悪役令嬢とトラベル・トラブル・ツアー (2)
彼女、ヴィルヘルミーネとの邂逅が唐突であれば、その後の出来事も同じく唐突だった。
映画を見ているような切り替わりの早さだ。展開に次ぐ展開とか、ジェットコースター並みの翻弄されっぷりは勘弁して欲しい。
初めに思ったのはそんなことだったろう。視界を焼く、だなんて言葉ではなまぬるい強烈さがローザリンデとヴィルヘルミーネの二人を襲った。
悲鳴はどちらが出したものであっただろう。おそらくはどちらも、という話になるのかもしれない。
光の終息はやはり唐突で、空中から投げ出されるように二人は地面に崩れ落ちていた。
「っ……いったい、なにが……」
「ええ……ご無事ですか、殿下」
「はい。ヴィルヘルミーネ様も、大事ないですか?」
幸いにして二人ともに怪我はなかったようだ。身を起こしながら互いに怪我を確認し、目立った異変がないことにほっとする。
「あの光は……」
言いながら辺りを見渡す。そこで漸く、ローザリンデは奇妙な違いを見つけてしまった。
ヴェルトラオムの城内は魔法で生み出された古代からの結界のために、季節の移り変わりがある程度緩やかで、真夏日は夏日くらいに緩み、冬は霜が降りる程度で雪はあまり降らない効果はある。
それを考慮しても今は冬からまもなく訪れる春を待つ季節であるはず。であるのに、ローザリンデの前にある季節は冬の彩ではなく、春が来たどころか夏にまで過ぎ去ったかのようだった。
冬の花が咲いていた庭はどこへ行ったのか。その問いの答えは朧気ながらに予測がついていた。
ちらり、とヴィルヘルミーネのほうへと視線をやる。まさかこれほど早くにルート分岐のシナリオを踏むとは思ってもみなかった。
いや、冷静に考えればその可能性はあったのだ。単身でノルデンベルク公がローザリンデを見に来たのが第一のフラグ、と言えなくはない。
ノルデンベルク公が動くのは彼が信奉する魔物たちの頂点たる未来の皇帝陛下のためだ。
つまりは、エルンストのためになるかならないか。それを見極めるために、エルンストに近寄った相手に牽制しにくる、という皇都特有のシナリオだったはず。
それからほどなく分岐点となるシナリオに、ヴィルヘルミーネと共に強制的に巻き込まれるのだ。
それこそがローザリンデが危惧していた、魔力の分類をしようとしていた理由。
あのゲームの最大の特徴であり売りになったシステム。ルート分岐という名前の、歴史の編纂による史実を固定化しうる主要手段。
――時渡り、である。
「早く、帰らないと……おにいさまが心配します」
ぽつり、とローザリンデは思わず呟いていた。
長くいればいるほど、歴史は書き変わる。良い方向にのみ変われば良いが、悪い方向に変わることも平等にあるのだ。
「……戻らなくとも、心配などされはしません」
「ヴィルヘルミーネ様……?」
「ただ、殿下は違いましょうから、戻りましょう……印象は違いますが、ここは東宮のようですし……」
翳りを帯びた声音がごく細く言う。それに疑問をぶつける暇もなく、不似合いな穏やかさでヴィルヘルミーネが言う。
「ヴィルヘルミーネ様っ……」
「……どうされましたか、殿下」
そっと腕を引かれてこの場を脱しようとするヴィルヘルミーネに、言葉の真意を確かめるためと、ここを移動すれば起きてしまうだろう編纂を恐れて強い口調で彼女の名前を呼びつけた。
周囲に聞かれたくない意図もあり、ローザリンデの声はかすれていた。けれどもヴィルヘルミーネはそれでローザリンデが何をしたいかわかってくれたようだ。
「……ヴィルヘルミーネ様を心配する方はいらっしゃるはずです。悲観なされないでください」
どう言葉にすればヴィルヘルミーネに伝えられるだろうか。そんな逡巡にわずかばかり間が空いて、ローザリンデができる精一杯で言葉を尽くす。
だが、ありきたりで、普遍的な言葉に変わってしまって、言いたいこと、伝えたいことは少しも実にならない。
「……いいえ。きっと、兄さまはわたくしを心配してはくださらない」
そんなことはない。そう言えるほどに、ローザリンデはヴィルヘルミーネとノルデンベルク公の関係が本当にゲーム通りであるかの確証が持てなかった。
言おうとした言葉を飲み込み、絶句してしまったローザリンデの手を優しく握ってくれるヴィルヘルミーネの。どこか諦めてしまったような、過去に思いを馳せる表情に拒絶されてしまえば、そこから先への展望が見つからなくなってしまう――。
「誰か、そこにいるのか」
重苦しく鎮まってしまった空気を裂くように。誰何を問う声音が放り込まれて、ローザリンデとヴィルヘルミーネは動きを止めてそちらを見やる。
意識の外から殴りつけられたかのような。認識とは違うところでローザリンデは同じ年頃の彼から視線を逸らせなかった。
職人たちが技術の最高峰を揃えて会心の出来で作ったとしても及ばない、それこそ神が作ったと言っても過言ではない美貌に精悍さはそこまで乗っておらず、性別さえもどこか超越している。
緩やかな風に、肩で切り添えられた長めの銀髪が揺れている。普段見慣れている彼のものとは違って短い。
目を逸らそうとしても離すことのできない存在感を放ってやまない。
その美貌に合わせたと言われても信じてしまうような。
双眸に嵌め込まれた皇族の瞳が、彼の正体をこれ以上なく語っていた。
否、ローザリンデが見間違うはずもない。
そこにいたのは、今この時には最も会いたくないひとだ。
ローザリンデの婚約者。未来で兄と慕うひと。
彼はエルンスト=カーティス・フォン・ツェントルム・エーデルヴァルト。
いずれこの国の皇帝となる、今はまだ皇族の一員に過ぎないだろう少年だった。
色々と私事が重なり投稿が遅くなってしまいました……。
続きにつきましても、のんびりお待ち頂ければ幸いです。