イライラする
……なんだか、とってもイライラする。
病院の待合室で、自分よりも後に来た人たちがどんどん呼ばれて行くのがイライラする。
……いつもだったら、呼ばれるまで黙って待ち続けるはずなのに。
「あの、もう三時間待ってるんですけど、まだかかりますか。」
「えっ……少々お待ちください。」
あさイチで来て、もう午前の診察が終わる時間だ。
「すみません、順番が飛ばされてたみたいで。」
「……そうですか。」
ようやく診察をしてもらって、薬をもらって、買い物へ。
……なんだか、とってもイライラする。
スーパーで、レジの人としゃべり続けるおじさんにイライラする。
……いつもだったら、事の成り行きを見守り続けるはずなのに。
「あの、会計、まだかかりますか。」
「ああ、こりゃあすまんかったな、じゃあ、また今度。」
隣のレジに並んだ人は、ずいぶん前に会計を済ませている。
「すみません、お待たせしました。」
「……いえ。」
ようやく会計をしてもらって、エコバッグに商品を詰めて、帰路に就く。
なんだか、とってもイライラする。
交差点で、井戸端会議をしているご近所さんを見かけて、イライラする。
……いつもだったら、ニコニコしながら相づちを打ち続けているはずなのに。
「私はあんまり、興味がないですね。」
「えっ?!駄目よう、そんなことじゃ!流行の最先端よ、ねえ?!」
二時ごろスーパーを出たのに、もう夕暮れの時間だ。
「今度ね、お花持って伺うから!楽しみにしててね!!」
「……はあ。」
ようやく解放されて、すっかり解凍されてしまった冷凍食品を抱えて、家へ。
……なんだか、とってもイライラする。
玄関に靴が散乱しているのを見て、イライラする。
……いつもだったら、無言で靴を片付けるのだけれど。
「どうせ片付けても、またこうなるか。」
自分の靴だけ靴箱に入れて、リビングに向かう。
「かーちゃん、飯まだ?」
「……今から作る。」
解凍済みの冷凍食品をレンジで温め、買ってきたせんキャベツを盛って、テーブルへ。
なんだか、とってもイライラする。
いつもだったら笑って済ませていることをスルーできなくて、イライラする。
……なんでこんなに、気持ちがざわついて心がささくれ立っているんだろう。
「何これ、冷凍食品?ちゃんとした飯がいいんだけど。」
「じゃあ食べなくていいよ。」
一人で黙々と、二人分の冷凍食品とせんキャベツを食べる。
「……何イライラしてんの?更年期じゃないの、病院行ったら。」
「……もう行ってきた。」
食後に薬を飲んで、食器を洗ってお風呂に入った。
優しい長男は、私に気を使って一人で外食に出かけてくださった。
イライラする。
イライラする。
朝片づけたばかりのリビングが汚れていてイライラする。
イライラする。
イライラする。
朝主人に渡したはずの書類が、まるっと玄関に置き忘れられているのを見つけてイライラする。
イライラする。
イライラする。
誰もいない部屋のテレビがつけっぱなしになっていてイライラする。
イライラする。
イライラする。
もうじき主人が酔っ払って帰ってくると思うとイライラする。
もうじき主人が酔っ払って服を脱ぎ散らかして風呂に入ると思うとイライラする。
もうじき主人が酔っ払ってざぶんと湯に浸かっただけで風呂から上がると思うとイライラする。
もうじき主人が酔っ払ったまま歯も磨かずに布団に入ると思うとイライラする。
何時になるかはわからないが長男が帰ってくると思うとイライラする。
何時になるかはわからないが長男が服を脱ぎ散らかして風呂に入ると思うとイライラする。
何時になるかはわからないが長男が長風呂に入ると思うとイライラする。
何時になるかはわからないが長男が真夜中にドライヤーをがーがーかけると思うとイライラする。
何時になるかはわからないが次男が帰ってくると思うとイライラする。
何時になるかはわからないが次男が脱ぎ散らかされた衣服を怒鳴りながら回収して風呂に入ると思うとイライラする。
何時になるかはわからないが次男がお湯が出ないと怒り心頭で風呂から飛び出すと思うとイライラする。
何時になるかはわからないが次男が真夜中にドライヤーをがーがーかけると思うとイライラする。
イライラする。
イライラする。
いつも笑って家族の世話をしていた自分にイライラする。
イライラする。
イライラする。
いつも家族の世話をすることに一生懸命だった自分にイライラする。
イライラする。
イライラする。
薬を飲んでも、イライラがおさまらない。
イライラする。
イライラする。
「ただいま。」
「……お帰り。」
次男が帰ってきた。
「靴、片づけといたよ。」
「……ありがとう。」
毎日、片づけてくれたらいいのにと、イライラする。
「病院、行ってきた?」
「……更年期の薬貰ってきた。」
病院に行ったせいでイラついたことを思い出して、イライラする。
「薬、飲んだ?」
「飲んだけど、効かなくて、イライラするの。」
薬が全然効いてこないことに、イライラする。
「本当に、更年期なのかなあ……。」
「更年期だから、イライラして……感情が押さえきれなくて、みっともないことになってるの。」
年をとって、更年期の症状が出てしまったことにイライラする。
「母さんはいい人過ぎるんだよ。普通の人は、もっと怒ってるよ。」
私は、いつもニコニコしている、優しいお母さんであると。
私は、いつもニコニコしている、自慢の妻であると。
私は、いつもニコニコしている、穏やかな奥さんであると。
「ようやく普通の人並みに、怒りが湧いて出るようになったんじゃないのかなあ?もっと怒っていいと思うよ?」
……薬が効いてきたのかもしれない。
少しだけ、イライラがおさまってきた。
「……これ、店の残り物だけど、明日食べてね。」
私の大好物の、シュウマイが二箱。
「ありがとう。」
……薬が、良く効いてきたみたい。
にっこり笑って、シュウマイを受け取った。
「あとはやっとくから、もう寝なよ。」
薬が、良く効いてるみたい。
イライラした気持ちが薄れて、やさしくほほえみを返すことができた。
「うん。おやすみなさい。」
薬が、効いて良かった。
私はニコニコしながら、寝室へと向かった。