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趣味に全力投球したら暴投したようです 後

 自分の魔力の高さと、ツェントルムの竜と交わったという血筋に宿る叡智とやらに戦慄を覚えつつ、とりあえずこれでは物になるものもならない。

 属性を変えて魔法を使用し、どれもこれも規格外の出来にもうどうにでもなれと言う投げやりな気分にさせる。

 いまさらながらにゲームの『アーデルハイト』も現実のエルンストと同じく規格外の魔法力と剣技を身につけていたことを思い出す。

 剣技についてはインドア派を通り越して引きこもりが幸せな自分が積極的に身につけられるとは思わない。

 体のスペックは悪くないはずなので、そのうちに護身術程度で覚えられたら御の字だ。

 とかく。そんな制御の効かないチートじみた能力は扱いづらい。

 どうにか最小化するすべはないかと考えついたのは、魔法を行使する際に浮かび上がる魔法陣。

 あれを紙などに最低限のものだけ書き起こして魔力を流せばどうなるのか?、という疑問だった。

 すぐさま試してみようと、とりあえずは演習場の地面に描くことにした。

 フリーハンドで丸を描くのは難しいが、コンパスのようなものを作れば問題なく書けるだろう。

 ユルゲンに地面に文字を書きたい旨と棒を二本、それと縛り紐の話をすると怪訝そうにではあったが演習場に備えてある倉庫から持ってきてくれた。

 棒二本の先端を交差させて、ずれないように紐でくくる。

 土の地面であれば棒だけで事が済むので、魔法で荒らした場所を見ないふりをしつつも無事な地面に棒の片方を中心点として突き刺し、もう片方だけをぐるりと一周させるように円を書く。


「……とても綺麗に円が描けるのですね」

「……? このような道具はないのですか?」

「いえ、俺……失礼。私が知らないだけかもしれませんが」

「公でないので構いません。……うーん、意外です」


 書いているものを興味深げにユルゲンがまじまじと見つめていた。

 どちらかと言うとローザリンデが円を書いた道具のほうにであるだろうが。

 大がかりな建造物があるのに、そうした単純な記号を描く道具はないのだろうか。

 頭の片隅にそれらを置きつつも、前世で使っていた便利な筆記具も探しておくことをここに決めた。

 小さな円の中に水を表す記号を入れて、使っていた道具を脇に避けてしゃがみこむ。

 姫としてはやってはいけないことだろうが、魔力の注ぎ方がいまいち定かでないのだ。

 火や雷を表すものでは安全性に欠けるし、風ではわかりづらい。

 水であれば地面が濡れるだろうし、わかりやすさの目安にはなる。

 まずはと指先で円をなぞり、最後に水の記号に触れる。

 その時点では何も起きないことを確認し、再度、今度は魔力を意識して同じように小さな陣をなぞりはじめる。

 言葉による補助がないからか。

 円の書き順に沿って白い光が追従し、水の記号に触れた瞬間、淡い水色が記号から弾けるように魔法陣へと侵食し。

 意識の間隙を突くような光が点り、そこを中心として子供の拳大の水球が姿を現した。


「! できました!」

「これは……」


 魔法陣から手をどけても問題なく水球は保持されている。

 試しに中空に指を走らせると、その軌道を真似するように水球が追従する。

 問題なく制御できることにうれしさを覚えながらも、水球を静かに地面へと近づけて魔力の放出を止める。

 魔力が切れた途端に水球は形を保てなくなり、そのまま地面を濡らして姿を消した。

 思いつきがうまくいったことにわくわくとした好奇心と、他にできることを増やしたくて周りのことが頭から吹き飛ぶ。


(魔力を流すまではただの図形に過ぎない。なら、どうすれば魔力を遠隔から魔法陣へつぎ込める……?)


 インターネットなら有線と無線がある。

 魔力を電気信号のように扱えるように、図形を壊さない形で延伸させる。


 ……成功。


 もっと距離を置いてみる。

 これも問題ない。

 十メートルを超えて二十くらいになると少し起動が遅い。

 でもこれも想定通り。長さと伝達時間は比例する。

 次は直線ではなく曲線、直角、ヘアピンみたいなS字のカーブ。

 繋がっているのであれば問題なく魔法は起動できる。


 ならば無線。


 信号を受け取るための機構が必要。

 それをやはり崩さないように陣へと書き加える。

 距離を置いて発動させる。

 無線も問題ない。少しずつ距離を置く。

 これも問題はないが、有線よりも威力は弱い。

 魔力が拡散するためだろう。

 有線と無線、どちらの機能ももった魔法陣。……これも成功。

 無線の機能だけにして、無線のアクセスポイントを有線で投げる。

 中継地点を増やす。

 全部できる。


 あとは、土ではないところ。

 火の魔法で作ったコンクリートみたいなところで良いだろう。

 書くことはできないが、魔力でそのまま書いてしまえばいい。

 なぞらなくても魔法は書ける。


(やりたいことができてる! 手順と基準の確立。あとはこれが、わたし以外にできれば――)


 まったく違う属性同士を同時に起動。

 問題なく並列でできる。

 二元素から四元素、四元素から二要素の六属性。

 それぞれすべて同時に起動できている。


 けれども、反応に違いが出る。

 違和感を覚えて、水の属性を意識して魔力を流せば、六属性の内、水が強く出て、それ以外は反応が弱い。

 他の属性も試せば同じ。

 念のためすべてを確認して試験結果を頭に叩き込む。

 エビデンスが取れれば実践あるのみ!


「……ユルゲン」

「あ、……はい、姫殿下。申し訳ございません」

「ユルゲン……? なにか……?」

「少々……どころではないですね、驚いてしまって」


 実験の手伝いをしてもらおうとユルゲンを呼べば、僅かに返答が遅れる。

 そのことに疑問を口にすれば、思いもよらない――けれども、納得のセリフが返ってきて瞬く。

 そろり、と周囲を確認して思わず青ざめてしまったのは仕方ないだろう。

 探求心の赴くままに暴走した結果。

 演習場の一角は最初の面影もなくローザリンデの実験結果が刻まれてしまったのだ。


「……やりすぎ、ですね……」

「いえ。大変画期的な試みでした。魔法をこのように解体して使用する者は恐れ多くていないでしょうし」

「特権ですものね……」


 叡智と言えば聞こえは良いが、研鑽を怠れば廃れるだけのように思えるのだが。

 長命種という気の緩みでも起きて研究しないのだろうか。


「あの……ユルゲン、あなたにもこれと同じようなことをして見てほしいのです」

「御意に。他に何かございますか?」

「書くものを。後は、ここを掃除したほうが良いですよね……?」

「……そうですね。手配いたします」


 流石にこの惨状から何をしていたのか概要を掴むことは難しいだろうが、見るものが見ればわかってしまう。

 紙に残すのもあまりよくないが、金庫かなにかに入れればまだ安心はできる。

 この技術は好奇心で生み出すにはちょっとやりすぎてしまったかもしれない。


 ……恐らく、ちょっと。

 少し。


 ユルゲンも同意するように、神妙さをもって頷いたのでそうなのだろう。

 趣味に入れ込むのもほどほどにしたいのだが。

 有用性がありすぎるのだから仕方がない。それに、魔法を自在に使えることは護身にもなるはず!

 それにだ、と、ローザリンデは思う。

 趣味の一つも持たなくては人生は豊かになんてならないだろう、と。

 これはルート開拓の一端。

 お兄様にも還元できるようにしておけば大丈夫。なんて。


 自分の成したことがどんな影響を与えるのか。

 この時のローザリンデにはさっぱり思い至らなかった。

 けれども思い至っていたとしても。

 便利になるならやってしまえ。

 後にするより今苦労した方が後が楽だし。


 なんてことを思ってやり通す未来しかなかったのだった。



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