ヒドラとの死闘!
ネリーのゴーレム魔法によって、トンネルを掘り進む。
土を片っ端からゴーレム化して、壁に変化させていった。そうやって、崩落していないルートを探る。
「思えば、ダンジョン攻略って始めてかも」
ザクザクと広がっていく洞窟を進みながら、エステルがつぶやく。
「教えてなかったからな。手頃なダンジョンも、オレ様がブッ潰しちまったし」
手頃なダンジョンは盗賊団が住み着き、ジャレスが撃退の際に砲撃で破壊してしまった。
討伐依頼のあるダンジョンは、軒並み平穏になった上に、魔族関連の事件も起きている。
これではのんびり訓練どころではない。
「森を経験したマノンが、うらやましいわ」
「そのうち、イヤでも攻略する羽目になるさ」
松明を掲げながら、ジャレスは進めそうな道を探す。
「気をつけろよネリー。思っていたより地盤が緩い。ヘタをするとオレ様たちも下敷きになる」
「センセ、ノームにそれ言う?」
確かに。餅は餅屋か。
実際、ネリーはうまくやれていた。ゴーレムを作りつつ、崩れそうな場所は避けている。
「奥に反応があるよ、センセ」
ネリーの作ったゴーレムが、壁に穴を開けた。
「開けてみろ。裏道に繋がっているかも知れない」
「よっしゃ。どーん」
開いた先が妙に明るい。いや明るすぎる。何かが光っているのだ。
「財宝室だ!」
真っ先に飛び出していったのは、イヴォンだった。金貨を鷲づかみして、真贋を確認する。
「宝は本当にあったんですね!?」
声を押し殺しつつ、イヴォンは喜びを隠せずにいた。
「あー。これが見つかったと言うことは、僕の情報が確かだと証明になったわけで。とはいえ、簡単に見つかってしまったから、冒険者たちにも容易に手に入ってしまうから、僕が働かなくて報酬を得る作戦は白紙になったわけでしてー」
独り言をぶつぶつ言うイヴォンは、放っておく。
「担任、これを」
「ああ。分かってるさ」
オデットとジャレスは、不吉な痕跡を見つけた。
地面の一部が、薄紫色に抉れている。魔神結晶のあった痕跡だ。
それも、ジャレスやオデットが持っているモノより大きい。
どうやら、盗賊団はかつて魔神結晶を発動させようとしたらしい。
それが、この崩落を招いたのだ。
「やべえぞ、こいつぁ」
何者かが、魔神結晶を探していた形跡がある。
多分アーマニタとかいう魔族だ。彼女がそこらじゅうの盗賊を雇い、探させていたのだろう。
「どうりで、盗賊団の逮捕が多かったわけだぜ」
それでも見つからなかった。単純に発見できなかったのか、何かトラブルがあったか。
「担任!」
背後から、エステルの声がした。
だが、その声はさらに大きな鳴き声にかき消される。
エステルの正面にいるのは、モンスターだ。クビが八本あるヘビである。
「ヒドラだ!」
盗賊団がいた頃から、宝の番人をしていたのだろう。
「大物登場だね。任せて!」
ネリーのゴーレムが、ヒドラの前に立って壁になる。
「下手に手を出すんじゃねえ!」
「え? うわ!」
猛烈な勢いで、ヒドラがゴーレムに巻き付いた。
慌てて、ネリーがゴーレムの肩から飛び退く。
ヒドラの拘束力によって、泥でできたゴーレムがたやすくひねり潰される。
「えーどうして?」
「ここの土で作ってるからな。もろいんだ!」
オデットがゴーレムと交代して、ヒドラを防ぐ。
「ネリーさんは、先を急いでください! ここはワタシが止めます!」
磁力を操作して、オデットは指弾をヒドラに打ち込む。
ヒドラのシッポが、ネリーに襲いかかる。
壁を崩してスピードは落ちていたが、勢いは止まらない。
「危ない!」
身を挺してネリーをかばったのは、イヴォンだった。
こういう痛い仕事を、誰よりも嫌がっていた彼が。
「ありがとう。助かったよ! ってイヴォン!」
よく見ると、イヴォンの背中が斜めに切り裂かれていた。
「あっはは。油断しちゃいました」
強がっているが、イヴォンは唇が変色していく。
「あんた、危ないことは嫌いだったんじゃなかったっけ?」
イヴォンを狙ったヒドラの追撃を、ネリーがゴーレムで押さえ込む。
「痛いです。でも、あなたが生きていないと全員死んじゃいますから」
背中の痛みをこらえ、イヴォンが立ち上がった。しかし、すぐにヒザを崩す。
救出に向かいたいが、ヒドラの頭が攻撃を続けている。
ジャレスは攻撃をさばくことに手一杯で、イヴォンの元へ行けない。
「よくもイヴォンを!」
エステルがランチャーを構え、セラフィマが鉄の扇を羽ばたかせた。
セラフィマとエステルが、同時に攻撃をしようとする。
「セイクリ……」
「よせ二人とも! お前らの攻撃じゃ、このダンジョンも潰しちまう!」
二人の思考は分かった。エステルの炎を、セラフィマの風で巻き上げる算段だろう。
再生力の高いヒドラを倒すには、高い攻撃力を要求されるから。
そこまでは正解だ。
しかし、この狭い空間でそんな大技を繰り出せば、ダンジョンごと吹き飛ぶ。
たしかに、ヒドラどころか盗賊たちさえ巻き込めるはず。とはいえ、捕まっているマノンさえ、巻き添えになってしまう。
「血が止まらない! このままじゃイヴォンが死んじゃうよ!」
イヴォンの背中から流れる血を押さえ、ネリーが悲痛な叫び声を上げる。
「ご無理をなさらず」
オデットが、イヴォンの背中に手を当てた。
致命傷を受けていたイヴォンが、みるみる回復していく。
「痛みが一瞬で引きました! 何をしたんですか? 副担任は、回復系のジョブじゃないですよね?」
「ワタシの力をほんの少しですが分けて差し上げました。これで傷は癒えたかと」
イヴォンに興味をなくしたかのように、オデットは指弾をヒドラに浴びせ続ける。
「ありがとうございます! でも、大丈夫なんですか? 戦闘能力に支障が出るのでは」
「あなたを治療した程度で衰えるほど、ヤワではありません」
オデットの発言には、少しの強がりもない。
「それよりもリードさん、これを」
「おうさ。そらっ!」
リードがオデットに指示され、イヴォンに手製の布を被せる。
イヴォンたちの姿が見えなくなった。
「こいつは俺たちが見ておく。担任! 急いで上に上がるぜ!」
「頼む。ネリー、先へ進め!」
ジャレスが告げると、ネリーは新たなゴーレムを作り上げた。再び道を作っていく。
「さてと」
ジャレスは、ヒドラを睨む。
「エステル、ネリーたちを頼むぜ!」
「はあ? カッコつけてんじゃないわよ! アンタも急ぎなさいよ!」
「カッコなんかつけてねえ!」
ジャレスは、エステルの背中をムリヤリ押す。
「ゴーレムは必要! イヴォンの知恵やリードの装備も、マノン救出の役に立つ。なにより、お前があいつの側にいねえでどうする!」
「それは、こっちのセリフなんだけど!?」
エステルが、唇を噛みしめた。
「悔しいけど、あの子はあんたが大事みたい。でも、あたしの武器じゃこの洞窟まで壊してしまう。あんたに頼るしかないわ」
上を見上げた後、エステルは再びジャレスを見る。
「だから、絶対に生きて上がってきなさいよね!」
「ヘン、オレ様を誰だと思ってやがる!」
ジャレスが言うと、エステルはニッと笑って上へ。
「担任、あれを!」
スケルトンが、ヒドラにまたがっていた。
多分、このガイコツは盗賊の頭だ。
正確には、頭だったものである。彼がクビからぶら下げているのは……。
「魔神結晶だ!」
おそらくヒドラは、魔神結晶のせいで凶暴化しているのだろう。
とはいえ、知能のないヒドラでは、力をうまく押さえ込めない。本能のままに動いている。
「あの魔神結晶を止めれば、勝機はあるかと」
血の色に光る首飾りに、オデットは照準を合わせた。
だが、ジャレスはオデットの方を掴む。
「いや、お前さんは上に行ってやってくれ」
「お一人で相手をするおつもりですか?」
「ああ。こいつを上に連れて行く!」
仕留めるには時間が掛かる。
かといって上に上がっても、ヒドラにやられたら全員おしまいだ。
ならば、後者に賭ける。
「では担任、活躍を期待します」
上へと登っていくオデットを確認して、ジャレスはヒドラを睨んだ。
「さてと、待たせたな」
スケルトンが、下にいるジャレスを見据えた気がした。
ヒドラの首をすり抜け、一気にスケルトンへ距離を詰める。
なにもヒドラを相手にする必要はないと分かれば、対処はしやすい。
ヒドラの牙を避けつつ、背中によじ登る。
暴れさせるため、胴体に傷を負わた。
ヒドラは首は再生するが、支点である身体は再生しない。
殺すなら胴体を狙う方がいいのだ。
とはいえ、頑強なヨロイで覆われているため、強力な技を必要とする。
エステルの攻撃がより精密でピンポイントであれば、有効だっただろう。
だが、ジャレスも人のことが言えない。
ジャレスの全力攻撃も、このダンジョンに被害を及ぼしてしまう。
スケルトンが、バランスを崩す。
「邪魔するぜ、ガイコツヤロウ!」
背中の上で、スケルトンと向き合った。
スケルトンの首には、金色のネックレスがぶら下がっている。
魔神結晶が、赤紫色の光を放つ。
まるでジャレスを視認しているかのように。
「力を持つのに相応しくねえって認定されたか。で、肉体だけ食われたと。ギャハッ、ざまぁねえな!」
ジャレスの挑発に反応したのか、スケルトンが円月刀を乱暴に振り回す。
「オホホ、しっかり狙えよヘタクソ!」
スケルトンの攻撃を、ジャレスは適度な攻防ですり抜ける。
とにかく、スケルトンをヒドラに集中させない。
「へっへーん! 魔神結晶もロクに活かせねえポンコツが!」
ヒドラやスケルトンの攻撃をかわしつつ、ヒドラを穴へと誘導する。
背中や首筋を銃で撃ち、ヒドラを苛立たせた。
スケルトンと戦っているフリをして、ヒドラを操る。
しかし、死角からヒドラの頭が、ジャレスの銃を奪う。
銃が財宝室の端に落ちる。
せっかく誘導していたのに、ジャレスだけが戻る羽目になってしまった。
スケルトンが引き返してくる。
作戦に気づいたのか、それともジャレスを押しつぶそうとしてか。
「おっと!」
ヒドラの突進を、ジャレスはギリギリでかわした。
「こっちだこっち!」
ジャレスはネリーの開けた穴を、出口目指して猛ダッシュする。
「オレ様を殺したいんだろ? ついて来いよ!」
自分の尻を叩き、再びスケルトンを挑発した。
怒り狂ったスケルトンが、ヒドラをけしかけて追撃してくる。
「どうしたどうした。オレはココだぜ、このノロマ!」
足の速さなら負けない。ジャレスは一気に穴を駆け上がった。




