ランプの苦労性の魔人
むかしむかしあるところに、その容赦無い悪口と口の割に低スペックな事で「サイコ無能」と呼ばれている1人の少年がいました。
少年は偉そうで生意気でしたが、あまりに弱く、さらに近づくのも嫌なレベルでうざいので、特に虐められるということはありませんでした。
そして協調性は皆無で得意な事も特に無いので当然友達はいませんでした。
ある日の事、公園で遊んでいた子供のカバンにジュースを注いでニヤニヤしていた少年は、子供のカバンの奥にあった不思議な雰囲気のランプを見つけ、当然の様に家に持って帰りました。
「何となく持ってきたが、何で子供のカバンにこんな汚いランプがあったんだろう?」
少年は少し気になりましたが、特に何もする事はありませんでした。
さて、少年は家に帰り、ランプをどこかにしまおうとしましたが、ランプはうっすら黴臭い上に少年のジュースでベタベタしていて、そのまましまえば間違い無く周りの物も黴が生えそうです。
あまりの汚さにさすがの少年もそのまましまう事を躊躇し、雑巾で汚れを拭き取ってから棚にしまおうとしました。
すると、ランプの中からもくもくと煙がたち、気がつけば目の前にはムキムキで半裸な大男が立っていました。砂漠の国で売っていそうな、白いターバンを巻いています。
少年が驚きで腰を抜かして口をパクパクしている間に大男は言います。
「よくぞこの忌々しい封印を解いてくれたな。我はこのランプに封印されていた魔人。再び神を滅ぼしに行くが、お主には褒美をやらねばならぬ。」
この時、少年は既に大男に、その神をも恐れない物言いと少年にも引けを取らないスペックの低さで「妄想幻魔(笑)」の二つ名を欲しいままにし、学年中から忌み嫌われるもう1人の少年に通じる所を見出し、大男を恐れる気持ちは消えていました。そんな少年の心の変化には気付かず、大男は言葉を続けます。
「お主の願い、3つだけ叶えてやろう。心ゆくまで悩むが良い。決まった時また呼べ。」
普通の魔人ならこんな時は焦る人間の反応を見て遊ぼうとするのですが、この魔人、根は善人の様で、
「今我がした様にこのランプを3回擦れば出てくるからな。」
と、身振りまで交えて説明してくれます。
「言い忘れておったが、願いを増やしたいという願いは禁止だぞ」
と言い残し、魔人はランプに消えていきました。
後に残された少年は、途方に暮れる…などということは無く、既にどんな願いを叶えるかという事で頭がいっぱいでした。
俺を見下したあいつらに復讐してやろうか…。宝くじで億万長者…いや、それなら直接金を…。なろうの累計で1位を取りたい…。運を爆上げという発想も…。プリン…。
勿論少年の言う「あいつら」とはほぼ知り合い全員であり、その中には少年に優しくしてくれようとした者も居るのですが、少年はそんな事は露ほどにも思いつきません。
1つ目の願いを決めた少年は、ランプが壊れたりしないようそっとランプを擦りました。
先ほどと同じように煙が立ち、大男が現れます。
「願いを聞こう」
「僕を苦しめた奴らに復讐して来い。全員だ。勿論それで願い一つ分だ。」
今度は大男が目を剥く番です。
この高圧的な態度の少年は、ついさっき腰を抜かしていた少年と本当に同一人物なのか。この歳で「復讐」とは、一体どんな事情があるのだろうか。そして中々図々しいなこいつ。
「おい、どうした?褒美をくれるんだろ?恩を返すんじゃあ無かったのか?ハッ、もしかしてもう忘れちまったのか?豚並の知能だな?」
魔人が考えている間にも少年は言葉を重ねてゆきます。
魔人は縊り殺してやろうかなと思いつつも、一応願いを叶えるため少年の家を後にしました。
ちなみに魔人に願いを叶えてやる義務がある訳でもなく、散々悩んで考えた願いを笑い飛ばして襲いかかるというのが魔人仲間でのセオリーなのですが、この魔人はそこまでする事も無いかな、といつも願いを叶えてやります。
さて、魔人は誰に、どの程度の復讐をすればいいのか、と時空を超えた魔法で過去の少年の行動を読み取ります。
もしも関係ない人が被害を被ってしまったり、復讐し過ぎてしまったりしてしまうと大変だからです。
魔人は少年の行動を把握しましたが、しかし!少年は誰にも攻撃されていないどころか、寧ろ復讐される様な行いを重ねていたのです!
魔人は困惑しました。もしかして少年の言っていた言葉には、「復讐(されない様にお詫びを)して来い」という意味が隠されていたのか。
そして、ある1つの考えに至りました。
過去にこちらが被害を受け、現在で加害をして帳尻を合わせるのが復讐という行為です。
マイナスに、プラスを足して、ゼロにする。
この計算が、復讐と言えるでしょう。因みに五七五です。
ならば、過去に此方が加害し、現在において被害を受ける、いわばプラスにマイナスを足す計算も、復讐と言えるのでは無いでしょうか。
そこまで考えた魔人は、菓子折りを配る事にしました。
高級な菓子折りでも、魔人の力で魔力と引き換えに無限に作り出すことが出来るのです。
少年は紛うことなき陰キャの癖にかなりアグレッシブだったので、魔人はかなり沢山の魔力を使いましたが、近隣の住民全員の家に菓子折りを届けました。
願いを叶えるとしても、どれくらい叶えてやるかの裁量は魔人次第です。しかし、魔人は程よい労働と他人に親切に接することが日々の暮らしを豊かにすると考えていたので、最大限願いを叶えます。
さて、魔人は家に帰り、少年に話しかけます。
「2つ目の願いを聞こう」
と言うと、運気を豊かにして欲しいと言います。
(さては今までの人生、余程運が悪かったのか。可哀想な小僧だ。)
魔人は同情し、運気を上げる魔法を掛けてやります。
勿論、やるからには最高のクオリティのサービスを提供するのが魔人の、プロとしての矜恃です。
うどんを捏ねるくらいの力強さと絡まった百均のイヤホンを千切らずにほどくくらいの繊細さを求める大仕事ですが、もし制御をあやまろうものなら少年の身体が爆散してしまいますし、これも仕事なので魔人は丁寧に行ないます。
勿論少年はその間も少年は執拗に罵倒してきますが、無視です。魔人は心を無にしました。
3つ目の願いは、「俺の「待て、俺の下僕になれとか、願いを増やせと言うのは無しだぞ、さっきも言ったが」そうか…」
魔人は常に未来予知を展開して居るので少年の言わんとすることが分かったのです。流石に、いくら寛大な魔人でも強制的に命令を守らされるのは嫌でした。
(しかし、全く人間とは油断も隙も無い生き物だなあ)と魔人が昔の事を思い出して感傷に浸っていると、少年は「よし決めた、俺の相棒になってくれ!!!」
と叫びました。
実質さっきの下僕になれと変わって居ませんが、魔人は気づきませんでした。
むしろ、(相、棒…!?)と、聞き慣れない響きに戸惑って居ました。
「名前も、もう決めたんだ!お前の名は、えっと、あー、えー、マジーン、違う、ゲボーク、あっ違う何でもない、いやもうマジーンだ!」
少年は魔人が既に名を持っている可能性に全く気付いておらず、実際魔人にはファブという名が既にあったのですが、魔人は感動していました。
何とか溢れそうな涙を堪えると、その時にはこの少年の相棒として、この少年に尽くしてやろうという気持ちになっていました。
もとより、神はまあ殺せるなら殺しとこう、くらいのつもりだったのです。
まあ何十年かくらいなら延期してもいいかな、と思いました。
上空からそれを見ていた神様は、少年に尋常じゃないほど感謝しました。危うく死ぬ所だったのです。感謝によって少年には、死後の安寧が確約されました。これで、死ぬや否や天使が血相変えて物凄い勢いで押し寄せてきて天国に連れて行く事が確定しました。
溢れた感謝は雫となって、公園の子供に降り注ぎました。
公園の子供に擬態していた宇宙人は、地球人の遊びをトレースして戦闘パターンに加えるのは無理があるのでは無いかと思い始めたところで、丁度カバンの中の惑星破壊砲を取りに行くところでした。
惑星破壊砲は彼の星の技術の粋を集めた物で、あらゆる攻撃を防御出来ましたが、彼の星にはH2Oが全く存在していないので、水分に触れると普通に壊れました。
そう、ここまでが神の思惑通りだったのです。
宇宙人は雫に気付かず、惑星破壊砲は壊れて地球は安寧を保つでしょう。
しかし、宇宙人の方が1枚上手でした。
不用心を装って、がっつり気が付いていたのです。
宇宙人は惑星破壊砲が濡れる寸前で次元超越装置で月の表面に降り立ちました。
妙な攻撃をして来る敵がいる星からはおさらばするべきです。宇宙人は地球へ向けて惑星破壊砲を発射しようとしました。
しかし、何だかベタベタする感触しか伝わって来ず、地球は未だそこにあります。
忌々しい先程の謎の攻撃は避け切れてなかったのです、そうに違いありません。
宇宙人はほぞを噛んで悔しがりましたが、そのうち飽きて星へ帰りました。
地上には、完全に宇宙人を見失って焦る神様とこき使う少年とこき使われる魔人のみが残りました、めでたしめでたし。
魔人「最後完全に出てこないんだけど」