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突然ですがバッドエンドのようです。

初投稿になります。

よろしくお願いいたします。

 深々と、音まで吸い込んだかのように雪が落ちてくる。

 樹々の緑でさえも降り積もるもので染められていき、彼方の向こうまでをも白き地平へと変えていく。

 行けども変わらぬはずの景色に、募る焦燥が四肢の末端にまで燃え広がっていくような心地を覚えさせた。

 吐き出す息さえ白く濁っていたが、寒さの中に晒されていたせいか色は薄い。

 それとも、この中をひたすらに走り続けているための息の細さのせいだろうか。

 冷たい空気を取り込んだ喉を通り越して肺までが寒さに痛み、細い呼吸とは裏腹に喘鳴だけがやけに大きく聞こえて仕方がない。


 ――それでも、走ることは止められなかった。


 『彼』に褒められた、月光色の長い髪を気遣うこともできずに振り乱しながら。

 わけもなく、『彼』があのようなことを起こすはずがない。

 そもそもにして『彼』が起こしたことではないかもしれない。人から聞いただけの話。

 そう信じていたし、信じておきたかったのだ。あんなことは性質の悪い夢で、実際に起こったものではなく。

 物語に出てくるような、一節だと。


「おにいさま……っ!」


 声の限りに叫ぶ。

 今やもう、雪の大地はその白さを踏みにじられ、汚泥に汚れて見るも無残な場所で天を仰ぐひとへ向かって。

 はたして、彼は振り返った。

 星明かりに染め抜かれた銀色の髪を濁った赤いまだら模様に塗り替えて。

 夜空に瞬く光を散らばせた青き瞳は遠く、強大なる力を迸らせた残滓である赤きものへと為さしめながら。


 彼の足元に築かれたものらはもう。

 予想どおりに、生きた温度をしていなかった――。




***




「はあぁ、やっぱりすき……お兄様やば過ぎ……そして展開つらすぎぃ……」


 カチカチとコントローラーの決定ボタンを押しながらテレビ画面に映るゲームのストーリーテキストを読み進めて、口から漏れ出る独り言の大きさに思わず辺りを見回してしまう。

 一人暮らしの長い独身女の部屋に誰かいるはずもない。

 隣室に迷惑をかけるほどエキサイトしているわけではないのだが、お隣さんから苦情を貰うのは頂けないのでほどほどにしなければ。

 そんなことを考えつつも、夢中になれるものがあるのは良いことだと一人頷く。

 携わっていた長期のプロジェクトがひと段落し、束の間の休息として溜まっていた有給の消化期間と洒落込み。久方ぶりの纏まった連休の使い道として選んだのは、積み上げていたゲームの消化である。

 個人的には有意義極まりないのだが、世間様から見れば引きこもり状態の不健康な生活だろう。

 最後に外出したのは仕事が終わった日で、引きこもりのために食材やら何やら買い込んだ二日前のことである。

 けれども仕方ないだろうと開き直るくらいには楽しみにしていたゲームタイトルをようやく手をつけているのだ。

 これくらい許されて然るべき。

 そう開き直りつつも、進んでいく回想に見入る。何度見ても良いものは良いと内心で頷いた。


「でも、なんで攻略できないんだろう……最重要キャラが攻略できないとかどんなバグですか……」


 現在進行中のシリーズを思い返す。

 異色ではあるが乙女ゲームと銘打っているにも関わらず、今もって解放される気配のないルートにため息をひとつ。

 それこそ初期作からずっと出ているキャラでありながら今まで、設定などの補足や外伝はありつつ、毎度行われる人気投票では三位以内には必ずはいるのに公式さまは頑なに攻略対象にはしてくれない。

 歴代ヒロインたちだって可愛いの一言だが、『永久凍土の陛下』を雪解けに誘う存在は未だ現れていない。

 いや、設定と外伝から紐解けば彼を救うだろう存在はいた。結ばれるだろう相手も。

 その経緯と救いのなさといえば筆舌に尽くしがたく、悲恋すぎて手のつけようのない重たい過去持ちとかそういう立ち位置にいる陛下を癒したいと言うファンは山ほどいるのだ。

 その人物との決別になる回想シーンを複雑な想いで眺めていれば。急な来客を告げるインターホンが鳴る。

 予定されていないそれに肩がびくつき、何とはなしにテレビのリモコンを掴んで音量を下げていた。

 その過程でもう一度音が鳴り、それがマンションの入り口にあるオートロック前からの物ではなく。

 この部屋の玄関前に備え付けられたものだと確信をもって溜息が落ちた。

 宅急便か何か届く、という予定はない。

 それこそ休みの初日に受け取ったばかりで、気のいい友人たちと遊ぶ予定は来週のはずなのだ。

 ご近所付き合いなんてそれこそ部屋に入る前の廊下で挨拶を交わす程度。町内会とかそういうものもない。

 故郷でもご近所付き合いが苦手だったので、都会のそういったある種の無関心さは有り難い。

 居留守を決め込もうかと一瞬考えたが、何かあったのかもしれない。

 せめてもの抵抗にとテレビの電源を落として立ち上がる。

 流石に寝間着代わりのスウェットだけで人前に出るには女を捨てすぎている。パーカーくらいは着るべきだと手早く袖を通して玄関へと足取り重く向かう。


「いま出ますー!」


 三度目の呼び鈴に流石にそう返事を上げて、インターホンはあるにはあるが修理待ち。

 のぞき穴のないドアを睨みつけつつ玄関のカギをひねって扉を開く。

 差し込む日差しが西日だったためか、やたらと眩しくて思わず瞬きを重ねた。


「どちらさま……」

「……やっと、逢えたね」


 問いかけの途中で聞こえた男の声に顔を上げるも、西日がそのひとの顔も見れないような逆光になって、誰であるのかわからない。

 そもそもにしてそんなことを言われる覚えがまるでない。

 何かの間違えじゃ、と口を開こうとして失敗する。


「え……?」

「でも、これでぼくのものだよ……ミホちゃん」


 何かが押し付けられて、その衝撃に身構える暇もなく体が崩れ落ちる。

 どこか自分のものではないみたいに床に座り込んで、衝撃を感じた胸に視線が行った。

 体に何かが生えている。


 ――違う。刺さって、いた。


 どこにでもありそうな、自分の家の台所にも同じようなもの。

 包丁が胸に深々と刺さっていて、驚く間もなく男の手がそれを引っこ抜く。

 大事な血管を突き破られたのか、勢いよく噴き出す光景に悲鳴も出ない。

 なぜ、だけが頭の中にあった。

 痛くて、熱くて、認識だけがずれたまま急激に体温が冷えていく。

 身体を支えられなくなって頭から床に倒れこみ、生暖かい液体に顔が汚れる。

 けれども、狂ったように笑う男の声が鼓膜を揺する不快感のほうがずっと大きい。

 目も開けられない西日の赤さに目を閉じてやり過ごそうとしたが、そのまま暗く、深く、意識が沈んでいく。


 死んで、しまうのだろうか。


 思うもすでに指先すら動かせない。

 ゲームの電源を切り忘れたな、とか。

 そもそもこのオタク部屋残せないから燃やしてほしい。遺品整理されるの恥ずかしすぎる。

 それにパソコンだけは水没されてはくれないか。

 友人に期待。も、できないだろう。現場検証されるのが目に見えているのだし。


 耳鳴りがする。

 やりたいことがたくさんあった。実家にだってここ暫く帰っていない――。


 とぷん、と。

 それきり意識が途切れた。

 たぶん、きっと。起きることなんてもうできないのだ。


 来世にご期待ください、なんて。安直だろうか。



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