Case 01: Departure Sunshine
おもな登場人物
小野隆太 15歳 青森県の高校「青い森商業高校」に進学。
平均身長に対して背が低く、童顔であることを地味にコンプレックスとしているものの、人当たりはよく、穏やかで優しい草食系男子。自分はモテないと思い込んでいるが密かに女子には人気がある。恋仲だった浅倉友加里とは中学卒業を期にその関係を終わらせているが、10歳年上の女性、磯倉涼子に夢中で、将来の青写真を描いている。それ故に、商業系の高校へ進学した。幼い頃から水泳が得意で、高校でも部活は水泳部一択だったが…
浅倉友加里 15歳 東京都の音大付属高校に進学。(学校名の設定なし)
隆太の元カノ。幼少期から作曲家になるという夢を持ち、中学時代、とある作曲家から一目置かれる存在となり、著名な全寮制高校に進学するため上京し、同時に隆太との恋仲も終わりとした。(ただし友達としての仲は今でも健在。)彼女もまた水泳部所属だったため、泳ぎは達者だが隆太には一歩及ばない。気が強く、男子女子を問わず人をグイグイ引っ張る豪快な性格だが、色恋沙汰となると、本心を上手く伝えられず相手に誤解を与えることもしばしば。寡作ながらも、創作した音楽や自身の存在はそこそこ世に知られつつある。
柊あきら(ひいらぎ・あきら) 15歳 秋田県の高校「秋田県立きりたんぽ高校」に進学。
隆太達とは同級生だった男子。織畑愛莉と恋仲だが、二人は別々の高校に進学したため、プチ遠距離恋愛中。将来の夢は水泳のコーチだが、実は人に何かを教えるということは苦手。性格は隆太に似て穏やかだが、そこそこ肉食系男子で、好きになった相手には色々と遠慮しない。それが数々のトラブルを生むことにもなるのだが、根はいい人。実は年上の女性に目がない。
織畑愛莉 15歳 岩手県の高校「私立わんこそば学園高等学校」に進学。
隆太、友加里、あきら達と一緒のクラスで、4人とも親友同士&同じ部活に所属していた。おっとりしているごく普通の女子。水泳のオリンピック選手になることを夢見ているが…。音楽にも精通しており、かつては「スイートショコラガーデン」というアマチュアバンドでドラムを担当していた。現在でも音楽に対する情熱は冷めていない。あきらと恋仲で、週末ともなると、お互い、どちらかの居住地へ訪れてデートをしている。実は友加里以上に嫉妬深い。
磯倉涼子 25歳 宿泊業
浅虫温泉の旅館「いそくら」の長女で、隆太とは友達以上恋人未満。隆太と初めて出会った時「亡くなった弟に似ている」ということから急激に親交を深めた。接客業を担っていることもあり、おしとやかで、屈託のない性格をしており、隆太を実の弟のように可愛がっている。だがその実は、情緒不安定になりがちな彼を案じて目が離せないだけであるとも…。
小野流美 21歳 美容師見習い
隆太の実姉。弟の行動を逐一見張っている、おせっかいとも世話焼きともとれる性格を持っている。ふとしたことから、愛莉の兄、愛希と恋仲になり、愛希と地元に住むことを前提に恋愛を進めている。口うるさい一面もあるが、隆太とその友達の信頼は厚く、良き姉として頼りにされている。
小砂川優香 16歳 隆太と同じ水泳部員
かつて、東北中の水泳大会を我が物とした、将来を嘱望されている女子水泳選手。隆太を友と思いつつも、強いライバル心を燃やしており、それは水泳以外でも発揮される。長身で髪の長い、学校のアイドル的存在だが、それゆえに隆太のような奥手な男子は彼女にかかると、タジタジとなる他どうしようもない場合がほとんど。
恵野栞 15歳 あきらの同級生
…??
春。…というよりは、初夏を思わせるような暑さの青森。一人の青年が、少し虚ろな表情で朝の電車に乗り込んだ。
彼の名は小野隆太。それまで慣れ親しんだ中学校を卒業し、今日からは高校生。同時に、それまで仲良くしてきた友とも離れ離れになってしまい、一抹の淋しさを拭いきれないまま、最初の通学…、つまり、入学式の日を迎えたのであった。
いつも休日に友達と乗っていた電車。でも今日からは違う。見慣れない制服の乗客、田舎とは思えないようなぎゅうぎゅう詰めのラッシュ、そして、皆が皆、ろくに話しもせずに俯いている異様な車内…。
隆太は思わず、顔を青くしてしまった。
だがそうも言っていられない。
今日からは、新たなステージの始まりだ。無言のままではあったが、はじめての教室、初めての席に着いた。
周りを見渡しても、隆太を知る者は一人もいない。それもそのはず。隆太は外ヶ浜町の出身で、電車で1時間かけてこの高校に通学する。中学時代だって生徒そのものが少なかったことや、多くの者が進学校や県外の高校を選んだということもあり、結果的に隆太は、ひとりぼっちでの新生活スタートとなってしまった。
「あ、、、あの、、、は、、はじめまして…」
…顔つきで人を判断するのは良くないと思いつつも、最初は穏やかそうな人を選んで、たどたどしい挨拶をするのが精一杯。友達作りはゼロからの始まりなのは覚悟していたが、下手をするとこのまま誰とも話さえできないのでは…という不安は、否応なく脳内を過ぎった。
教室で待機していると、今日からこのクラスの担任になるという、30代ほどの女性教師が現れた。自己紹介もそこそこに、まずは入学式だ。緊張した面持ちで、体育館へと誘導され、初めて見る街の学校の大きさと、生徒の数の多さに一瞬当惑してしまった。
中学の時の入学式とは一味違う、独特の雰囲気が印象的であった。しかし隆太にしてみれば、式そのものに対する特別な感情は抱くに至らず、淡々と、校長先生の話などを聞いて、式典は恙なく終了した。
次いで、この学校にある部活動紹介の時間があった。野球部、サッカー部、剣道部etc... スポーツ系、文化系、どれをとっても幅広く、中学生だった頃の部活動が、まるで子供の遊びに思えてしまうようなレベルの高いものばかりだった。
もっとも、隆太はどんな部活を紹介されても、入部は水泳部にすると決めてかかっていた。
そしてその水泳部の部活紹介の時が来た。隆太は興味津々に、部長の挨拶や部活動としてのポリシーを聞いていたが、思わず驚愕してしまう…。
部長「我々水泳部は、本校の歴史を辿っても、青森県では1、2を争う実力を持つ強豪校として名を馳せてきました。現に、我が校から数々の水泳選手が輩出され、現在でも活躍しています。特に、Y高校とは長い間、決して負けられないという頑なな気持ちで部員一丸となり、毎日練習や特訓を積み重ねてきました。正直に申し上げますが、我が水泳部はこの学校の名誉のみならず、青森県の威信すらかかっているというほど、実力主義な部活動です。部活をサボったり、成績をあげられない人には即刻退部してもらっています!! なので、やる気のない人は、絶対に来ないでください!!」
気迫の部長のコメントは、隆太の度肝を抜くのに十分だった。
「そりゃ、高校の部活がハードなのは想像してたけど…、僕が入部して、大丈夫かなぁ…」
そして、水泳部員の列をさりげなく見つめていると、隆太は一人の女子部員と目が合った。
ロングヘアーにキリっとした瞳。そして長身のモデル体型に思わず現を抜かしそうになったが、次の瞬間、彼女からの、電撃にも似た目線が隆太に飛んで来た。
「!?!?」
…それは、初対面であるはずの隆太を知っていて、なおかつ、敵視しているかのような鋭い眼差しであった。
戸惑う隆太を後目に、部活紹介は終了した。だが彼にとって、高校での水泳部入部が本当に相応しいか否か、大いに迷うこととなってしまった。ただでさえ厳しい部活となる上、成績不振で部活を追い出される可能性もある…。そうなったら、あきらや愛莉にも顔向けできなくなってしまいそうだ…。
いっそのこと部活を変えてしまおうか…。
まだ部活動への入部希望を提出するには時間がある。ここは事を急がず、慎重に検討してから判断することが賢明だという結論に至り、その日は帰宅した。
入学して数日の間は、授業よりもホームルームのような時間の方が多い。教室での一人ひとりの自己紹介、係や委員会の決定等、何気に忙しい。
授業もまた最初のうちはどこか気楽で、それまで耳にしたことのないような教科「物理」「現代文」「簿記会計」「情報処理」…などなど、教科書をめくるだけでも頭痛がしてくるような、彼にとっては複雑怪奇で未知そのものの世界が待っている。
ちなみに、商業系高校なので、単位の取得はもちろんのこと、「簿記会計」や「情報処理」等は、定められた検定の「級」と取らないと卒業が認められないのだ。
隆太は当初、涼子との将来を現実のものにしたいと思い、どんな困難でも受けて立つという心意気で、この学校を選んだ。
しかし、彼の想像していた以上に実際は厳しく、茨の道であることを知らされた。
だが、いきなり泣き言を言ってもいられない。しかしながら、あまりに過酷な船出となりそうで、心が言うことを聞かない。
隆太は部活のことも大きな不安に思っており、帰宅後、あきらに電話をかけて、入学後に経験した諸々を話した。
あきら「そうかぁ…。やっぱりなぁ。…でもお前なんてまだいいほうだぜ?こっちは、水泳部は合宿、合宿の繰り返しで、1年を通しても部活休みなのは、ほんの数日程度だっていうぜ…。何せこっちは、水泳を職業にするような人が通う学校だからな。隆太のとこは、水泳はあくまでもスポーツだろうけど、相当厳しい感じ、わかるよ…」
隆太「あ、ああ。。。けど、、、何とか、水泳やりたいって思ってる。けど何だか怖くてさ…。噂に聞いたけど、先輩で大会に出て、無様な成績に終わった人が、水遊びしたくて水泳部入ってるんだったら出ていけー!!って追い出されたとか…。」
あきら「マジかよ…!!…まぁでも、こっちだって野球部とかはすげぇ厳しいぜ。何せ、毎年、甲子園へのきっぷを賭けて、地方大会でも決勝まで勝ち進む強豪校だからな。野球部は初心者断固お断りで、中学でよほど活躍した人じゃなきゃ、入部することすら許されないんだぜ…」
…。。。 隆太は、思わず口を閉ざした。何しろ、そこまでの過酷さは想像していなかったから。
あきら「あ、ところでお前の学校に、小砂川優香っていう水泳の女子部員いないか?」
隆太「えっ…!? わ、わかんない…。だってまだ、入部届さえ出してないから…」
あきら「そうか…。でももし会うことがあったら気を付けたほうがいいぜ。何せその女子、こっちの水泳部ってか学校でも、めっちゃ有名なんだ。何でも去年、お前の高校へ転校したらしいんだけど、実際は俺達の水泳部が程度低いからって、色々と見下して去って行ったって噂だぜ…。そっちの学校、青森じゃあ水泳の強豪校なんだろ?隆太も彼女にしごかれると大変だぜ…?」
…隆太は一瞬、凍り付いたような空気を感じたが、続けてあきらにこう返答した。
隆太「…やってみるしかないよ。…だって僕、水泳以外、できるスポーツなんてないし、何より涼子さん…」
あきら「えっ…!?お前、あの話、本気でまだ引き摺って…」
隆太「う、、、うん。。。だって、友加里とは、恋仲切れちゃったし…。それに、水泳選手になることも、さらりとだけど宣言してあるし…」
あきら「そうか…。俺も気になってるんだよなぁ。愛莉があの後どうしたか…って。」
隆太「愛莉…。あれから、会ったの?」
あきら「いや、まだお互いバタバタしてて無理そうだよ。だけど心配なんだよ。愛莉のやつ、高校でも水泳部入りたいって言ってたけど、何せ、中学の時、大きな事故に遭っただろう? 以前、愛莉も言ってたんだけど、自分が運動部に受け入れてもらえるか、すっごい不安だって言ってたんだよ。」
隆太「愛莉…。なぁあきら、もし、…もしもだよ。愛莉が、水泳部入れなくても、何とかサポートしてあげてくれよ!!愛莉のこと守れるのって、あきらしかいないから…」
あきら「って…!おいおいwww 恥ずかしいこと言うんじゃねぇよ(笑)」
隆太「ごめんごめん。でも、やっぱり気になるよ。愛莉のこともあきらのことも、そして、友加里のことも…ね。」
あきら「友加里かぁ。あいつ、いま何やってるんだろうなぁ。」
隆太「セレブな高校に入った感じだけど、めっちゃ校風厳しくて、異性との交際は認められないとか言ってたね。」
あきら「マジ!?そんなの俺だったら1日ももたねぇ…」
隆太「うん。僕も本当はメールくらいしたいけど、友加里の気持ちを思うと、あえて邪魔するようなことはできないなって思って…」
あきら「そうだよなぁ。まぁ元カレの隆太にしか、友加里のことはわかってやれないかもなぁ…」
隆太「…うん。」
ついつい長電話になってしまったが、その夜はお互いの新しい環境での出来事で、会話に花が咲いた。
お互いを思う気持ちは、離れ離れになっても変わらず健在。
それを確認できただけでも、隆太もあきらも一安心といったところであった。
数日後、隆太は決心を固め、水泳部に入部届けを提出しに行った。
どんな困難が待ち受けているかわからないが、自分で決めた決意。そして、情熱あったからこそ続けて来た水泳。部活が厳しいからといって、逃げるわけにはいかない。
…無事に入部届けは受理され、その日は部活動の見学ということになった。
先輩部員や顧問の教師からの怒号が飛び交う中、一心不乱に泳ぐ部員達を見ていると、中学までの水泳とは全く違う「アスリート」の世界のような、険しい練習の日々を想像してしまった。
思い余って隆太は、プールで泳ぐ部員達に向かってこんなセリフが口を突いて出た。
「こ、、、これからよろしくお願いしまっす…!!」
??「あら、元気いっぱいのご挨拶素晴らしいですね。やっぱり来ましたか、小野隆太。あなたに出会えてこそ、わざわざ青森へ越してきた甲斐があったというものですわ…」
隆太「!!??…あ、あなたは…!?」
…隆太の眼前に立っていた女子生徒は、部活紹介の時に瞳から電撃のような眼差しを送って来た、長髪、長身の美形…。
「はじめまして小野君。私は小砂川優香、2年生。明日からあなたと練習できること、とても待ち遠しいですわ。ウフフッ…」
隆太「あきらが言ってた小砂川優香って、やっぱりこの人だったのか…。で、、、でも美人さんだなぁ…。背は高いしモデルさんみたいだし…。ああ、、、何だかクラクラしちゃいそう…」
優香「さてと…。その前に一つだけテストがあります。我が校の水泳部では、今後の練習について来れるか、基礎の有無を調べさせて頂いています。明日のこの時間、タイムの測定等、泳力全般を判定させて頂きますよ。まさかとは思いますが、ここで及第点とならなかった場合、入部は取り消しとなりますのでご注意くださいね。」
隆太「…ななな、、、なんだってぇ…!?!?」
優香「心配いりませんよ。あなたが中学までに築いてきた実績を再現すれば容易いことですわ。私もあなたの華麗な泳ぎを楽しみにしていますよ。」
…不安を拭いきれないまま、翌日隆太は、泳力テストを受けることになった。
自身では、中学時代と変わらない、自分らしい泳ぎを再現できた…ように思えた。
しかし、突如、優香の表情が曇った。いや、、、例えるなら、雷雲に覆われたとでも言うべきか…?
優香「小野君!?ふざけているんですか!?あなたは水遊びをしたくて水泳部に入るおつもりですか!? 冗談はやめて、今すぐ回れ右して帰ってください!!」
隆太「は、、、はぁーーー!?!?」
プイと振り向き立ち去った優香。後には静寂のみが残った。
納得できない隆太は、優香を追い、理由を尋ねた。
優香「あなたの実力がその程度だとしたら、この先何の名声も上げられず高校を卒業することになってしまいます。だからこそ、今からでも別な、あなたに相応しい部活動を考え直すべきだと言っているのです。」
隆太「そ、、、そんなのないですよ!!僕は僕で、真剣かつ必死に…」
優香「そうですか。まぁ中学時代の実力者を1回のテストの結果だけで追い返すのは早計でしょうね。では特別に、私がこの水泳部で生き残っていくためのノウハウをお教えします。日曜日、青森市の市民プールに午前10時に来てください。」
隆太は思った。その「市民プール」は、かつて友加里達とのオフタイムを楽しむ場所でもあり、涼子と初めての会話を交わした場所でもある。そこが、地獄の練習場になるのかと…。
気は進まないが、隆太は指定された日にそこを訪れた。
すると、優香は普段着で建物の入り口に立っていた。
優香「さ、行きましょう。」
…何と優香は、隆太の手を握り、まるでデートにでも行くかのようなテンションでプールへと向かった。
隆太「ゆ、、、優香さん…!?あの、、、あの・・・」
優香「小野君には、私が水泳の技術から恋の味まで、全部教えてやるんですからね。」
隆太は心臓の鼓動を抑えられぬまま、だまって彼女の言う通りに動かねばならなかった。
- つづく -