4話 街に出かけよう
「我が家の料理人も優秀だが、外のお店はまた違った味がしていいね」
「はい、美味しいですわね」
街をふらふらし終わった後、街でも評判のレストランへ向かった。6人でテーブルを囲む。
「俺のような者も同席してよかったのでしょうか?」
「ベンハルトくんは、護衛人であり客人だ。食事の時くらいゆっくりしようじゃないか」
「…ご好意感謝します」
不思議な一家だ。とベンハルトは思う。
貴族とはもっと高慢な存在だと思っていたからだ。ベンハルト・アトキンスは平民出身の騎士だ。その魔力を見込まれ、特待生としてリルケ魔法学園に入園後、次席で卒業した。平民出身ということもあり、貴族付きの任務にはよく驚かされていた。プライドが高く、平民である自分とは一緒に歩こうともしないことが多い。彼らは身の安全よりもプライドを優先してしまう生き物だという印象だった。その貴族が俺と一緒に食事を囲むなんて。ベンハルトにとっては異様な光景であった。一緒にいてこの国の権力者とも言える、ローゼン公爵家も一緒にテーブルを囲んでいるのだから、ベンハルトは、リヴォフ侯爵家は少し異端なのではと思った。
「二人で仲睦まじく会話をしていらっしゃいましたが、ベンハルト様とシエルはお知り合いだったのですね」
「はい、レインホンドがよくシエルを司書隊の演習に連れてきていたので」
「兄経由で仲良くなったんだよ、ドーラ」
レインホンド・アルムリッド、シエルの実兄である。アルムリッド公爵家の次期当主で、若くして司書隊の副長まで登り詰めた天才だ。この国で一番の魔導師は?と聞かれるとほとんどの人が『レインホンド・アルムリッド』と答えるであろう。数百年に一度の天才と言われている。初めは、レインホンド・アルムリッドが神子リュシルの生まれ変わりではと、騒がれていたほどだ。
「レインホンド様と、ベンハルト様は仲がよろしいのですか?」
「同い年です」
「首席次席コンビですね」
レインホンド様の右腕が、リルケ魔法学園時代の同級生で右腕だという話は聞いたことあった。その名も『首席次席コンビ』どこかのコミカルトークショーの名前のようだ。
「…とも言いますね」
ベンハルト様がとても嫌な顔をした。この顔は、ラヴェンティがシエルのことを話した時にする顔と同じだった。なんとなくだが境遇が理解できたと同時にレインホンド様とセットで覚えられるのは嫌なことだったのだろうと即座に理解した。
「気分を害されたら申し訳ありません…」
「ドーラが謝ることじゃないよ、ベンハルト先輩の心が狭いだけだから」
「フェオドーラ様が謝ることじゃないです。そしてシエルは黙れ。別にセットで覚えられるのが嫌ではなく、あいつと同じ人種だと思われるのが嫌なだけです……気を使わせてしまいましたね。こちらこそ申し訳ありません」
ベンハルト様が私に向かって微笑む。生気のない目をしていると言ったが、笑った顔は破壊力がすごかった。
「そっ、そんな、謝らないでください。レインホンド様はシエルの斜め上を行くような方ですもんね」
すぐに目をそらし、顔が少し赤くなってしまい吃りながら答えた。
「実兄ながら手を焼くよ。ほんと」
「レインホンド様もお前には言われたくねぇと思うよ」
突然、ラヴェンティが口を開いた。あのシエルに話している状況を私は目を見開いてしまう。
「そう?僕真っ当に生きているつもりだけどなぁ」
「生き方じゃねぇ、人となりの話だ」
「えー、僕優しくない?」
「そういう問題じゃねぇ!空気を読む練習をしろ!」
「ラヴィ、シエルは空気を読めるけど、あえて読まないのよ。そういう人よ」
「安易に話しかけるんじゃなかった。底なし沼みたいな奴だ」
「ラヴェンティ様もシエルに苦労しておられるのですね」
憐れみと同情と、強い眼差しでベンハルト様はラヴェンティを見つめる。まるで同士を見つけたような顔だ。
「お互い様です。ベンハルト様。あとそんな畏まらなくて大丈夫です」
「いや、階級では上の方ですから」
「…将来後輩になるかもしれないのにですか?」
「え?ラヴィ?どういうこと?」
「そのままだが」
「し、司書隊に入るの?」
「意思はある」
前にも説明したが、ローゼン公爵家は司書隊を統べる図書会の館長に現ローゼン公爵家当主つまりはラヴェンティのお父様が赴任している。そして、図書会の館長には代々ローゼン家の当主が選ばれるのだ。なので、私は当然図書会に武装司書としてではなく管理司書として入ると思っていたのだ。
「てっきり、図書会長になるのと思っていたわ」
「それは目指すよ。武装司書で会長になってもおかしくないだろ?」
「あぁ、なるほど」
歴代の図書会会長の中で、管理司書から会長になる人はいたが武装司書から会長になったものはいない。理由として、管理司書は貴族階級から選ばれるため貴族が司書になるのに一番の近道であるのと、武装司書になるには魔法において才能と努力を惜しまないものにしかなれないほど狭き門だ。この世の中は魔力に関しては平等らしく、血筋関係なく人によって魔力の量は違う。魔力のない夫婦の子供が膨大な魔力を持って生まれるのは珍しくない。魔法を扱う技術や『魔法特恵』といったものは血筋に関係あるが、魔力の量という点では生まれ持った才能の一つだ。階級関係なく魔力の量と魔法技術という点で武装図書になれるため、狭き門となる。
『魔法特恵』というのは、『星詠み』といったような血筋により限定される特殊能力の一部だ。ローゼン家やフォクスラーク王家は『星読み』を『魔法特恵』として持つものが生まれる。シエルや、レインホンド様が属するアルムリッド家は『魔眼』と言われる『魔法特恵』として持つものが生まれる。ちなみに私のお父様もフォクスラーク王家の血筋を引くため、少しだけだか『星詠み』ができるらしい。
「ラヴィは志が高いのね。素敵だわ」
「結果的には高いかもしれねぇけど、会長になるのが目的じゃねぇよ。目的は他にある」
「そうなの?」
「……おう」
「教えてくれないの?」
「言わん」
「ラヴェンティは、ツンデレだねぇ」
ニコニコとシエルはラヴェンティにちゃちゃを入れる。ツンデレといったその意図が読めずに私は少し困惑する。ラヴェンティは「それ以上言うな」と言わんばかりの視線とシエルに向ける。シエルは肩をすくめて、食事の続きをした。
「こんな真面目な義理の息子持って俺は幸せ者だ」
「あらあら、本当ねぇ」
ニヤニヤと私の両親もラヴェンティを見つめた。
「我が娘を頼んだぞ。ラヴェンティ君!」
「気が早いです」
ラヴェンティは、バッサリとお父様の言葉を切り捨てた。
「君が良ければ、実技など力になるよ」
何かを察したベンハルト様は、両親と同じようにニヤニヤした表情をラヴェンティに向ける。
「ベンハルトさんまで!」
「ねぇ、どういうこと?ラヴィ」
「お前のそういう所も、みんなを助長させるんだよ」
「えぇ、私何もしてないじゃない」
「確かに…お前に言うのは筋違いだけど、なんか俺だけこうなるのは意味わかんねぇ」
「じゃぁ私もラヴィと一緒に怒るわ」
「なんでお前も怒んだよ!」
「だって、誰かが怒っている所を見ている人は冷静になれるでしょ。わたしが怒るとラヴィが冷静になれると思って」
「………敵わねぇ」
ラヴェンティは頭を抱えた。なんか言葉をぶつぶつ呟いている。
「罪深い幼馴染を持ったよ」
「シエルと長年友人をやっている時点で肝の座り方が違いますね」
シエルとベンハルト様は個々の感想を述べて、食事の続きをしている。シエルに至っては、もう食後のデザートワインまで手を伸ばしていた。
**********
お買い物もして、久々に一通り街を楽しんで帰ろうとすると、ラヴェンティが、忘れ物があると行ってフェオドーラたちと別行動した。
ラヴェンティは、フェオドーラが見ていた宝石店に向かう。ショーケースを見ると先刻まであった青いネックレスがなくなっていた。
「あの、ここにあったネックレスは?」
「あぁ、これは先ほど売れてしまいました」
遅かった、とラヴェンティは落胆した。
「ローゼン家の方ですよね?」
「あぁ、はい」
「それでしたら奥にもっといい宝石がございます」
店主はゴマをするように俺に下手に出る。もっと高い宝石を買って欲しいと言わんばかりだ。ラヴェンティはそう言う人を見て下手に出る輩が嫌いであった。
「いえ、大丈夫です」
そういって、ラヴェンティは店主に対してあからさまに嫌な顔をし、足早にお店を後にした。
ラヴェンティは、フェオドーラの喜ぶ顔が見たいと思っていた。彼女が笑う姿を見ると自分のことのように嬉しくなるのだ。彼女の喜ぶことをしたいと思うが、実際何をすれば喜んでくれるのかわからないし、思いついても喜んでくれるのかと不安になってしまう。ラヴェンティはいつもフェオドーラに敵わないのだ。彼を不安にさせ、喜ばせるのも彼女の一挙手一投足だった。
自分のいっときの感情で店を去ったが、不安になったラヴェンティはまた宝石店に戻った。
「あのこの、青いイヤリングを」
「シンプルですね。こちらですともっとゴージャスな…」
「これで大丈夫です。ローゼン家でつけておいて」
店主に食い気味に注文し、魔法で家紋を見せた。どれかわからないなら、とりあえず買っておけと、彼は思った。彼らしい決断とも言える。
彼は、宝石店を後にして、フェオドーラの元へ向かった。
*********
「ラヴィ、遅いわね」
「本当ねぇ、どうしたのかしら?」
お母様は、ご機嫌そうに返事をした。私はなんかあると勘付いた。私が思考を巡らせているあいだにラヴェンティはこちらに来た。
「よく居場所がわかったね」
シエルがわざとらしく聞いた。
「たまたま星が詠めた」
星詠みとは、不定期に視界に星が現れるらしい。その星が出る瞬間は星詠み師でもわからない。ラヴェンティは出てきた星を詠んで私たちの居場所を見つけた。
「さて、馬車に乗ろうか」
「その前に一つよろしいですか?」
その場に一声あげたのはシエルだった。シエルは、手元に綺麗に梱包された箱を私に渡した。
「これは?」
「プレゼントだよ。来週はドーラの誕生日だろ?」
「嬉しいわ、シエル。開けてもいい?」
「もちろん」
箱を丁寧に開けると、そこには先ほど宝石店のショーケースの中にあったネックレスが入っていた。そのネックレスは、夕日にあたってキラキラと輝いていた。「綺麗…」と本音がまた出てしまう。私は、シエルの手を握った。
「…シエル、嬉しいわ。ありがとう。ずっと大事にする」
「君のその笑顔が見られて、僕は嬉しいよ」
「本当にありがとう。シエル。何度も伝えても、伝えきれない。シエル、大好きよ」
そんな私達を、ラヴェンティは切なそうに見つめる。それに気づいた私は、「どうしたの?」とい聞いたが、なんでもないと一蹴された。私はラヴェンティが抱いた思いをつゆ知らずに、シエルがくれたネックレスを見つめ、
「シエル、嬉しい」
私はシエルに笑いかけた。
その瞬間、堰を切ったようにラヴェンティが声をあげた。
「馬車がついたようなので、俺はここで失礼します」
「ラヴィ、今日はありがとう」
「………」
ラヴィは私の言葉には返事もせず背を向けた、両親に挨拶をして、早足で帰っていく。そんな姿に私は一抹の不安を覚えた。