参考資料収集と称した散歩
のんびり朝ごはんを食べていられるのも律が会社勤めではないからだ。
いや、つい何ヶ月か前までは社会人だと張り切り販売員として働いていた。決して販売員の仕事が嫌だとか、嫌いだとかはなかったが、どことなく自分には向いていないんだろうなと思っていた。毎日くるお客様に接客することは楽しさすらあったし、お客様が喜んで帰られる時は仕事にやりがいすら感じていた。
だけど、なんだろうか。仕事を頑張ろうと思えば思うだけ体調だけが崩れていく。最初の頃は新しい環境に体が慣れていないんだと思っていたが、1年、2年と経つに連れて、耳が聞こえなくなったり、声が出なくなったりとあからさまに体調を崩し始め、ついには仕事中に倒れてしまったのだ。
上司や先輩方は休職を勧めてくれたが、また戻って来れる自信も、いつになるのかもわからない不安を抱えながら過ごすのも難しいと思い、退職した。
律自身では悔しくて仕方がなかったが、自分の働く場所ではないと体から言われているようで、入社して3年も経たないうちに辞めてしまった。
たまたま、趣味で書いていた小説が奇跡的に懸賞に当たり、連載を持たせてもらえたことと親戚から辺鄙な場所の空き家を譲り受けたことが重なり、今では自称小説家という名のフリーターをしている。
そんなことはさておき、律は今日も参考資料収集に出かけるようである。
「うーん、今日は神社かな、今書いてるの巫女さんのお話だしね」
そう言いながら、机の椅子に掛けていた、トートバックを持ち、携帯とカメラを入れて、出かける準備はできた。今の時間は朝9時。今から向かうと、真夏の炎天下で焼けこげてしまう。一応、女子ですからと日傘と水筒を持って、玄関に向かう。
「やっぱり、外は暑いなぁ」
日傘をさしつつ、携帯でマップを開く。律本人はあんまり気にしてはいないが、まあまあの方向音痴なので大体携帯だけでは目的地にたどりつかいないこともしばしばある。それも資料収集の醍醐味だと律は思っているところが、また律らしいところではある。何はともあれ、今日はどこまでいくのだろう。
「さぁ、いくか」
立て付けの悪いドアを閉め、鍵をする。ガチャっと少し鈍い音を立てる鍵と鍵穴に不安を持ちながら、真夏の炎天下になる前に律は出かけた。
真っ青な空が夏の暑さを掻き立てているような気がした。