19.侯爵令嬢と話します
原石を選んだ後、チエリーと護衛三人が迎えに来て、セルディとレオネルはホテルへと戻った。
そこで、支配人からカザンサ侯爵がやってきている事を教えられた。
「え、カザンサ侯爵様が……?」
「ああ、まぁ王族への挨拶だな。セルディにも謝罪したいらしい」
セルディは少し怯んだが、謝罪というのならば受けなければ非礼にあたる。
意を決して頷いた。
***
支配人に案内されて入った応接室では現カザンサ侯爵と思われる紳士服を着た灰色の髪の男性と、セルディと同じくらいで赤いドレスを着たウェーブのかかった赤毛の綺麗な女の子が座っていたソファから立ちあがった。
女の子の方は応接室に入ったレオネルを憧れの目で見ていて、先ほどのヴィオレッタとの事を思い出したセルディは、少しドキドキする。
(ま、まさか私のようなちんくしゃじゃなく、娘を婚約者にどうかって言い出すんじゃ……!)
異世界転生あるあるだ。
少し緊張にドキドキしながらレオネルのエスコートで室内へと入る。
女の子はセルディと目が合うと、笑みを浮かべた。
しかし先ほどのヴィオレッタとは違い、その笑みに邪気は見つからない。
セルディは意図が読めずに困惑する。
「レオネル様、我が領にようこそ。セルディ様は初めてお会いになりますね。私が現カザンサ侯爵家当主、フルト・カザンサでございます。この度は弟があのような事件を起こし、誠に申し訳ございませんでした」
真摯に頭を下げ、大人の魅力あふれるこの人が、あのブルノーの兄……。
セルディはついポカンと口を開けてしまった。
「初めまして、わたくしはアウレリア・カザンサと申します。叔父に代わり、わたくしからも謝罪をさせて下さいませ。この度は親族が申し訳ございませんでした。今回はセルディ様のお話し相手になれればと思い参上させて頂きました」
アウレリアは視線を合わせないように目を伏せた後、丁寧に深いカーテシーをする。
そこには王族に対しての敬意があった。
ヴィオレッタとは雲泥の差だ。
「初めまして、セルディ・フォードです」
侯爵相手でも、頭は下げない。
しっかりと背筋を伸ばして目の前の二人を見つめれば、心の中のチエリーが頷いてくれている気がする。
セルディは微笑みを浮かべて言葉を続けた。
「お二方とも頭を上げて下さい。謝罪を受け入れます。これからもフォード家の隣領として仲良くして頂けると私としては嬉しいです」
頭を上げた侯爵達は、セルディの言葉を聞くと安堵したように表情を和らげた。
ブルノーは許せないが、彼は既に罰を受けている。
セルディはもう思い出したくないし、二度と会わなければそれでいい。
カザンサ家とは今後も街道を使わせてもらうのだ、無闇に争う必要はない。
(それに、個人の罪は個人のものだしね!)
前世の記憶はそう言っている。
セルディもその考えでいいと思った。
「ブルノーに関しては、求めた処罰を速やかに遂行してくれたようでこちらこそ感謝している。謝罪は受け入れた。座ってくれ」
レオネルのその言葉で席に座るも、先に声をかけて来たのはアウレリアだった。
「セルディ様、このホテルの薔薇庭園は見られましたか? とても綺麗なのですよ」
子供らしい無邪気な言葉。
この誘いに乗っていいものか迷ったが、レオネルはカザンサ侯爵と大人の話があるらしい。
セルディはチエリーとヤニクを連れ、アウレリアの護衛と専属侍女と共に庭園へと向かった。
「……わぁ」
薔薇の香りが庭の入り口にまで漂ってきていた。
赤、白、ピンク、黄色。
様々な色の薔薇があちらこちらに咲いている。
そろそろ寒くなってきているので、緑の方が多そうだが、それでも十分綺麗だ。
「こちらですわ」
「え?」
セルディの手を素早く握り、アウレリアが庭園の真ん中にあるベンチへとセルディを連れて行った。
素早すぎて断る間もない。
チエリーもヤニクも何も言わないので、本当に邪気はないのだろう。
アウレリアの護衛と侍女は、お嬢様の突飛な行動に心配げな眼差しをしている気はするが……。
「セルディ様、レオネル様ってどんなお方なのですか?」
「えっ!」
勧められてベンチに座った瞬間、問いかけられたのがまずそれだ。
セルディの警戒心が一気に上がった。
(やっぱりこの子もレオネル様の事を!?)
だが、どうにも様子がおかしい。
「騎士って素敵ですわよねぇ……」
うっとりとした顔で語っているが、恋情というよりも憧憬のような……。
「あっ。突然失礼致しましたわ。わたくしが好きな本でも騎士の方が登場するのですが、その方がとても印象的で……。その本の中のシーンにもこの薔薇園のような庭がありますの。そこでされた令嬢へのプロポーズ、とっても素敵でしたわ……」
頬を染め、興奮に潤んだ瞳がとても可愛らしい。
セルディに対しての嫉妬心が見えるのであればそれは間違いなく恋だと思うのだが、何かが違う。
そしてそのフレーズに聞き覚えがあった。
「それってもしかして、騎士様が剣の誓いをする……?」
「まぁ、セルディ様もご存じなのですか!」
「『愛と忠誠のはざまで──令嬢と騎士の物語』ですよね!」
「まぁああ!」
同志の登場に、思わず両手で握手をしてしまった。
気付いて慌てて放したが、アウレリアはまったく気にしていない様子。
ホッとしたと同時に、このホテルの庭園が薔薇で彩られている理由に思い当たった。
「あっ、もしかして、この庭園って……」
「お分かりになります!? このホテルはわたくしのお父様が出資をしていらっしゃるので、お願い致しましたの!」
目を輝かせたアウレリアを見て、さすがのセルディも気づく。
(この子、オタクだぁああ!)
今世で初めての自分以外のオタク。
セルディは喜びに顔がにやけた。
「うふふ、セルディ様が気さくそうな方で嬉しいですわ」
「え?」
「セルディ様はまだ本格的な社交は始めていらっしゃらないでしょう? お父様に仲良くなって欲しいとお願いされましたけれど、気難しい方だったらどうしようかと思っておりましたの」
どうやらアウレリアは父親に頼まれて同行しただけのようだ。
セルディは更なるライバルが出現しなくてよかったと胸を撫で下ろした。
「社交界は今、セルディ様とレオネル様のお話で持ち切りなのですよ」
「えっ」
「王族の方々は自由恋愛が認められておられるでしょう? でも、どの方もなかなか婚約をなされなくて、独身の貴族令嬢は皆様やきもきしていらっしゃったの」
それはそうだろう。
貴族の数が少なくなり、相対的に独身の令嬢も少なくなった今、王家に嫁げる可能性があるという理由で婚約者を作れないのだ。
本来なら、グレニアンの戴冠式と結婚式が同時に行われるくらいの事があってもおかしくはなかった。
未だグレニアンは国の立て直しもあり、婚約者を選んでいる暇はないらしいが、そうは言われても令嬢は親の意向もあるため、勝手に候補から外れる事は出来ない。
貴族令息もその煽りを受けているらしく、意中の相手と婚約できない人もいるとか……。
「そんな中、セルディ様がレオネル様とご婚約をして、しかもお歳はまだ十三……。わたくしのお友達でグレニアン陛下と結婚できるかも、と夢見る子まで現れておりますわ」
アウレリアの友達という事は恐らくセルディと同じくらい。
セルディは中身は大人な気持ちでいるため、レオネルとの年齢差など気にならなかったが、十三の子供が陛下との結婚を夢見ているとは……。
(私のせい、よね……)
自身が与えた影響が恐ろしく、セルディは震えた。
「アウレリア様は……?」
「わたくしの事はレリアと呼んで頂けると光栄ですわ」
「あ、ありがとう、レリア。私の事もセルディでいいですよ」
「うふふ、この事をお友達にお話したら羨ましがられそうですわね」
にこにこ笑っているアウレリア。
しかしその笑みは困ったような笑みに変わった。
「そうですわねぇ。わたくしは高位貴族の娘ですし、結婚相手はお父様がお決めになると思いますわ」
「あ……、ごめんなさい……」
「わたくしと同じような状況のお友達も多いですし、わたくしは気になりませんわ。セルディも同じようなものでしょう?」
「え?」
「王族の方に見染められた場合、お断りは出来ないでしょう?」
困ったような微笑み。
心配げな口調からも、アウレリアが心配しているのがわかる。
普通に考えれば、一回りも年の差のある男性に嫁ぐ事を嫌がる女性の方が多いのだろう。
でも……。
「わ、私は、レオネル様の事好きなので! 問題ありません!」
今日会ったばかりの相手に、自分の気持ちを伝えるのは恥ずかしい。
しかし、決して無理やり婚約させられた訳ではないことを伝えたかった。
レオネルはそんな男ではないのだ。
強くて、優しくて、思いやりがあって、セルディを大事にしてくれている、セルディの愛する人……。
セルディはつい熱が入り、剣の誓いでプロポーズしてくれた事まで話してしまった。
「まぁああ! 物語のようで素敵ですわ!」
アウレリアは興奮気味に両頬に手を当てる。
「素敵ですわねぇ……。わたくし、何人かとお見合いは致しましたが、どの方とも運命を感じなくて……」
……物語の読みすぎでは?
セルディは運命とか言い出したアウレリアの言葉に真っ先にそう思ってしまったが、さすがに初対面の相手にそんな突っ込みを入れるのはやめておく。
「えっと、好みとかはないの?」
「そうですわねぇ、今は騎士の方が好きですけれど、少し前までは従者と令嬢の禁断の恋なんてものも……」
「いや、それ本の中の話だよね!?」
「あら。そう言われればそうですわね……」
我慢できずに突っ込んでしまった。
どうやらアウレリアはまだ恋に恋するお年頃のようだ。
よくよく考えれば自分も前世の記憶がなければアウレリアと同じような感じだったかもしれない。
「……レリアは騎士の方と付き合ってみたい?」
レオネルみたいな、と言うのはやめておいた。
しかしセルディの想像とは違い、アウレリアは真顔になる。
「セルディ、理想と現実違いますのよ?」
「へ?」
「わたくし、気付いてしまったのですわ」
何に?
目を瞬かせるセルディに、アウレリアはぐいっと顔を近づけ、小声で言った。
「騎士の方が着ている鎧って、ものすごく臭うのですわ……」
「え?」
「わたくし、あの臭いには耐えられる気がしませんわ!」
思ったよりも現実的な話に、セルディは硬直する。
「その事実を目の当たりにして気付いたのです。憧れは憧れのままでいる方が幸せなのだと……」
「そ、そっかぁ……」
「ですから、わたくしはお父様に選んで頂くのが一番だと思っているのです」
現カザンサ領主は優しそうな方だったから、アウレリアが将来苦労しそうな相手とは結婚させないだろう。
アウレリアがそれでいいと考えているのなら、セルディも言う事はない。
「それはそれとして、セルディにはレオネル様とのお話をたくさん聞かせて欲しいですわ! どんな経緯でお知り合いになられましたの?」
「あ、それはそのぉ……」
「今では誓いをされる騎士の方も少ないと聞いておりますから、そんな貴重な経験をなさって羨ましいですわぁ」
「そうなの!?」
まさかの事実を聞き、セルディは素直に驚いた。
「はい、わたくしが騎士の方にお話を聞かせて頂いた時、試しにやってみて欲しいとお願いしたのですが、恥ずかしいからと断られてしまって……」
「ええええ……?」
(誓いって恥ずかしいの? あんなに格好良かったのに?)
レオネルのプロポーズ姿を思い出したセルディは胸をときめかせるが、しかし、客観的に見た場合を考えると確かにかなりこっ恥ずかしい。
(そんな誓いを、レオネル様がやってくれたってこと? もしかして、私のために……?)
告白場所も恋愛小説と同じように庭だった。
もしかしたら、セルディが好きな本をレオネルも読んでくれたのかもしれない。
それで、あの告白シーンを再現してくれたのだとしたら……。
セルディの頬はじわじわと赤くなった。
「うふふ、本当にレオネル様の事が好きなのですね」
「はい……」
アウレリアの暖かい眼差しを恥ずかしそうに受け止めながら、セルディは小さく頷いた。
(レオネル様の鎧なら、どんな臭いがしていても洗えるくらいには! ……まだ嗅いだことないけど!)
強力な消臭剤を作った方がいいのかもしれない。
なんて事に思考が移動しそうになった時、アウレリアは少し悲し気な表情で言った。
「お友達の中には不本意な結婚を強いられて泣いていらっしゃる子もいたので、本当によかったですわ」
そうか、アウレリアがセルディと二人で話そうと思った本当の理由はこれだったのか。
セルディはようやくアウレリアがとっても優しい女の子なのだという事に気付いた。
「……レリアは優しいね」
「これも高位貴族の勤めですわ。セルディも社交界ではたくさんの令嬢のお話を聞いてあげて下さいませ」
そして、解決できることがあれば解決してあげて欲しい。
女性の立場が弱いこの国で、一人でも多くの女性が少しでも幸せになれるように。
セルディはアウレリアのそんな言葉に頷いた。
「わかったわ。出来るかわからないけど、やってみる」
「ありがとう存じます」
アウレリアの優しい微笑みを受け止めた後、二人の会話はおすすめの恋愛小説の話へと移っていった。
「まぁ、一番心高まるお相手の事を『推し』と言うの?」
「そう! 私は個人で推しグッズを作ってたりもして――」
新しい友達が出来た上、オタクトークまで熱心に聞いてもらえ、セルディはたいへん満足したのだった。
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