趣味に全力投球したら暴投したようです 前
前世の自分のことを思い浮かべる。
死因の強烈さでか、薄情なことに自分の名前どころか家族や友人の名前ですらあやふやになってしまった今であるのだが。
消えずに残ったものは結構ある。
その内の一つが、自分が社会人で技術職、プログラマーとシステムエンジニアを兼任していたことだ。
要は、趣味であるモノづくりで色々やっていた結果。
作ったものを誰かに使ってもらうとか、そういうことが好きで突き進んだ道である。
システムエンジニアは割となんでも屋扱いされがちだ。
まあ、「手段がなくても作れるよね?」とかいうクライアントとか上司のごり押しを、打ち返したり挫折したり拒否できなかったりを繰り返しやってきたのと、その過程でやれてしまう実力を身に着けてしまったので、何かと頼りにされていたのはわかる。
やってこれた一番の原因と言うか、趣味嗜好の領域になってしまうのだが。
今、ここに無いものをあるものにしてみたい。
それをできる手段があるのならばやってみたくなるのが、プログラマーなのではなかろうか。
……異議は認めます。
とかく。
三つ子の魂百まで、なんてよく言ったものだ。
前世を思い出してしまったローザリンデの魂に刻まれてしまったらしい、三十路女の魂は好奇心を発揮するものを見出してしまった。
――極致の魔法を発動してみたい、である。
エルンストが見せてくれた魔法の魅力に取りつかれてしまったローザリンデは、目が覚めてから情報収集を重ねつつ、護衛の観点からほとんど自室にこもり切りだったことを良いことに、城内にある魔導書を読み漁っていた。
そのことを不憫に思ったのか、望みを聞かれたため魔法を勉強したいとエルンストへと願ったのだ。
「こちらが殿下に指定された場所になります」
「ありがとう。……ここまでご用意いただけるなんて」
その結果、魔法のド素人に与えるには不相応な状態になっていることに、ユルゲンの先導のままにたどり着いた離宮を前にして後悔の二文字がローザリンデに過るようだった。
クリスタルパレスと名高い白亜と水晶の城、ヴェルトラオム。
宇宙の意味を持つ城にふさわしく、負けず劣らず華やかな造りに内心滝のような汗が流れ落ちている。
ちらりと隣のユルゲンを見やっても、慣れているのか驚いた様子は今のところ見受けられない。
(子供の、いくら婚約者で、唯一と行ってもいい数少ない血縁のおねだりだからって、これは与えすぎでは……?)
疑問に思うも、ツェントルムの気質を思えば珍しいことではない。
思い返しても、ゲームのエルンストも敵対しているにも関わらず、湯水のように『アーデルハイト』へと貢いでいた。
離宮の一つや二つどころか、『アーデルハイト』のためならどんなに報われなくとも富と権力を振るって、ぺんぺん草も生えない不毛な極貧の村々を、近辺地域一帯すら巻き込み最先端の近代都市へと多段進化させるレベルに甘い。
オタクが推しに貢ぐのと変わらないと思えば、行きすぎた過保護と金銭の注がれようは許容できるかも……しれない。
たぶん、きっと。
ソウダトイイナー。
(それも文句を言わせないように、採算が取れるどころか最低でもドル箱進化させる念の入れようだったはず……)
突き返すには礼儀に反しているし、これもおそらくローザリンデが使わなくなれば別のものに使用はできるのだろう。
エルンストに限って国家沈没になるような身銭の切り方にはならないはず。
なんて。
打算的な考えではあるのだが、濁流のように押し流してくる好奇心は今か今かとぴょんぴょん飛び跳ねてどこかに激突するような勢いで罪悪感は半ば流されている。
現実逃避とも言えるような「まあいいか」でなかったことにし、一通り用意された離宮を見て回る。
普段、ローザリンデが住まう東宮にもある施設は一通り。
こちらでもパーティーが開けそうな庭園とは別に、資料の保管庫、研究室、兵士の訓練用になりそうな開けた場所。
あげればきりがなさそうだが、ローザリンデの頼みから急遽用意して貰ったにしては豪華すぎる。
何か還元できそうなものにでもなれば罪悪感も薄れそうだと折り合いをつけて、ひとまずはエルンストから許可された魔導書を使用しての魔法訓練でもしようと、訓練場でユルゲンに手ほどきを受けることになった。
「では姫殿下。基本的なことから。魔法とは?」
「……血の記憶、それとも学問、でしょうか」
城にある本を時間が許す限り見て出した結論に、ユルゲンが薄く笑う。
口に出さずとも正解を言い当てたことがその表情で分かった。
もう少し掘り下げると魔法は貴族たちの権力の証、とでも言うのだが。
皇族の自分がそれを口にするには憚れる。
実際に、魔法を扱えるのは上位貴族たちが圧倒的に多く、上に行けば行くほど魔力保有量が劇的に増加していく。
また、その血筋に特有の魔法が先天的に備わっている。
ゆえに血筋を守るために近親婚を繰り返す一族は少なくなく、筆頭をあげるのであればツェントルム皇族になるだろう。
血が近いほど遺伝子情報に支障をきたしそうではあるのだが、なぜかそういったものはあまり聞かない。
多少性格にゆがみができているくらいらしい。確証が持てないので謎は謎であるのだが。
「四元素……火、風、水、土の四つに光と闇。これが人が扱えるとされる属性ですね」
「そうです、姫殿下。魔法を行使する者の魔力によって属性は決まり、魔力を変換して万物の書き換えを行うことこそが魔法と呼ばれます」
「はい。そして、魔力の高さが発動難度の高い魔法を行使することできる、でしたか」
「よく予習なされていますね……では、実習と行きましょう」
教科書代わりにしていた魔導書をユルゲンに手渡すと、ユルゲンはその中から火に属する魔法の行使を決めたようだ。
確かに、目に見えてわかりやすい事象のほうが納得しやすいだろう。
血に宿る魔法は基礎を積み上げることなく発動できはするが、皇族の血を色濃く引いているものが初めから行使する魔法とするには憚られるほどの威力を呼ぶ。
慣れないうちは魔力を枯渇させるレベルで余分な量まで使用してしまうので、下積みの訓練は必須だ。
基礎なくしてできてしまうのは、そう言った面から見てもよろしくない。
「火よ燃えろ」
ユルゲンの言葉に呼応するかのように、中空に円が走り抜け、幾つかの単純な記号が赤い光を伴い弾け飛ぶ。
瞬間、目を焼くような光と共に炎が燃え上がり、ぱちぱちと爆ぜながらあっという間に消えてしまった。
何もないところに事象を作り出す。
その魔法を呼び出す力持つ名前がドイツ語ではないことに、そう言えばゲーム上もそうだったかと思い出した。
英語っぽいほうがプログラマー的にわかりやすくて良い。
「円に、火を表す記号……でしたか」
「ええ。魔力を円環に閉じ、火としての性質を与えて放つのです。いずれ姫殿下も詠唱なく魔法を操ることはできるかと存じます」
「ありがとう。そうできるよう、努力します」
ユルゲンと場所を変わり、魔導書の一節を脳裏に浮かべる。
曰く、初めて魔法を紡ぐのであれば、声に魔力を乗せて力ある言葉を口にせよ。
曰く、血には知識が宿っており、その血が高貴であれば言葉が魔力を纏う。
曰く、その魔力は目に見える形で己が前に現れる。
「――火よ、我が為に燃えろ」
赤き円環が幾つもの軌跡を辿る。ユルゲンが見せたものでもバスケットボールやサッカーボールのような大きさがあったはずだ。
だが、ローザリンデが呼び出した円環は遥かに大きく、成人男性ひとりを直径としてもまだ大きい。
火を表す記号が時計の針のように巡り出し、万華鏡のように不可思議な紋様を描いていく。
やがて全てが書き切られた瞬間、ガラスが割れるような音と共に赤い光は白く、透明度の高い青色の炎が辺りを文字通りに焼き払っていた。
「……流石は、ツェントルム家……ということでしょうね。お見事です、ローザリンデ様」
「……いえ……自分でも驚いています……」
呆然と、目の前の光景を眺める。
それこそここが演習場のような場所で良かったと言うべきか。
完全燃焼されたローザリンデの炎は高温が過ぎて地面すらも焼き溶かしてしまったようで、整地されていた土の地面がコンクリートで出来た地面に早変わりしている。
どうやら今世の自分は人間火炎放射器か何かにでもなってしまったらしい。
「エルンスト様も昔はこうだったそうなので、いずれ制御できるようになるかと」
「……真っ先にお教えいただけると、嬉しいです」
「御意に」
よほどローザリンデが不貞腐れた顔をしてしまったのか。
笑いを堪えるような声音でユルゲンが言う。
……絶対に、早々に。
制御しきらないと色々面倒そうだ。
かつての従者を眺めながら心のやることリストに記載しつつ、想像よりもずっと。
乾いた笑いしかでない規格外の力に我ながら溜息をつかざるを得なかった。