6話 誕生パーティー
素晴らしい、朝日。今日は私の誕生日だ。
「リリィおはよう」
「おはようございます。お嬢様。さぁ準備はよろしいですか?」
「ぎゃ!ちょっと!優しく洗って!」
「お嬢様行けません、香油を今から塗るのですから」
「待って!くすぐったい。ひゃ」
今日は素晴らしい日のはずなのだが慌ただしかった。というのも今日の夜の私のではない誕生パーティの準備だ。もう一度言おう、私のではない。
「エル様の誕生パーティなのです、綺麗にしていくべきです」
「今日は私の誕生日だけどね」
少し皮肉っぽく言う。「社会とはそう言うものです」とリリィはため息交じりに言った。
リリィの手荒な準備を終えて、私はドレスに着替えた。お父様のくれたあの白いドレスに、シエルがプレゼントしてくれたあのネックレスに、ラヴェンティがくれたイヤリングをつける。そして、侍女たちが亜麻色のストレートの髪に熱を当てて少しだけウェーブさせる。小さな宝石をまぶしたカチューシャを付けた。
「お嬢様の髪の毛はいじりやすくて楽チンです」
「それは褒めています?リリィ」
「はい」
褒めてないな。と思ったが黙っていた。
「さ、メイクしますよ」とリリィは腕をまくった。「お手柔らかに」と返そうとした時は既に遅く、顔面にパウダーをまぶされた。
「お嬢様の素材は、いいのですからやりがいがあります」
「『素材は』って、褒めています?リリィ」
「はい」
また褒めてないな。と思ったが黙っていた。
メイクに少し眠くなりそうになった頃に、リリィのメイクは終わった。
「はい、お嬢様!完成です」
目を開けて鏡を見ると、そこには私とは思えないほど美しく仕上がった姿かあった。「リリィは天才ね」と言うと、リリィは満足そうに微笑んだ。
感動して、何度も鏡の中の自分を眺める。「は〜。これが私なのね」と鏡の前で問答してしまう。
「フェオドーラ嬢!めっちゃ美しいっす!」
ドアの前から聞き覚えのある声が聞こえた。ドアの方向を向くと、司書隊の白を基調にした制服を着たルシオ・リュクスタールがそこに立っていた。
「ルシオ様。どうしてここに?」
「今日は俺がフェオドーラ嬢の護衛っす!先日はベンハルト先輩がお役に立てずにすいません!」
「つかぬ事をお聞きしますが、リュクスタール家としてパーティには出ないのですか?」
「両親が代表として出るっス。エル様の誕生パーティなので本日は護衛を増やすそうなので、俺も駆り出されているんっすよ」
「そうだったのですね。でも、シルメリア様は大丈夫ですか?」
「なんでスか?」
「ずっと護衛されているのでしょう?」
「なるほど!シルメリア様にはベンハルト先輩とウルシャ姉が付いているっす!前回フェオドーラ嬢が襲われたので、シルメリア様の護衛を増やしたらしいっす!」
そうか、シルメリア様は私よりもずっと狙われているものね、一人よりかは二人が安牌だよね。と一人で納得する。
ちなみにウルシャ姉と言われた女性は、ウルシャ・リュクスタール、ルシオ様の実姉で、そしてリュクスタール伯爵家の次期当主だ。
「ウルシャ様もパーティは出られないほどなのですね」
「そうっすね。今は、フェオドーラ嬢の方が危険なので俺が今回護衛として承っているっす!」
「えぇ!?」
「だから、前回みたいに飛び降りるとかしないでくださいよ!俺もそんな有能じゃないっすから!」
私の方が危険って?危険だからルシオ様?ツッコミどころが多くて、少しだけ自分の時間が止まり考える。
「私って危険なのですか?」
「そうっすね、思っているよりも危険っす!」
「それでルシオ様が派遣されたと」
「そうっす!」
「ルシオ様ってベンハルト様よりも強いのですね」
「いや、ベンハルト先輩とウルシャ姉には敵わないっす!強いて言うなら、俺は護衛向きの聖霊を使役しているっす。だがら、護衛という目的では俺が適任ってことっす」
「そうだったのですね。聖霊について話させて申し訳ありません」
聖霊についてだが、あまり人様に見せない、探らないのが魔導師のマナーである。聖霊とは魔導師にとって最大の武器でもあるため、人に知られるだけで不利になることがあるのだ。
「そんなことないっすよ!俺がシルメリア様の護衛をずっとしている時点で勘付かれているっす!」
「なんかルシオ様と一緒にいると元気が出ます」
「フェオドーラ嬢に言われたら照れちゃうっす」
「あ、今日、お時間あったら踊りましょう?前回の約束です」
「覚えてくれたんっすか!?フェオドーラ嬢は本当に優しい方だぁ」
ルシオ様は私の手を握り、目を潤ませた。「シルメリア様だとこんな風にはならないっす!」と言いながら感動している。
「今日はお世話になります、ルシオ様」
「そんな様付けで呼ばないで下さい。俺のことは気軽にルシオって呼んでくれたら嬉しいっす。今日は俺が従者です、そう呼んで下さい」
「では、ルシオ。今日一日よろしくお願いします」
「任せてください!」
「お嬢様、祈りの時間になります。下に」
「あぁ、今日は『フィヤル山の噴火』の日っすね」
「そうです。我が家では毎年黙祷を捧げています」
『フィヤル山の噴火』は、火山活動をしていなかった、フィヤル山が18年前…私が生まれた日に大噴火を起こし、フィヤル山の麓を溶岩と火山灰が覆った。約1万名死亡。数時間で麓にいた全ての人間は死亡している。その自然災害の悲劇は今日、私の誕生日っていうわけだ。そして、その犠牲者に対して私たち一家は災害が起きた黙祷を捧げている。
「…黙祷」
お父様の声と同時に私たちは黙祷を捧げた。1分間の長い沈黙。
「さーてと、パーティに向かいますか!もう!ドーラったら今日も可愛い!」
「ありがとう。パパもかっこいい」
「今日は、俺とも踊ってね」
「もちろんよ、お母様ばかりと踊らないでね」
「バルトロメイ様、逆にドーラばっかりと踊って私を疎かにしないで下さいね」
「パパ、いま人生最大のモテ期かも。どうしようビシャモン」
3人の場所の中で、霊体で姿の見えないビシャモンにお父様は問いかけた。
「素晴らしいですなぁ」と、得体の知れないところから声がした。しかも返事は適当である。
「ドーラ誕生日おめでとう」と、お父様が言うとお母様も手を叩きながらおめでとうと言った。私はありがとうというと、お父様は「素敵な日に、素敵な年になりますように」と祈った。
私は、みんなとこんな風に毎日を生きられれば、それで素敵だよ。と心の中で呟いた。言葉に出したら、相反してそれが叶うことがなそうな気がしたから言わなかった。
煌びやかな宮殿につき、私はルシオ様に手を引かれ会場に入った。私や父の名前が呼ばれるが、会場の会話といった雑音で、読み上げられた名前はかき消された。
「どの令嬢にも踊らず美しいっす!フェオドーラ様」
「ルシオはいつも褒めてくれるのですね。嬉しいわ」
ルシオは私の耳元で囁くように、顔を近づけた。ルシオ様の顔が近くなり私は耳まで赤くなり、カチコチに固まる。
「…今日は僕が守っています。たくさん、ハメ外して楽しんできてくださいっす。大丈夫。貴方は俺が死んでも守り抜きますし、傷一つつけないとリュシルにかけて誓います。…誕生日おめでとう」
いつものルシオのようではなく、すごく真面目な一面を見た気がして、ドキドキが止まらなかった。ふと顔を見上げると、ルシオは見慣れた笑顔で笑った。
「いってらっしゃいっす!」
なんて頼もしい騎士だろうと、思う。シルメリア様はあの方に、ずっと守られてきたと思うと少し羨ましくも感じた。
「ルシオ先輩ってギャップがねぇ、かっこいいよねぇ」
「ええ…ってシエル!背後を取らないで、びっくりしちゃった」
「ドーラは今日も美しいね。…僕が送ったネックレスつけてくれたんだね」
「そうなの、シエル、プレゼントありがとう」
「もう、何回ありがとうって言いうの。聞き飽きちゃうよ」
「そうね、私が満足するまでかしら」
「うーん。だったらずっと言って欲しいな」
「鬼ね、シエル」
「そしたら、ドーラは僕にありがとうを言いにずっと会いにきてくれるだろう?」
「キザね、シエル」
「きみにだけだよ、ドーラ」
シエルとの茶番を、簡単に済まし会場を見渡す。今日は、エル様18歳の誕生日だ。18歳はこの国で成人になる歳でもある。今日は、エル様の人生の節目として祝うべき日でもある。そのため、セルディア国の要人から、実業家、有名オペラ歌手まで様々な人がきていた。
お父様は、お母様と一緒に挨拶回りをしている。私も知り合いに挨拶でも行こうと重い腰を上げて、会場を歩き始めた。一人目の挨拶すべき人を見つけた。
「ベンハルト様。先週はお世話になりました」
「フェオドーラ様、久方ぶりです。お元気そうでなにより」
シルメリア様から少し離れたところにいたベンハルト様に話しかける。相変わらず生気の無い目をしている。シルメリア様はウルシャ様を付き人として挨拶周りをしていた。ウルシャ様は、司書隊の服をきこなしている、女性だが惚れ惚れしてしまう。
「また会えて嬉しいです」
「俺もだ、君といると楽しいですから」
「ベンハルト様もお上手ですね。フェンリルは?」
「今霊体化して会場の外で待機させています」
「そう。会えなくて残念だわ」
「フェンリルに伝えておきます。…今日の君と踊れないのが残念です」
そう言ってベンハルト様は私の手を取り、甲に口づけをした。「何かあれば、守るという誓いです」と付け加えた。
「……ワーカーホリックですね」
「もっということがあるでしょう…」と呆れたように頭を抱えた。
「ごきげんよう。フェオドーラ様」と、ウルシャ様を連れシルメリア様が私に話しかけた。ブロンドの髪とグリーンを基調にしたドレスが似合っている。シルメリア様を見つめると、スモーキーグリーンの瞳に吸い込まれそうだった。
「ごきげんよう。シルメリア様」
「…ラヴェンティ様と仲が睦まじくいるようで」
「はい、婚約者ですし…」
「婚約者ですものね?」
ピリピリとした雰囲気が辺りを覆う。「そ、そうです…」と、消えそうな声で返事をした。この図はアレだ、虎 VS. ネズミだ。私は死を覚悟しなくてはいけない気がする。
「それでしたら、人の婚約者に色目なんて使うわけ…ないですわよね?」
「も、もちろんです」
釘を刺された。「あなたには婚約者いるでしょ?私の婚約者には近づかないで」と言われている気がした。全てを察した私は、「失礼します」とその場を後にした。
シルメリア様からしたら、私は婚約者に、ちょっかいをだす野次のように思えているらしい。あのダンスの一件で、シルメリア様にも飛び火があったのだろう、私と同じようにゴシップで乗ってしまったと考えたら、プライドの高いシルメリア様はかなり傷ついただろう、そう考えると少し同情してしまった。
少し俯いて、会場をとぼとぼ歩いているといきなり手を引っ張られた。
「フェオドーラ。誕生日おめでとう」
「びっくりした!…って、ラヴィ、ありがとう」
「お前…俺だってわかって残念がるんじゃねぇよ」
「逆よ、安心したの」
「なんかあったのか?」
「大したことはないわ」と答えたら、ラヴェンティはならいいと答えた。
「踊るぞ、フェオドーラ」
「あ!今日は私が誘おうと思っていたのに!」
「お前なぁ、今日ぐらい俺を誘わせろ」
ため息気をつきながら、私の手を引いてダンスホールに一緒に向かう。ラヴェンティのバラの香りに包まれ、一緒に踊る。
ダンスが終わると、私とラヴェンティの間にシエルが割って入る。
「さ、ドーラ僕と踊ろう」と私の手を引いた。ラヴェンティは「あの化け狸野郎ォ」と握りこぶしを作っていた。
「シエルとダンスは久しぶりね」というと、シエルは「一年と三ヶ月ぶりだよ」と答えた。
「お、覚えているの?」
「うん」
「ほ、本当?」
「嘘」
「やっぱり!」
「正確には1年ぶり」って覚えているんかい!というツッコミもする気を失せたので心の中にしまっておこうと考えた。
「ドーラは、運動できるのにダンスは下手だよねぇ」
「シエル?オブラートに包む気も無いのね」
「でもそんなところも僕にとっては可愛いからね」
「シエルって私の嫌いなところってないの?」
シエルはいつも私の欠点を言っては「そんなところも可愛い」と付け加える。そして、長年の疑問をぶつけた。率直にどんなところが嫌いなのか、と。
「あるよ」とあっさりと認め、自分で聞いたことだが少しだけ沈んだ。気になって、例えば?と聞いてしまった。
「もしかして気にしている?」
「そりゃ、気にするよ。シエルは私といてもいつも嫌な顔一つしないから、どんなところが嫌なのかわかんないし」
「僕の手元に収まらないところかな」と、黒い瞳をさらに光さえ吸い込むように深く黒くして呟いた。「いつの君も、予想外の行動をするからね。ま、そんなところも可愛いんだけど」
「ごまかしたな!」
「好きと嫌いは紙一重だよ」
シエルは私の手の甲にキスをして、会場の人混みに消えていった。
シエルは本当に心臓に悪いことをいう。「予想外の行動をする」といったが、それはこっちの台詞だ。シエルは私の斜め上の行動を毎回するから、ハラハラさせられる。
また一人になった私は、もう自分の挨拶回りを終えたことに気づいた。学園ではろくに友人付き合いをしなかった為に会場で学友を見つけても私を覚えているかどうか分からないため、話しかけることができなかった。そそくさと、お父様のところに戻ることにした。