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悪役令嬢とトラベル・トラブル・ツアー (3)

 ――彼を目にしたとき。間違いなく、何かの箍が外れた。


 好きなキャラが目の前にいる。それも、幼年期の頃の姿で。

 その衝撃に脳内ブレーカーが急に落ちたりして復旧の人員が足りてない。


 だって! 推しが! そこにいる!!!


 混乱を極めた脳内は推しの尊さに勝手にフィーバータイムに突入している。なんならセブンスロットがそろって確変し、無敵状態になっているレベルで。

 二次元がフィギアになったり3Dモデルになって自分で動かすのも最高にハイって感じがするが、推しが推しとしてそのまま動いている状態に興奮しないわけがない。

 限られた舞台の上。夢のチケット争奪戦を勝ち抜いた時にしか会えない推しを客席で見ているのとはわけが違う。

 演者でもないのにその姿を間近で見られるのは、客席に降りてきてくれたときぐらいだろう。

 応援団扇作って推しにファンサされたい人生だった……。


 だって推しですよ。それも公式にある少年期の姿が目の前にあったら錯乱だってする。

 普段のお兄様に耐性がついていたのはひとえに、幼いころからエルンストの傍で育ったからに他ならない。

 年上キャラの幼少期とか公式わかっていらっしゃる……。

 さすが推し、顔がいいとかいうレベルを軽々超えて、もはや神が作り出した創造物ってこういうことをいうのだ。

 美形特有のキラキラ現象を生じさせるとかいう噂の、イケメンパウダーがあたりに散らされているのは間違いない――。


「おにいさま……」


 脳内大混線でエマージェンシーが発令されている状態の意識が、呆然と、ここでは呼んではいけない単語で彼を呼んでいた。

 その音にはっと気が付くも遅く、エルンストが怪訝そうに瞬いた。

 この頃のお兄様はローザリンデが知るよりもずっと、感情を隠せていなような気がする。この時点でも十分にハイスペックであったとは聞き及んでいるが、やはり推しの幼少期とか最高では?

 これから成長されてあの陛下(・・・・)になると考えれば、今この完成されていない状態を見られることが幸運といわずなんという――。

 幾度目かのブレーカー強制落ちレベルの処理しきれない興奮は、その彼が自分の婚約者で、婚期が早まったとかいう地雷を容赦なく踏み抜かせ、その衝撃の重さに血の気を引かせてフリーズさせた。

 ガチ恋勢じゃなくて見守り姑勢として推しと結婚とか正気の沙汰で決断できるならしてみろと言いたい。

 けれども結婚しないと死ぬとかいうわけのわからない詰み状態から脱せられるならと、藁をつかむ心地の決意を崩せないと思ったのは本心からだ。

 心底納得させられることではないけれど、推しの幸せがそこにしかないのは前世の記憶でわかっていること。

 その前世の記憶があるから、ローザリンデ(いまのわたし)は問題なくても前世の記憶(まえのわたし)のせいで素直に彼が好きだと認められないのだが。


「……そなたたちは……いや。それよりも、こちらへ来なさい。決して声は出さないように」


 ローザリンデとヴィルヘルミーネとを交互に見やり、エルンストが言いかけるも、何かに気が付いたようで手早く二人を誘導して隠れさせた。

 何が、と問う前に、エルンストの指先がそっとローザリンデの口にふれて、「静かに」とささやきを落として離れた。

 あまりの手慣れたしぐさとスマートなやり口に、ローザリンデが知るお兄様とは違う扱いに顔が急に熱くなる。

 推しにファンサされたとかじゃなくて推しに女の子扱いされるとか、ガチ恋勢じゃなくても恋するわこんなの……。

 ここまでスマートならきっと他の女の子とかにもしちゃって、さぞかしおモテになるのでしょう――考えて、形容しがたい苦みを覚えてエルンストから視線を外す。

 同担拒否勢ではないはずなのだが。なぜだか上手く、考えられなかった。


「――エーカーくん!」

「早かったな、アウグスト」

「もー……。なんだって見つけづらいところに来るかな?」

「東宮なら滅多なことで人が来ない」


 ローザリンデたちが隠れて幾ばくもしないうちに現れた人に、ローザリンデよりもヴィルヘルミーネの同様のほうが酷かった。

 どちらとともなく繋いでいた手に爪が立てられて、痛みに思わずヴィルヘルミーネを窺ってしまったくらいには。

 真っ青に表情を変えている理由には心当たりがある。ヴィルヘルミーネがノルデンベルク公に対して気持ちを抑えられなくなった原因の一つが、エルンストにあるからだ。


(流石おにいさま……。まあでも確かに、殿方同士でも入れ込みようの激しさを目の当たりにしてしまったら、ヴィルヘルミーネ様も誤解します)


 ツェントルムの血がそうさせるのは理解している。容姿にはあまり出ていないが、ノルデンベルク公の性格はツェントルムによく出る気質に似ていた。

 臣下であることを心底受け入れてしまったために、皇族としての在り方とはまた違うものに変質してはいるが。

 一度入れ込んだものにツェントルムの血は執着を見せる。ノルデンベルク公の場合はそこにエルンストが入ってしまったために、ヴィルヘルミーネから見たら心変わりしてしまったかのように映った。

 それこそが彼女、ヴィルヘルミーネを悪役令嬢という役割に至らせてしまった原因。

 身内以外には笑みを見せてもそれは対人関係を円滑にさせるための方便のようなもの。そうと知っていたがゆえに、ノルデンベルク公がエルンストに向ける感情の意図をヴィルヘルミーネはつかみ損ねてしまったのだろう。

 そんな状態でノルデンベルク公はこの時期、よく皇都に足繁く通ってヴィルヘルミーネを北の領地に殆ど軟禁に近い状態にさせていた、とゲーム上の歴史ではそうだったと記憶している。

 婚約者を置いてでも皇都に行く。北の地が人間たちに襲われ、皇族と少しでも懇意にしておく必要があったにせよ。

 皇都から戻ってきたノルデンベルク公の楽しげな様子に、ヴィルヘルミーネにも流れるツェントルムの血が暴走を引き起こしたのは必然であったに違いない。


「……とにかくさ。エーカーくん、考えてくれた?」

「アウグスト……その話は」

「ヴィルヘルミーネを、君の婚約者にしてほしい」


 何でもないことのように、ノルデンベルク公から言葉が放たれる。

 青天の霹靂。それがよく似合うような、ローザリンデにとっても看過しがたい提案がノルデンベルク公によってもたらされていた。




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