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双翼メンタル

作者: 古帰 望

 今日の気分は今の天気の如くウッキウッキだ。いつもの母に買ってきてもらった服ではなく、独自に調べた良い感じのファッションだ。これがオシャレかどうかは個人の感想である。大丈夫だな、うん。


「ふわぁあ……、眠い」


 ベンチに座ったのは失敗だった。昨日は遠足前の小学生のように眠れなかった。さらに、朝の気持ちいい気候に、眠気を誘う風も吹いている。眠ってはいけないと思っていても、睡眠の誘惑に負けそうになってしまう。

耳元が爆発した。


「んがっ!?」


 突発的な事態に驚いて顔を上げると、耳元に合わさった手とジト目が見えた。どうやら、耳元で手を叩いて俺を起こしたようだ。もう少し起こし方あっただろ、このアホ毛め、などとアホなことを考えて抗議の視線を送る。


「あんた、失礼なこと考えてない?」


 目の前の少女にジロリと睨まれた。少女はいつもとは違ってコンタクトをし、薄く化粧をしたりと綺麗な格好をしている。アホ毛は直らなかったようだ。


「考えてねえよ、何をチャームポイントとするかは人それぞれだと思ってただけだ」

「あっそ、またどうでもいいこと考えてたのね」


 口では何となさそうに言っているが、視線の冷ややかさが鋭くなった。

 バレテーラ。


「それよりも、1時間も待たせたんだから、言うことあるじゃねーの?」

「脳内中傷でチャラよ」

「やっぱりバレテーラ。思考の自由をくれ」

「冗談よ。悪かったわね。あと、失礼なこと考えてたのね。朝ごはん一緒に食べなさい、それで水に流す」

「へいへい、らじゃ」


 名前は比嘉(ひが)理乃(りの)。俺、l翼谷(よくや)(れん)の幼馴染みで生涯の相方である。

 愛が重い?

 惚気るな?


「お前も脳内盗聴してんじゃねえか」

「貴方と相方(わたし)だから良いのよ」


 なんかうれしい言葉が隠れていた気がする。握っていた理乃の手が暖かくなった。ただ歩いているだけなのに心がポカポカしていく。今日は、一緒に歩いているだけでもいいかも。

 理乃の足が止まった。


「着いたけど込んでいるみたいね、名前書いてくる」


 目をチラッとこちらに向けてから店に入っていた。少し待ってろって事らしい。

 テラス席もあるようで、鬱陶しくならない緑のカーテンが今日の天気も合わさって良い雰囲気を出している。 


「あんたの名前で書いといたわよ」

「へ?」


 戻ってくると、満足げにそう言ってきた。順番待ちの用紙に俺の名前を書いたらしい。


「自分の名前書いとけよ」

「だって、わたしの名前よりあんたの名前のが書きやすいじゃない」


 これはいつものことだ。一緒に出かけて名前を書く必要があると、理乃は俺の名前を使う。比嘉って名字が書きづらいらしい。俺のも書きづらい気がするのだけど。

 込んでいたが、調度入れ替わりのタイミングだったようで、待ち時間はあまりなかった。俺はトーストとサラダと目玉焼きのセット、静乃はクロワッサンとサラダとスープのセットを注文した。


「トーストがうまいな」

「そうでしょ。パンが美味しいって評判なんだって、クラスの子が言ってた」


 外はサクサク、中はもっちり、これぞトーストって感じでうまい。クロワッサンはどうなのだろう、と視線をクロワッサンに向けていると。

「えいっ」

「あぐっ」

 クロワッサンを口に突っ込まれた。サクサクして、バターがふわっと香ってうまい。静乃が満足げに微笑んでいる。クロワッサンの余韻に浸りながら、お返しにトーストを口元に差し出す。静乃は一瞬止まるも、パクっとトーストを一口かじると、残りも持っていった。

「トーストも美味しいわね」

「クロワッサンも美味しかったぞ」

 そんなやりとりをしながら、時間は過ぎていく。

「そろそろ移動しましょ」

「そうだな、近くのショッピングセンターに行こうか」

 喫茶店から出てショッピングセンターに向かう。このショッピングセンターには映画館や本屋など、遊ぶには良い場所だ。それに、ショッピングセンターの近くの海岸で花火大会があるのだ。それまで映画でも見ようかと考えてる。

「何観るか?」

「アレがいいわ」

 理乃が指したのはテレビやネットニュースでよく見る流行りの映画だ。俺も気になっていたので調度いい。少し中心から後ろの席のチケットを購入する。このあたりが見やすくて好きだ。

「ポップコーンは?」

「いつもので」

 チケットを理乃に渡して、ポップコーンとオレンジジュースを買ってくる。席に着くと人がいっぱいだった。

「流行りだから、人多いな」

「そうね。ジュース頂戴」

 ポップコーンを二人で取りやすい位置に持つ。理乃はポップコーンに手を伸ばしてきたのでジュースを貰って一口飲む。映画が始まる前とか妙に喉が渇くから困る。

 映画は流行ってるだけあって面白かった。ファンタジーの混じったラブストーリーで、心を読むことができるカップルが、成長と共に心を読めなくなって、相手に疑心を持ったり、自身の愛は無くなっているのではと悩みながら、最後には互いの愛が信じられず、別れるというバッドエンドにたどり着く物語だった。

 その物語は俺達に似ている。俺は理乃のことがなんとなくわかる。理乃なしでは生きていけない程に必要としている。理乃の前では、僕は、“俺”でいられる。けれど、理乃はどうなんだろう。




 映画も終わり、時間も調度良いので花火大会のやる海岸に向かう。理乃の手を握る力が強くなった。屋台も見えてきて人も多くなってきたからはぐれそうになったみたいだ。握り返そうと力を入れると急に手の暖かさが消えた。

「理乃?」

 理乃の方を見ると居なくなっていた。急いで周囲を見渡すが見当たらない。しかも人ごみに押されて前に進まさせられていく。

 人ごみを抜けてスマホで電話を掛ける。コ―ル音が鳴る毎に心臓の音が大きくなっていく。

 先ほど見た映画がフラッシュバックする。この別れが僕達の関係を終わらせる、そんな予感までし始める。

 留守電の音声が流れ始めたタイミングで電話は諦めて、はぐれた場所に戻ることにする。だが、人が多くて戻れそうにない。

「理乃」

 声が震える。朝のような幸福感が消えて、心に冷たい泥が溜まっていくように感じる。俺という仮面が取れて、弱い僕が曝け出される。花火大会の会場を巡って理乃を探す。花火が上がるたびに歓声が上がるが、それよりも心臓の音がうるさい。心は冷えていくのに体は熱くなっていく。

 気が着くと花火の音が聞こえなくなっていた。会場中を動き回ったから、額の汗が次から次に吹き出てくる。帰るために駅に向かう人がすれ違って行く。

 あの時しっかり握り返しておけば、もっときちんと見ていれば。そんなことばかりが脳を反響している。反響する度に熱かった体が急速に冷えていく。手の冷たさが強くなり凍えているかのように震え始める。

 この失敗が理乃を失望させないか。僕のことを見放してしまうのではないか。嫌な想像がぐるぐる回る。

 手が暖かさを求めて開いたり閉じたりを繰り返す。空を切る手が寂しさを強くしていく。

「寒い」

「暖かいでしょ」

 聞きなれた声が脳の反響を吹き飛ばす。

「探したわよ」

 握られた手から安心が流れていく。凍りついた心は包み込まれるように溶かされ、暖かい涙がこぼれる。

「あんた、私がいないと泣き虫ね」

「うっさいぞ。目がしょぼしょぼしただけだ」

 理乃が目を合わせてくる。理乃の目元も赤く腫れている。泣き虫なのはお互い様だった。目を合わせると軽く頷き、帰り道に向かって引っ張って行く。“僕”は“俺”になっていく。

 手を握る力は優しく、歩みは自然と互いに合わせている。

「カレー食べたい」

「えっ……ああ」

 急に言われて間抜けな返事をしてしまう。もう一度視線を向けてくる。

 これでチャラね。

 そんな風に言っているようだ。今度は離さないように手を握る力を少し強める。

 ありがとう。

 その気持ちが伝わるように握る手に想いを込める。理乃が握った手を振り始める。気持ちが伝わったようだ。肩越しに見えた顔は笑っていた。俺の顔にも笑みが浮かんでいるだろう。

 理乃がいる。

 俺と理乃は双翼だ。片方だけでは飛べない。だけど、両方揃えばどこまでも飛んでいける。


 




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