戦いだけが人間の本質ってワケじゃない
ジャレス視点
「担任!」
マノンが、ジャレスのもとへ駆け寄ろうとする。
エステルがマノンの肩を掴み、自分の方へ向き直させた。
「いいから。あんたは戦闘に集中!」
魔物を蹴散らしながら、エステルが生徒たちを鼓舞している。
持ち直したマノンが、無数の魔物たちを切り裂く。
エステルもブロードソードを振り回し、暴れ回る。
ネリーのゴーレムが、魔物の群れを叩き潰す。
大半が、オデットの石つぶてで撃退された。
が、それでも数が減らない。
「こいつ、キリがないわ!」
エステルの魔力も限界だ。彼女の火力だけが頼りだったが。
「どうしましょう! もうネタ切れですよ!」
「こっちもザコ相手で手一杯!」
イヴォンもネリーも、次から次と沸いてくるモンスターを相手に苦戦している。
セラフィマも、父親の治療に専念していた。戦力に数えるわけにはいかない。
オデットが加勢し、ようやく大半の魔物が消滅した。
「手ぇ出すな、オデりん。オレさまはこいつと二人で話がしたい」
頼りのオデットでさえ、ザコの処理に追われて魔神に近づけないでいる。
自分も戦火に加わりたいが、ここは自分が、一番恐ろしい敵を相手にすべきだ。
「元々承知の上です」
「ギャハ! なら話が早え。任せとけよオデりん! 軽く蹴散らしてやっから!」
「ほざいていてください。では担任、活躍を期待します」
オデットは、生徒のサポートに回った。
ジャレスは至近距離から銃撃する。防御の隙すら与えない。
はずだった。ブレトンは剣を移動させただけで、簡単に銃弾を弾いてしまう。
今度はこちらがピンチになった。ナイフ並の速度で、大剣が振り落とされる。
回避のついでに、みぞおちに蹴りを食らわせた。
「ぬぐう!?」
後ろへ大きくのけぞり、ブレトンの大剣を繰り出すタイミングが狂う。
怯んだスキに、ジャレスはブレトンと距離を取った。攻撃を。
「世界の管理者ぶってるから、そうやって格下に蹴りを入れられるんだよ!」
「これでいい。ようやく対等な存在と渡り合える気がする!」
青い炎が、ブレトンの刀身の周りで揺らめいた。炎がカマイタチの刃となって、ジャレスを狙う。自動的に魔法が発動したのだ。
「ちいいいいいい!」
銃で反撃するが、ジャレスの撃った魔法弾は炎の刃によって断ち切られた。
風がジャレスの肌を裂いて、熱が傷口を焼く。
ジャレスは熱と激痛で顔をしかめた。
「鎧が攻撃してくるのか」
ブレトンを包む鎧は、それ単体が意思を持っているらしい。攻撃は防がれ、受け流された。
剣術にまで、気を配る必要があるか。
剣を地面に突き立て、ブレトンは大きく呼吸をした。
相手も苦しんでいる。なにしろ、生体鎧を着ているのだ。それを、無理やり抑え込んでいるのだから。
呪いのアイテムというのは、凶悪なまでの力をくれる。とはいえ、触媒はたいてい装着者の肉体だ。身体に相当な負担を及ぼしていてもおかしくない。
どうにか凌げたとして、ブレトンは自滅するだろう。
だが、そんな決着などジャレスは望んでいなかった。
「フン。無様なり、砂礫公よ」
ブレトンの中にいる魔神が、ジャレスに呼びかける。
ヨロイの胸部分が、変形した。
水面から上がってくるかのように、魔神の顔がヨロイを歪に捻じ曲げて顕現する。
その顔は、先代砂礫公によく似ていた。おそらく、わざとあの姿を撮ったのだろう。ジャレスに精神的ダメージを与えるため。
「んだとぉ?」
「疲弊しては、我が眷属の攻撃にすらヒザをつく。まったく哀れなヤツよ。おとなしく我が支配下に身を置けば、強大な力を得られるというのに」
「うるせえ! オレ様はもうオヤジのことで懲りているんだよ。オレは誰も犠牲にしない魔王になる!」
両サイドから爪を伸ばしてきた魔物を、ジャレスは撃ち倒す。
「人は人によって滅びる」
「オレ様は、そうは思わんがね」
「なんと。人を突き動かす本質は、戦いだ。ヤツらは血を流すことによってしか進化を得られん」
ジャレスが言うと、ブレトンは眉間にシワを寄せた。
「戦いだけが人間の本能ってワケじゃない。オレが証明して見せよう」
ジャレスのタンカを、ブレトンは鼻で笑う。
「フン、貴様が? もっとも人類と親しい魔王は、脆弱な人間に味方するか」
「黙れよ。テメエが見限ったんだろうが。無責任に自分から逃げておいて、勝手に被害者面して絶望してんじゃねえよ!」
「ボクが逃げた、だと?」
優勢だったブレトンの動きが、一瞬止まる。
「そうさ、テメエは世界を捨てた。まだ望みがあった世界さえ、お前は切り捨てたんだ。それが破壊へと繋がった! 壊れていたのは一部の奴らだけだ」
「その者らのせいで、世界は崩壊した」
「だったら、その芽だけ潰せばよかったんだ。どうして街全体を焼かなければならなかった?」
ブレトンは答えない。答えなどないからだ。
「やはり、このままでは無理か」
今度は聖剣を腕に取り込んで、ブレトンは無理やり武器を魔剣へと変質させた。
「どらぁ!」
「ぬううん!」
渾身の銃撃すら、魔剣によって弾き飛ばされる。
離れても、剣から発せられる衝撃波が襲ってきた。
「ちいい!」
魔法障壁を展開して、ジャレスは衝撃波を防ぐ。
だが、勢いまでは殺せない。キリモミして大きく後ろへ飛ばされた。背中を何度も、地面に叩き付けられる。
「くそお」
苛立ちごと、ジャレスは荒く息を吐く。
打つ手がない。
だが、応援を待つわけにはいかなかった。
マノンたちにブレトンの相手をさせるわけには。
「諦めろジャレス・ヘイウッドよ。今にも我の配下がお前の生徒たちを壊滅させるだろう」
またしても不愉快な顔、不愉快な声。
「させるか、このヤロウ!」
ジャレスが『担任砲』を放つ。周辺の魔物を巻き込んで、魔神もろとも貫いた、はずだった。
魔神は、担任砲の弾丸を、片手で受け止めている。
山やダンジョンすら溶かす程の威力なのに。
「担任、パワーが落ちています。ムダ撃ちはほどほどに」
オデットがジャレスを叱り飛ばす。
「けどよお!」
「我々には、まだ力強い援軍がおります」
言葉と共に、オデットが上空を指さした。
無数の星が、夜空にきらめく。いや、あれは星ではない。隕石だ。
「学園には、指一本触れさせぬ!」
空から隕石が降り注ぎ、魔神や周辺のモンスターに殺到した。誰かの呪文である。
放ったのは、ウスターシュだった。
味方を正確に避けて、モンスターだけを灰にしていく。
大雑把なエステルにはできない、器用な攻撃だ。
「グフフ、賢者ウスターシュよ、見事なり。だが、一歩及ばぬようだな」
だが、正面から隕石を受けた魔神は、涼しい顔をしている。
ウスターシュの全体攻撃を持ってしても、モンスターの数を減らすまでには至っていない。
「ちいいいいい! 今一度」
再び、ウスターシュが手をかざす。
「浄焔!」
ウスターシュ版の浄焔が、杖から解き放たれる。
魔神は防ぐ動作すら見せず、まともにウスターシュの魔法を浴びた。
ブレトンの肉体が、またしても黒焦げになる。だが、一瞬で再生した。
「なんという!?」
「ダメ、ヒドラの能力で再生しています!」
ウスターシュが印を結ぼうとするのを、マノンが止める。
「やべえ、ウスターシュ、魔力を温存しろ! 作戦を立て直して、確実に仕留めるぞ!」
さすがのジャレスも、限界を感じていた。
「ここまで追い詰められ、わが魔神の力は、開放せぬか?」
魔神結晶から、魔神の声が響く。
「生徒さえ危険にさらしても、自身のプライドを貫くか?」
「ああ。テメエの力になんて頼らない。オレ様は、自分の力で生徒を正しい方へと導く」
魔神が高笑いをする。
「魔王が人間共の子どもを育てるか。異な事よ、砂礫公。魔王は人を支配してこそ。人間と手を取り合おうなどという考え自体、正気とは思えぬ。人と魔は、相容れぬもの。それは、歴史が証明しておるではないか」
「ハンッ! んだよエラそうに! テメエにとっては、どっちもエサに過ぎねえだろうが!」
ジャレスは、魔神に向けて魔法銃を撃つ。
「自分で両者の関係性をぶち壊し、どっちも美味しくいただこうって魂胆なんざ、オレたちにはミエミエなんだっての! テメエのスキになんざさせねえ! テメエは絶対に滅ぼす!」
「その意気やよし。だが、実力が伴っておればの話だが?」
対する魔神は、手刀だけで衝撃波を放った。赤黒い魔力が刃と化し、担任に斬りかかる。
魔法銃の銃身で、担任は防ぐ。だが、隻腕を守るヨロイに傷が入った。
やはり、自らが魔神の力を開放して……。
「マノン生徒、これを使うの!」
ピエレットが、マノンの元まで飛んでくる。
マノンの手に、二対の指輪を差し出した。
「モニクさんの自信作なの! ここを食い止められるのは、あなたしかいないの!」
ピエレットから渡されたリングを、マノンが指にはめた。
二つの指輪の片方には、浄化した精霊石がはまっている。
だが、もう片方は空っぽだ。
「受け取れ、マノン!」
ジャレスは、自分の精霊石を、マノンに投げて渡した。魔神の力を浄化した、安全な魔力石である。
「そいつを指輪に、はめ込むんだ!」
「でも、精霊石は普通の人間には扱えないんじゃ?」
「今のお前なら、使える!」
復活間近の魔神を倒せるのは、マノンしかいない。
「分かった」
指示通り、マノンは指輪に精霊石をセットする。
「よし、そいつをぶちのめしてやれ!」
「やらせん」
フリアンは、炎の剣を展開する。
炎の衝撃波が放たれた。どういうわけか、ジャレスを避けるように。
ジャレスの脳裏に、イヤな予感がよぎる。
「テメエまさか!」
ジャレスは振り返った。
視線の先には、マノンが。生徒たちがいた。ジャレスを助けようと加勢に来てくれたのだ。
全員が、フリアンからの攻撃に気づく。
「やめろおおおおおおおおお!」
ジャレスは駆け出す。間に合ってくれと願いながら。
マノンを庇うように、ジャレスはその背に衝撃波を受けた。
「担、任?」
マノンを視線が合う。どうやら、間に合ったようだ。
「へ、へへ。ざまあ、ねえ、な……」
「担任!?」
「オレ様に構うな。ヤツを、ぶっ飛ばせ!」
自分の体温が、徐々に失われれいくのがわかる。
それを確認した直後、ジャレスの意識は遠のいた……。




