながら、ページを捲る。あの頃はパンが美味しそうだとしか思わなかったこの絵本も、今手に取ると違った見方が見えてくる。

 そっと絵本を棚に戻し、トレーとトングを持って焼きたてパンを待ちながら、他のパンを選んでいく。ふわっと、温かい香りと店主が一緒にやってきた。

「いま、メロンパンが焼けましたよ。いかがですか?」

 いただきます、と言いながら、トレーに乗せ、食べたい他のパンたちを選んでいく。いつの間にかトレーはパンで溢れていた。

「お願いします。ちょっと買いすぎちゃいましたね」

 たくさんの美味しそうなパンにふふっと笑みが溢れる。


「お買い上げありがとうございます、またのご来店お待ちしております!」

 最後にカラスのパン屋さんの宣伝カードをもらって律はパン屋を後にした。店主は森の入り口を過ぎるまで、とても綺麗なお辞儀をしていた。


「さぁ、神社に向かいますか」

 いつになったら目的地にたどり着けるか。のんびりな律にしかわからないことなのかもしれない。



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