7話 誕生パーティー
お父様のところに行こうとすると、見覚えのある姿を見つけ、恐る恐る近づいた。
「やっぱり、アナスターシー。久しぶりね」
「フェオドーラ!大きくなったね」
エル様や、お父様と同じ、フォクスラークの碧にアッシュブロンドをなびかせているのは、私の従兄弟のアナスターシー・リヴォフである。順当にいけば私がリヴォフ家を継ぐはずだったがローゼン家に嫁入りするため、お父様の弟…つまりは私の叔父であるイリヤ・リヴォフの息子、アナスターシーがリヴォフ侯爵家の家督を継ぐことになっている。
「図書会の仕事は忙しい?」
アナスターシーは父と同じように、管理司書である。管理司書は、リュシルが記した未解読の技術や予知書を解読がメインであるが、そのリュシルの生み出した魔法技術を元に魔法研究も図書会の仕事まで広がっている。アナスターシーは、魔法研究に携わっているプレーンであると話を聞いたことがある。自慢の従兄弟だ。
「ぼちぼちかな。ドーラ、誕生日おめでとう」
「ありがとう、会えて嬉しいわ」
私とアナスターシーは従兄弟同士であるがあまりあった事がなかった。というのも、私が物覚えついた頃にはアナスターシーは学園に入っており、帰省しても会う機会も少なかった。私が、学園に入るとアナスターシーは図書会に管理司書として入り、忙しい日々を送っており会うのは今日のエル様の誕生パーティがメインであった。お父様も、アナスターシーの父のイリヤ叔父様もパーティを好まないため、数年に一回する程度だったため、会う機会はこのパーティがメインであった。
私の中で、兄のように慕うべき存在なのだが、一緒に過ごした日々が少なく、The親戚のお兄さんという確固たる地位を気づいている。
「時間が空いたら一曲踊っておくれ、ドーラ」
「えぇ、もちろんです」
定例的な挨拶を交わし、私はお父様のところに戻った。
お父様と合流すると、国王に挨拶に行くと言われた。この誕生パーティに国王に挨拶をするが毎回決まっているが、その度に緊張する。
国王の座る席に向かい、謁見する。三席あり、中央に国王、両サイドに女王とエル王子が座っていた。
「リヴォフ侯爵家当主、バルトロメイ・リヴォフと申します。本日はご招待いただきありがとうございます」と言うお父様に合わせて礼をする。
国王は、お父様に似ていた。兄弟と言われたらここにいる全員が納得するだろう。二人とも、先先代の国王によく似ているのだ。フォクスラークの碧の瞳をまっすぐに向け、アッシュブロンドの長い髪は括っていた。
「顔をあげよ。久しぶりだな、バルトロメイ。元気そうで良かった」
「はい、国王もご健在で」
「お主に畏まられるとこっちが恥ずかしいのう、兄弟のように育ったというのに。…図書会で目覚ましい働きをしていると聞いているこのまま精進するよう」
「はっ。勿体無いお言葉です…」と深々と礼をしたので、私も合わせる。
顔を上げると、国王と目があった。心臓が、緊張で張り裂けそうになった。
「お主が、フェオドーラか。大きくなったな」と、優しい眼差しで私を見つめた。
「…娘は今年で18になります」と、私の代わりにお父様が返事をした。「そうか」と、国王は相槌を打ち、私たちを解放した。
「緊張したかい?ドーラ」
「ええ、本当に緊張したわ。威厳がすごいのですね、国王は」
「国王だからねぇ」
謁見も終わり、パーティも招待された全員が集まったところで、フロアに奏でられていた音楽が止まり、国王に視線が集まった。
「本日は、我が息子、エルの誕生会に参加してくれたこと、心から感謝する」
会場に、国王の声が響き渡る。
「今日ここで2ついう事がある。……フェオドーラ・リヴォフを、我が息子エルの眷属になることを勅令する!!!!」
会場が一瞬ざわついたが、国王がすぐさま咳払いをした。
私は何を言われたかを一瞬理解できなかった。勅令ということは、国王直々の命令であり、拒否する事ができない。つまり私が強制的に、エル様の眷属に…?
「もう一つは、…エルの眷属、フェオドーラ・リヴォフが”聖杯”に選ばれたことを発表する!!!!!」
その瞬間、今まで以上に会場にざわつきが生まれた。
『聖杯』とは、リュシルが使役したと言われる最強の聖霊である。私が、それに選ばれた?
すぐさま、お父様を見上げたが悔しそうな表情で、まっすぐ見つめていた。それでお父様が全て知っていたことをすぐさま理解できた。
『ごめん、今は言えない。だが、必ず話すと約束する』
お父様がいった言葉が、私の頭を過ぎった。私が眷属になるから、堅光派の話をしたことも理解できた。お父様は、発表がこの時だって知っていたのだ。
国王の言葉を理解した人は私へと視線を集める。そして、ジリジリと距離を詰めてきた。
次期国王となる人である眷属は、王となる人以外の命令を受けない。権力とて、公爵家以上の権力を持つと言われている。常に、王の隣にいることを許される唯一の存在だ。この会場にいる人全員が、私のような無知の小娘がその権力を手に入れたことを理解し、何か手を打とうとしているのだ。
ある者は、権力に寄生しようとし、
ある者は、権力を奪おうとする。
「『静まれ』」
国王が言霊を発した。この国を支配する、この王宮を支配するものの言葉は並大抵の魔力のものじゃ破れない。会場は一瞬で静まり返った。
「彼女はこの国をさらなる繁栄へと導くであろう」
と一言付け加えた。
私はこの会場の視線と空気に耐えられなくなって、ゆっくりと後ずさりをする。壁に背を向け、人々は私を囲うように見た。
「さ、諸君。パーティの続きを楽しみたまえ」
また会場に、騒音が戻った。
以前、会場のすべての視線は私を向いており、私は固まった体を動かせずにいた。お父様やお母様、ラヴェンティ、シエルを見つけようとしても人々が壁になって誰も見つからなかった。
怖い。
恐怖を感じた、私を見る底知れない瞳がとても恐ろしく感じた。下心のある、純粋な眼差しではない、ねっとりとした視線が私の体にまとわりつく。助けてほしい、ここから逃がしてほしいと心の底から願う。
私の右肩に寒気を感じる。びっくりして右を振り向くと、全く知らない男性が私の肩を掴んでいる。
「フェオドーラ・リヴォフ様、私はディル商会のものです」
「私は、シャーシー准男爵です。最近、商業の功績が認められ爵位をいただきました」
ねっとりと視線は言葉に変わった。堰を切ったように、数人が私を囲い自己紹介をし、私に名前を覚えさせようとする。だんだん、聴力がなくなっていく。まるで私の気持ちを反映したかのように。視界もグルグル回り、視点が定まらなくなってきた。
「気分が悪いようっスね」
その言葉に、視界が定まっていく。声の方向を向くと、ルシオが見慣れた笑顔で私に笑いかける。
「すいません、皆様。フェオドーラ様の気分が優れないみたいっす。失礼します」
「無礼だぞ!」
一人の男が、ルシオの腕を掴む。その男をルシオは今までに見たことのない、冷たく見下し、そして怒りのっこもった表情で睨みつける。男はうろたえ、ルシオの腕を離した。
「『跪け』」
ルシオ様の言霊が周りの人間に発せられた。
私を囲っていた人達は強制的に、一瞬で膝をつき、私たちを見上げた。まるで、生ゴミでも見るような目で跪く人々を見つめ、私を抱えてルシオは歩き出した。
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宮殿の応接間に私達は入り、ルシオは私をソファーまで支えてくれた。気が抜けたようにぐったりと私は座り、頭を抱えた。
「ルシオ、ありがとう…ございます」
手で顔を覆い、下を向きながらルシオにお礼を言った。心臓はいまだに低い音を鳴らして動いている。
「自分は役目を果たしたまでっス。それよりも、大丈夫ですか?」
私の背中をルシオは暖かい手で撫でる。なで下ろすタイミングと合わせてゆっくりと呼吸をし、心臓を落ち着かせた。
「大丈夫、少しめまいがしただけなの」
「無理しないで下さい。この部屋には誰も入れないようにします。落ち着いたら馬車を出して屋敷まで帰りましょう」
「ありがとう、そうしてもらうと助かるわ。迷惑をかけてごめんなさい」
「迷惑だなんて…。そんな風に思ってないっス」
ルシオはずっと私の背中を撫でてくれる。それだけで私は落ち着いてきた。
「ルシオの手は暖かいのね」
「少しだけ魔力を込めています。気分悪くないっすか?」
「心地いい…無理でないのならこのまま…」
「任せてくださいっす」
数分その状態でいたら時気分が落ち着いてきた。顔を上げると、心配そうなルシオの瞳と目があった。
「心配させてごめんなさい。もう大丈夫」
「ほんとっすか?」
「えぇ、本当よ」
ルシオはゆっくり私の背中から手を離して、私の隣に立った。すると、コンコンと扉の音がなる。
「誰も入れるなって言ったのに」
ルシオは少し、イラつきながら扉に向かった。
「えぇ!」
ルシオの驚いた声が聞こえた。びっくりして、扉の方向を見るとルシオは膝をついて頭を垂れていた。エル様が部屋に入ってきたのだ。ルシオは、私の正面のソファーにエル様を案内した。エル様は無駄のない完璧な所作で私の前に座った。魔法で、応接間の棚に入っているグラスとお酒を魔法でテーブルの上に出した。
「ルシオ、ご苦労。フェオドーラ嬢の隣に座っていいぞ」
「ですが、殿下。これは無礼に当たります」
「二度言わせるな」
「…仰せのままに」と言ってルシオが私の隣に座った。
「気分は?」
エル様の視線が私に向かっていることから、私に問いかけたことがわかった。「良くなりました」と、正直に答える。エル様は短く相槌をうってグラスに手を伸ばし酒を注いだ。
「………………………………」
3人の間に長い沈黙が流れた。
「父は、勅令を出したが、俺は君が無理に眷属になる必要はないと思っている」
この静寂を破ったのはエル様だ。
「君が責務を果たせないと思うなら眷属を降りてもらっていい、だが、ひとつ条件を出したい」
「条件…?」
「1ヶ月、学園が始まる前まで、眷属になってもらう。その1ヶ月で眷属になるか君が決めろ」
驚いてエル様をみる。エル様は私をまっすぐ見つめており、嘘や騙そうとしているわけではなく本気でそう言っていることが伺えた。
「1ヶ月…?」
「そう、1ヶ月だけでいい、俺の眷属になって欲しい」
「お言葉ですが、なぜ私が…?」
「リュシルの予言だよ」
「予言?」
「そう、俺と同じ日に生まれたものが俺の眷属となり、聖杯を司る者…という予言だ」
リュシルの予言は決まった未来を示す特殊な星詠みだ。彼女の予言通りに歴史は運ばれている。
「私が、聖杯を司るのも予言でわかっていたのですか?」
「そうだ」
「でも、同じ日に生まれたのは私だけではないはずです。他にもいると思うのですが…」
「同じ日、同じ時間に生まれたのは君だけだ」
「同じ時間…?」
「そうだ、君と俺は同じ日の同じ時間に生まれている。皆は、君がリュシルの予言の聖杯を手にする者だと信じているよ。そして、リュシルの生まれ変わりの眷属になることも、だ」
私が生まれる前に、ラヴェンティのような筆頭公爵家と許嫁であることが決まっていた時点で私は気付くべきだった。何か裏がある、と。
予言で全て決まっていた、私が聖杯を手にし、眷属になることが。それをわかっていた、ローゼン家は私を婚約者に選んだのだ。私は利用する価値があると知っていた。
「聖杯を手にするのも、君が決めていい。でも1ヶ月は自分の使命と向き合うんだ」
私は頭にきた。自分の人生が生まれた時から決まっている、自分で決められない不自由さ、勝手に決められた理不尽さに頭がきている。
「使命ってなんですか…!私の使命なんて自分で決めます。自分の心で!」
「いつの君も、そういうと思ったよ」
「…どういうことですか?」
エル様は立ち上がり、私の前に立った。そして膝をつき、私を見上げる。
「俺の頼みだ、君の1ヶ月を俺にくれないか?」
王族の、次期国王が、この国で崇められている神子の生まれ変わりが、私に膝を付いて、頭を下げ、頼んでいる。その光景に、私もルシオも目を見開いた。
「頭を上げてください。エル様」
「…ダメだろうか?」
「…わかりました、1ヶ月です。1ヶ月で、決めます。だから、頭を上げて立ち上がってください」
私は慌てながら、エル様を立ち上がらせる。
「ありがとう」
そう言って、エル様は立ち上がり私を見下ろした。
アナスタシアという映画の冒頭の舞踏会のシーンは美しいです