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ようこそ「0」へ  続編

そう言ってゆっくりと立ち上がり

去り際に僕に少しだけ微笑んでこの場を後にしていく

父親の何気ない優しさを感じつつ、僕に起こっていた事実を伝えられ

正直訳の分からない状況の中、時間だけが刻々と通り過ぎていった


僕のカラダの細胞があるべき正常なカラダの状態に戻すべく懸命に働き続け

僕の執刀医である医師からもお墨付きをもらい

僕は病院を退院する運びとなった

その執刀医である医師は患者さんからの評判がいいらしく

何度か、僕の病室にも顔を出してくれていた

何回か会話を重ねていく中で

あの日、僕に起こった現象を医師に話したところ

医師はバカにすることもなく、親身になって聞いてくれていた

一通り話を聞いた後、同期で親交のある精神科医を紹介してくれる事となった

退院の時、紹介状とその精神科までの地図を渡して

「何度か連絡を取り合って君の事は伝えてあるから、安心してな」

そう言って僕の頭をクシャクシャっと撫でてくれた

その医師の笑顔と、ナースの方々の笑顔を後にして

母親と共に、僕は病院を後にした

その後、何度か精神科に通院しカウンセリングや投薬治療をしたが

僕自身、良くなっているのか悪くなっているのか分からなかった

そもそもあの現象が病気と呼べるのか否かも僕自身分からない

僕は、頭がおかしくなった病人なのだろうか・・・それすらも分からなかった

精神科の医師は僕の話を丁寧に聞いてくれて

僕に起こるさまざまな現象や不具合に対応する薬を処方してくれた

でも、僕の中で根本的な部分は何も変わっていないことを感じていた

表面的な事は薬で対処できたとしても、根っこの深いところは何も変わらない

これが医療の限界なのだろうか・・・そう気づき始めていた気がする

そんなあやふやな状況の中、何時しか精神科には通院しなくなっていた

精神科の医師が悪かったわけじゃない

医師のおかげで救われた部分もある

だが、根本が何も変わらないのに時間と医療費がムダだと思ってしまったのだ

僕の脳を、僕の精神を、丸ごと全とっかえしないと僕の苦しみは解消できない

それは、僕が僕であることから死ぬまで逃れられない・・・そう悟った瞬間でもあった


「あ~、なんか疲れた。なんか物凄く疲れた」

「イヤだね。なんか色々頭に浮かんでくる」

うなだれながら女の子が言葉を発する

その女の子の言葉をきっかけに

記憶をたどっていた時間から今の時間に引き戻される

沈黙の中、何もないような虚無感が漂っていた空間で

僕と女の子はそれぞれの記憶をたどる旅に出ていたのだろう

その何とも言えない言葉に出来ない時間の流れの中で

女の子と僕から発せられるそれぞれの思考意識が透明な植物の蔓となり

いびつで所々棘を生み出しつつも

互いの共通点を見つけてうっすらと、そっと、絡んでいるような感覚が

今のこの空間に感じ取れていた

それを心地いいと感じながら何気なく時計に目をやると

そろそろ区切りをつけないといけない時間がきている事に気がついた

「じゃあ、検査結果が出るのに1週間くらいかかるから」

「は~い。また1週間後ですね」

「都合が悪かったら電話すればいいんだよね」

何回か同じ状況を重ねているので女の子もこなれた感じで接してくる

「あ、着替えなくちゃ」

バスローブに包まれている体をながめながら、女の子がつぶやく

「なんか、気持ち良くてすっかり忘れてた」

そう言いながら更衣室へ歩き出す

更衣室の扉の向こうから女の子の弾んだ声が聞こえて来る

「わぁ、服乾いてんじゃん。よかったぁ」

ゴソゴソと着替える音が続いた後、女の子が扉を開けて出て来る

その女の子を見た時になぜか柔らかく暖かな、ほんわりと明るいオーラが

女の子を取り巻いているのが見えた

それは女の子が僕に、にっこりと微笑んでドアを開けてこの室内から出ていくまで

僕にはそれが見えていた

灰色の雲の隙間から垣間見える夕日のそれとは違う

真っ白な柔らかい羽毛のような光が女の子を優しく包んでいた光景だった


うんざりするくらい快晴だ

空には雲1つなく、よく冷えたおいしいラムネを彷彿させるような水色が

上空一面に広がっている

蒸し暑いわけでもなく、程よく涼しい風が窓を介して流れ込んで来る

それを心地よく感じながら時計に目をやると

女の子との約束の時間からかれこれ30分が過ぎている事に気がついた

このような状況はよくあることなので、僕自身そんなに気にしてはいないが

全く気にならないと言ったら嘘になるのかもしれない

女の子の検査結果データを見ながらあれこれと作業をしていると

僕のスマホが無機質な電子音と共に

僕に何か伝えたいことがある人がいる事を知らせていた

スマホを手に取り、通話可能にして耳にあてる

少しの沈黙の後、あの女の子の声が僕に入り込んできた

「ごめんなさい。ちょっと遅れます。もうちょっと待っててもらっていいですか?」

謝る必要性は今のこの件に関してそんなにあるわけでもないのだが

世間的な形式上のベタなあいさつとして的確なのだろう

「大丈夫。気にしなくていいですよ。何かあったのか多少心配したけどね」

僕自身、ありふれた会話をしているな・・・と思いつつ

少なからずとも気にしていた事は嘘ではないのでそのような返答になる

「よかったぁ。もうちょっとしたらそっちに行けるから、待っててね」

自分の気にしていた事がそんなに問題ではない事に安堵したのか

女の子が気楽な雰囲気で言葉を発してくる

「何もないのなら安心したよ。慌てなくていいから気を付けてきてね」

僕がそう告げると

「はぁ~い!わっかりましたぁ~」

どこか吹っ切れているような、どこか投げやりな妙な明るさを伴って

女の子が返答を返してくる

返答をしたと同時に通話がプツンと切れて会話の終わりを告げていた

何も音を発しなくなったスマホをデスクに置き

女の子がこちらに向かっていることを知って安心し

僕は視線を窓の方へ向けた

快晴過ぎる空の下、透明な風が白いカーテンをふんわりと柔らかく波立たせている

多数の人間が気分がいいと感じるであろうこの環境

ごくごく普通の平凡な日常が営まれているであろうこの時間の流れ

穏やかで平和極まりない時間がただただ流れていく

ただただ流れていくその時間の中に女の子が現れることはなかった

地球がゆっくりと自転し、太陽の明るさが追いやられ

宇宙の暗闇が幅を利かせ始める時間帯になっても

女の子が「0」の扉を開けて僕の前にその姿を現すことは・・・・・なかった



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