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ジャレスと魔王

ジャレス視点に

「不遜公か。そいつがお前さんの中に」

「うん。同じBOWなんだよね? お話する?」


 マノンから切り出したが、ジャレスは首を振った。


「別にいいや。話すことなんてねえし。それより、お前さんに変化はねえんだろうな?」


「うん。問題は、ない」


「BOWの魔力なら、お前さんの病魔を退けられただろう。その分、別のリスクがつきまとうが」


 魔力の塊であるBOWは、その精神力を定着させる肉体が必要だ。

 マノンはいつ身体を乗っ取られても、おかしくない。


 だが、不遜公はマノンの精神にまで手を出すことはなかった。


「不遜公を取り込んだことで、わたしは強くなった。だけど、そんな強さなんて必要ない。祖父のように。身近な人を助けられたらそれでいい」

「お前さんのジイサンは、Bランクの冒険者だったな」


 イチノシンは、実際には冒険者ランクSの称号をもらってもいいほどの達人だ。

 しかし、イチノシンは目の届く距離の人々を助けることを望んだ。


 ランクSともなると、「世界の守護者」として国から保護を受けるが、行動が制限される。

 おそらくイチノシンは、地位が上がることで身近な人のピンチを救えないことを嫌ったのだ。


「わたしが冒険者になるのは、祖父のような冒険者になること。そのために強くはなりたいけど、最強でなくてもいい」 

「お前さんの夢、そのうち叶うといいな。そのためにも、お前さんの中から、不遜公を取っ払う必要はあるが」

「方法は、あるの?」


「それは」と言いかけて、ジャレスは足を止める。


 随分と深くまで来たらしい。いつの間にか、大樹の元まで辿り着いていた。



 アメーヌを見守ってきた森の木々は、まさしく天を覆い尽くすほどに大きい。

 中でも、大樹は神秘的な光を放って他の草木に栄養を与えている。


 そのはずなのに、どうしてこんなにも霊気が濁っているのか?


 大樹の側に、少女が倒れている。


「あそこだ!」


「……危ない!」


 なぜか、マノンは駆け出してしまった。少女を抱きかかえて、その場から遠ざかろうとしたらしい。


「待て、マノン!」


 もうすぐ少女に手が届くと言ったところで、マノンの足首に何かが絡みつく。近くにあった大木から、猛スピードでツタが伸びてきたのだ。

 あっという間に、マノンと少女を縛り上げてしまう。




 大木の一つに、怪物の顔が。

 幹の裂け目から、ギョロリとした瞳がうごめく。



「トレントだと?」



 本来、トレントはおとなしい木の精霊なはずだ。

 しかし、ツタを伸ばし、ムチのように振るう。

 明らかに凶暴化していた。

 何をそんなに怒り狂っているのか。


 ツタは二人を絞め殺そうとはしていない。

 少女はただの人質だろう。

 マノンの方から、魔力を吸い取っているようだ。


 こんな性質を持つ存在を、ジャレスは見覚えがあった。


 魔族だ。おそらく、魔族の仕業ではないだろうか。

 ジャレスは、そう思い始めていた。やはりおかしい。何か、異様な力がアメーヌに迫っている。そんな気がしてならない。



「ヤロウ、調子に乗りやがって!」


 絶妙な射撃で、マノンらを縛るツタを除去した。

 マノンの身体が自由になる。


 少女の落下地点にマノンはすかさず到達、少女を抱きとめた。


「ガキを連れて逃げろ、マノン!」

 

 マノンはうなずき、駆け出そうとした。

 

 しかし、マノンの足元が隆起を始める。トレントの根っこが、顔を出した。

 再び、マノンが根っこによって拘束される。



 トレントの根元から、巨大なキノコが発生した。

 キノコは胞子を撒く。

 

 紫色の煙を、ジャレスはまともに嗅いでしまった。

 猛烈な眠気が、ジャレスを襲う。


「眠りの作用?」


 おそらく、この少女も同じ目に遭ったのだ。


 そう気づいたときには、ジャレスは深い眠りに落ちていた。


◇ * ◇ * ◇ * ◇

 

 ジャレスは、夢の中にいる。そう自覚できた。

 これは、魔王を殺した当時の夢だ。


 魔力で作られた牙城は焼けて崩れ、魔導の恩恵を授かる結界を作っていた塔は倒れている。


 辺り一帯には、無数の死骸が焼け焦げていた。

 ススと腐臭にまみれ、呼吸すら躊躇われるほどの異臭が立ちこめる。


 ジャレスとて、片腕は魔王の爪によってもがれていた。

 激痛と疲労感が、ジャレスにのし掛かっている。


 しかし、まだ終わりではない。


 眼前の魔王に、トドメを刺すまでは。


 ガクガクと震えながら、銃の照準を魔王に合わせる。狙うは、眉間だ。


 心臓を打たれ、魔王は息も絶え絶えになっていた。



「グフフ、ジャレス・ヘイウッド。ワシを倒せば、ワシの力は貴様のモノとなる。その力で、貴様は何を得るかな?」


 死に直面しながらも、魔王は余裕で口をつり上げている。


「我が力、思うがままに使うがよい、ジャレス・ヘイウッドよ。貴様が我が力を行使すればするほど、我が魔王の意識が貴様をとらえ、次なる魔王へと作りかえるであろう!」


 魔王は、手に持った赤黒い結晶を、ジャレスに差し出す。


 

「さあ、この魔神結晶を受け取るがいい! 我の力が込められたこの石を! そして我は、貴様の中で永遠に生き続けるのだ!」




「黙れよ」




 ジャレスは、もう一度引き金を引いた。魔王の高笑いを止めるために。

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