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19/22

Case 19:昨日の友は、今日の敵?

 高校3年生になって最初に挑む水泳大会で、直近のライバルとなった相手は、あろうことか、隆太の親友、あきらであった。






 あきらは、隆太と同じ大学への進学を望んでいるが、推薦入学を叶えてもらう条件として、東北地区での男子選手の持つ最高記録を、上回らなければならない。そしてその記録を持つ者こそが、最大の親友である隆太なのだ。





 隆太としては、相手が誰であろうと自身の記録を破られることは決して快いことではない。しかし、あきらと一緒の大学生活を送れれば、どんな時でも苦楽を共にできる友を傍に、楽しい毎日を過ごせるかもしれない…。





 隆太はたとえこの試合で彼に敗れても、それ自体が隆太の特待生待遇に影響を及ぼす可能性は低いが、実力の低下を指摘されることは否めないだろう。自分で自分に言い聞かせていた「向かってくるなら僕の敵」という信念を、隠してしまうわけにもいかなかった。











 「まさか、友情のためだと言って手を抜いた泳ぎをしたら一生後ろ指さされそうだ…」











 隆太は心の中で、常にそんな心配を抱えていた。





 自分がこれまでに決死の思いで築き上げてきた記録や実績。それは今後も常に、誰が相手であろうとフルに発揮しなければならない。





 ある日、隆太、あきら、愛莉の3人が集まる機会があり、間近に迫ったその水泳大会の話題で持ち切りとなった。











 愛莉は、不安そうに二人を見ていた。無論、隆太とあきらの友情を知っている。そして、どちらが勝っても敗れても、どちらかが何らかを失う。そう思えば、恋人であるあきらを応援したくても、隆太の存在がある限り、堂々とそれを口にはできなかった。








 愛莉「二人とも…まさか、こんな形で対決になるなんて…。あ、、、あたし、、、ど、どっちに頑張ってとも言えないよ…マジ、ごめん…。」





 あきら「い、いいんだよ愛莉…。俺は俺で、できる限りの力は尽くすさ。それより隆太こそ、俺が相手だからって手を抜くなよ!ここは変な友情の気持ちは忘れて、正面切ってガチの勝負しようぜ!俺がもし負けたら…とか考えるなよ!その時はその時さ。」





 隆太「う、うん…。ありがとう。」





 あきら「そうじゃなきゃ、とんでもない八百長試合になっちまうし、何より、お互いのためにならないもんな。俺はトップアスリートの隆太に情けをかけてもらって進学とか、そういうのはかっこわりぃからな…あははwww」





 愛莉「そ、それはともかく…、あんた達以外にも強い選手はいっぱいいるんでしょう?ちゃんと練習しなきゃ、二人そろって敗退…なんてことも否定しきれないわよ!ま、あたしも応援に行くからさ、二人の勝負、この目でしっかりと、見届けさせてもらうわよ!!」











 隆太とあきらは、無意識に右手を互いに差し出し、固い握手を交わした。











 そして試合当日。





 もう真夏の日差しを感じさせるような暑い朝だった。





 隆太は試合会場のある秋田市の運動公園へとやってきた。始発の電車でも間に合わないため、前日にホテルに泊まっていたのである。





 そこへ、ちょうどあきらも到着した。心なしか、戦いを前に意気込んでいるオーラを感じる彼に、隆太は少し驚きの表情を浮かべたが、あきらはこう言った。





 「おい隆太!今日は、頑張ろうぜ!!お前が勝っても俺が勝っても、何も恨みっこなしだ!まぁ正直言うと、世界を舞台に戦える逸材なお前を前に、俺はちょっと自信が持てないんだ…。だけど、、、だけどな、、、!!俺はとにかく、勝つための泳ぎに徹するさ!それで負けたら、それが俺の実力なんだと思っておくさ。だから隆太も、思う存分泳いでくれよな!!」





 「ああ!わかってる!! 今日だけは、お互い”かたき”同士だな!!」





 「あははははっ!!」



 するとそこに、見慣れない女子選手が近寄ってきた。






 年の頃は自分達と同年代なようだ。しかし、長身で金髪のロングヘアーに、ブルーの瞳がやけに目立つ。どうやら彼女は、外国人のようだ。





 "Hello...!"





 隆太達は、突如この女子に声を掛けられ、戸惑いを露わにしてしまった。











 隆太「あああ、、、アイアム、、、スイマー…、、、あああ、、、あきら、ドーゾ…」





 あきら「ちょww俺に振るなwww やべぇ…、英会話とかマジで無理だっての…。世界に羽ばたくためには英語ぐらい話せなきゃって、授業受けてるけどできるとは言ってないからなぁ…」





 タジタジの両名だったが、そこに一人の男性が現れた。どうやらこの女子選手のコーチ兼、通訳でもあるようだ。





 彼女は二人を見つめ、こう話した。








 You are the japanese swimming's superior rookie Ryuta-Ono aren't you?


(あなたが、日本の水泳界の上級新人である、小野隆太さんですね?)





 My name is Emilia. Today I will be meeting you for the first time, but I will let you see your ability as a future rival.


(私の名前はエミリア。今日は、初対面ではありますが、未来のライバルであるあなたの実力を、見届けさせてもらいますよ。)





 (ちなみに、エミリアはまだ日本に慣れていないため日本語がうまく話せない。そのため、常時、ジョーというコーチが通訳を担っている。)





 あきら「こ、この隆太ってやつは、日本が認める最高の水泳選手なんだぜ!!初見の相手なんかに負けるものか!!」











 すると、ジョーはその気概に思わず笑いを浮かべた。





 WAHAHAHAHA...!! She's a rookie the world expects!!


(ワハハハハ!!彼女は世界が期待する新人なのだよ!!)





I will always be your opponent. I expect it for my success in today.


(いつでも相手になってやるよ。今日はお前たちの活躍に期待しているぜ!)





 エミリアが優しい瞳で隆太を見つめた。どうやら彼女は、母国カナダで、小野隆太という期待の新星の誕生を知り、どの程度の実力か、一度対面してみたかったのだという。





Ryuta! I'm happy to meet you. Actually I'd like to talk with you a lot, but let's fight with my own power firmly today!


(隆太!お会いできて嬉しいです。本当はあなたと色々話したいところですが…今日はしっかりと、実力を発揮して戦いましょうね!)





 隆太はたどたどしい語調ではあったが、こう返した。





That is the same for me. let's do our best!


(それは僕も同じです。お互い、ベストを尽くしましょう!)








 わずかな会話を経て、エミリアは女子の控室へと消えた。








 しばし、放心状態の隆太とあきら。異国の美女とのコンタクトに胸を射抜かれたこともあったが、その自信たっぷりな口調は、自分達の将来を覆すのに十分な脅威を持っていると認識できたからだ。





 もしかしたら、彼女も聖ドルフィン大学への留学を狙っているのかもしれない。いや、そうだとしか思えない。





 そうでなければ、わざわざこの大会へ出場する意味も必要も、ないだろう。











 強い不安を抱きつつも、試合は始まった。











 組み合わせ抽選の結果、何と、第3ブロックで隆太とあきらが一緒に泳ぐことになった。これはただの偶然ではあるが、二人は、何か運命的なものを感じずにはいられなかった。





 お互い、控えの時間は無言で、あえて視線を送り合うこともなく、淡々と出番を待つのみであった。





 しかし、先に試合をしている面々は、どの選手も一級品の泳力を持つものばかり。先ほどのエミリアのみならず、誰に敗れてもおかしくない…。そう思うと、もはや二人の間には、隆太VSあきらという図式はなくなり、一つの大きな試合での、未来を賭けた大勝負に臨む覚悟を決めることになった。








 オーディエンスには愛莉と涼子の姿があった。自分の彼氏がその親友と闘う…というので、何が何でも見届けるべくここへ来た。涼子もまた、過日のやりとりで彼に対し、何かしらの不安を抱いていたため、この試合を応援するべく駆け付けた。











 そしていよいよ二人の出番となった。





 飛び込み台に立った二人は、一瞬、お互いを見つめて…





 号砲と同時に、プールへダイブした。




 「おおっ!!や、、、やるじゃねぇか隆太!!やっぱり世界に通じる泳ぎは伊達じゃないな!!」






 あきらは水球で鍛えた持久力はあるものの、スピードは今一歩。決死の思いで隆太を追うが、なかなか、わずかな距離が、縮まらない。





 隆太も、久しくあきらと泳いでいなかったため、予想外に食いついてくる彼に驚いていたが、脳裏にはいくつもの、水泳を離れていった者たちの言葉や表情が浮かんだ。





 不慮の事故でこの世を去った優香。練習のやりすぎでケガをしてしまった奈美。作曲家を目指すべく水泳の道を退いた友加里、そして、事故で泳ぎを断念させられた愛莉…。





 もちろん、家族や友の期待も大きい。だが今は、それを考えるよりも、ひたすら自分らしい泳ぎを見せるのみだ。





 順調に先頭集団に交じって泳ぐ隆太は、今回もダントツのトップを勝ち取るものだと涼子や愛莉は信じて疑わなかった。











 …だが。。。











 「それ」は、突然、隆太に牙をむいた。。。














 残り1ターン、得意のクロールでフィニッシュを…!!という時、彼は、全身に電撃が走るかのような激痛に襲われた。





 「うわああぁぁぁっ…!!痛い!!なにこれ!?」











 手足はもちろん、身体の至る所から耐え切れぬような激痛が走る。





 必死に手足を動かそうとするが、犬かきのように虚しく空回りするだけ…。











 当然ながら、あきらはもちろんのこと、他の選手にはすっかり置いていかれた。





 しかも、完泳は不可能という審判の判断から、隆太は救護班にプールからすくい上げられ、まさかの「途中棄権」となった…。











 一方、この回でのトップを取ったのはあきらだった。一瞬、最大の友=敵に勝った喜びを強く表現したが、何やら騒がしいプールの片隅を見て、驚愕した。





 まさか…!?隆太が、担架で運ばれている…!?





 一体何があったんだ…!?!?





 隆太!!











 愛莉も涼子も、その状況を目にして気が動転していた。





 「うそ…??隆太くん…??一体どうしちゃったっていうの…??」





 「隆太…?冗談でしょ…?…こんな時に…何が…??」











 直ちに二人は、医務室へと駆け付けた。





 もちろん、あきらもすぐに隆太の後を追った。











 医務室内では、隆太への応急処置が施されていた。





 全身に激痛を覚える隆太。しかし、思い当たるような何かは、ない。





 一通り調べたが、骨折や肉離れなどの症状は認められず、原因不明のまま、帰宅を指示された。











 あきらは、試合で勝つこと自体はできたが、隆太のタイムを破ることは、惜しくもできなかった。





 しかし、総合成績では上位にランクインしたため、今後の進学についての何らかに有利なものを得たことに、間違いはなさそうだ。





 だが、そんなことよりも隆太が心配でならない。





 上位のメダルを貰う表彰式でも浮かない顔をしていたあきら。すべてが終わったら、一目散に隆太達の待つエントランスホールへ走った。











 「どうしちゃったんだよ隆太…?お前が途中棄権とかありえねぇよ…」





 「ご、、、ごめん…。実は、、、自分でも全然わからなくて…。全身から痛み…っていうか、力という力が抜ける感じがして…」











 「ところであきら? お前、良かったじゃんか。上位に入賞できたんだってね。これでまた一歩、未来に希望が繋がったね。」





 「あ、ああ…。で、でも…、隆太…。お前のことが俺は、すっごく心配で心配で…」





 「うん、ごめん…。おそらく、水泳のやりすぎだと思うんだ。ついこの前も、奈美さんが同じような理由で水泳から遠ざかったんだ…。考えてみれば僕も、水泳のために力を注ぎすぎてきた気がするんだ。グスン…。。。だからこうして、、、肝心な時にボロが出て…うわぁぁぁん…」











 思わず声を上げて泣いた隆太。





 一同は思った。確かに、これまで「不敗神話」とまではいかないが、頑なに水泳への道を一途に歩いてきた彼は、将来有望な人材として耳目を集める一方で、人知れぬプレッシャーや、苦労を重ねてきたことだろう…。





 それを思えば、こうした事態への遭遇は、必然だったのかもしれない。





 いまはただ、彼を慰めてあげるほか、できないけれど…





 「今回はたまたま運が悪かっただけだよ…」と、笑顔で語る涼子や愛莉、そしてあきら。





 みんなの気持ちを前に、さらに涙があふれた隆太であった。














 「なぁあきら、試合って結局、誰がトップだったんだい?」





 「ああそれな。男女総合で見ると、俺たちが朝出会った、金髪の女子、エミリアって人だよ。」





 「そうか…。エミリア…。彼女もやっぱり、僕達と闘うライバルになるのかなぁ…?」





 「たぶん…な。隆太を強くそう意識してたもんな…」














 …そう思っていると、ちょうど控室から着替えを追えて出てきたエミリアが、隆太たちに声をかけた。








Ryuta... Poor thing. A sudden accident will ruin your game.


(隆太…かわいそうに…。突然のアクシデントで、あなたの試合が破滅されてしまうなんて…)





So so, But I will decide I did not see today's game. There is a failure in any professional. The direction of the game and the physical condition of the players are all decided by the goddess of whimsical swimming. Yes, so that our swimmers will follow a fate that is not a single road.


(まぁまぁ…、今日のことは、見なかったことにしてあげますよ。どんなプロにだって失敗はありますわ。勝負の行方も、選手の調子も、それは気まぐれな水泳の女神が決めること。そう…私達スイマーが、一本道じゃない運命を辿らされるように…)














 


 隆太は、静かに頷いた。





 そして、エミリアはジョーに連れられて、颯爽と会場を後にした。それはまるで、自らの将来に勝利の確信を得たかのように、軽やかで神々しささえ感じる歩調であった。








Let's meet again. Next time, I expect to be able to confront with the best condition. So long...!!


(またお会いしましょう。今度は、ベストなコンディションで対決できますこと、期待してますよ。じゃ、さよなら!!)




















 暫しの沈黙に、あきらが堪りかねたか、声を上げた。


 





 「なぁ隆太、夏休みになったら、友加里も呼んでまたみんなで海で泳ごうぜ!その頃には調子も戻ってるだろうからな。試合にこういうアクシデントはつきものさ。俺だって実は、水球の試合で大事な時にタコミスっちゃって…、一度は補欠に転落してたんだよ…。でも、負けることは勝つことよりも大きな経験値になる。次へ繋がる失敗であったと信じてる。だから隆太…、絶対に、弱気になるなよ!!」








 「ああ!ありがとう!!」











 二人は、固い握手を交わし、再び、「敵」から「友」へと戻った。














 そして、夏休みに向けて隆太もあきらも、水泳の練習を続ける日々を送っていたのだが…





 隆太は、どうしたことか、あの日のアクシデント以来、部活での練習でも泳力がガタ落ちしており、食事もあまり摂れなくなっていた。





 そして、心なしか顔色がよくない。





 





 心配した家族は、隆太を大病院の医者に診せた。そこで彼は、あらゆる検査を受けることになったが、その結果は…、











 


 …最悪と言う以外に、似合う言葉がないものであり、本人も、家族も、絶望のどん底へと叩き落されるようだった。





























 医者「小野隆太さん、あなたは、"急性骨髄性白血病"です。」


























 「幸い、今は深刻な状態ではありませんが、現在の状態が改善されなければ、水泳どころか、命すら危険に晒されます。」





 「最良の治療法は、骨髄移植ですが、あなたのHLAと一致する骨髄ドナーが見つかる可能性は、およそ1万分の1とされています…」








 








 隆太は、気まぐれな水泳の女神を恨んだ。





 そして、彼は病床の中で、全ての夢が泡沫のごとく消えてゆく現実に、ただただ涙を零すことしか、できなかった…。













 -つづく-


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