17.未亡人と出会います
チエリー達は部屋に怪しいものがないかの確認を終えた後で装飾店に向かうという話になり、レオネルとセルディの二人でホテル側が用意した馬車に乗って装飾店へ向かった。
馬車に乗ってから数分後。
高級ホテルの傍にある、貴族向けのお店の中にあるひとつの装飾店は、聞いていた通りまだ建てたばかりのようで、マホガニーの扉も、ガラスのショーウィンドウも、アイボリー色の壁と寄木細工の床も、すべてが真新しく綺麗だった。
そこに一歩足を踏み入れれば、この店の代表だと思われる壮年の店員が丁寧に頭を下げた。
「ようこそお越し下さいました。本日は何をご所望でしょうか」
セルディはレオネルのエスコートによってなんとか笑みを保っているが、高級店での畏まったやり取りは未だ得意ではない。
チラリとレオネルを伺い見ると、レオネルはしょうがないと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「そうだな、私の婚約者の瞳に似た美しいエメラルドはあるか?」
「もちろんでございます」
「あ、あの、碧色の石もお願いします」
セルディが慌てて注文を付け足す。
今回のセルディの目的はレオネルの瞳と似た石を探す事なのだ。
こればかりは譲れない。
レオネルが付け足された注文に面白そうに片眉を上げるのが見えたが、セルディは咄嗟に目を逸らした。
その様子が微笑ましく見えたのだろう、店員は柔らかい微笑みを浮かべる。
「かしこまりました。只今お持ち致しますので、少々お時間を頂けますか? 個室もご用意できますが……」
「用意されるまで店内を見回る事にする。準備が出来たら呼んでくれ」
「承知致しました。お楽しみ下さい」
一礼をした店員が去ると、セルディは小声でレオネルに声をかけた。
「何かお探しですか?」
「さっきお前に言われて気づいた。恋人は自分の瞳の色と同じ石が付いた装飾を相手に贈るものなんだろう?」
「!?」
セルディは驚きのあまり目を見開いた。
そんなセルディを、レオネルは面映ゆそうな表情で見ている。
愛しているとは言われたものの、イマイチ恋人らしい雰囲気が出ない事を気にしていたセルディは、レオネルの気遣いに泣きそうになった。
(レオネル様が、私に恋人として贈り物を……)
驚きと感動がごちゃ混ぜになり、セルディの瞳が潤む。
「う、嬉しいですぅ……」
「こら、泣くな」
セルディの様子に苦笑いしながらレオネルが並べられたガラスケースの前へとセルディをエスコートした。
「ほら、これとかどうだ?」
展示されていたのは色々な種類のブレスレット。
レオネルはその中から銀色のブレスレットを指した。
細身のチェーンに、花のように宝石が付けられている。
どうやらこのガラスケースに入っているものは全てブレスレットらしく、それらに値札なんて無粋なものはない。
それがセルディにはどうにも恐ろしいが、でも――。
「綺麗……」
可愛いし、とても綺麗だと思う。
レオネルがセルディに似合うと思って選んでくれたものだと思うと、更に嬉しい。
セルディは熱心にブレスレットを見つめた。
「気に入ったか? それならこのブレスレットのデザインで選んだ石を入れてもらおう」
「わぁ……。レオネル様、ありがとうございま……」
「あら? もしかして、レオネル?」
セルディがお礼を言い切る前に、装飾店に入ってきた誰かが突然レオネルに声をかけた。
不作法に眉を寄せ、声の方に視線を向ければ、栗色の瞳に焦げ茶色の髪を項の辺りでまとめた、少し気の強そうな美人が立っている。
彼女は胸元に金の刺繍がされた紫のグラデーションがかったドレスを着ており、耳には真珠の耳飾りが付けられているが、その胸元にネックレスはない。
どうやらドレスに合うネックレスを買いに来たようだ。
身なりや品のある雰囲気から貴族女性である事はわかるが、セルディに出会った記憶はない。
(あれ……? 今この人、レオネル様をレオネルって呼び捨てにしてなかった?)
セルディは女性の言葉を思い返し、信じられない気持ちで見つめる。
レオネルは次男とはいえ、公爵家の人間だ。
そのレオネルを呼び捨てに出来る女性という事は、親しいということで……。
(どんな関係なんだろう……)
セルディは隣のレオネルをちらりと見上げた。
そして、目を見開く。
「お久しぶりですね、ルベラーシ伯爵未亡人」
口元に笑みを浮かべてはいるものの、その視線は酷く冷ややかで、まるで仇とでも出会ったかのようだった。
「まぁ、そんな他人行儀な。昔のようにヴィオレッタと呼んで頂戴」
一方、未亡人の方はレオネルの視線など意に介せず、華やかな笑みを浮かべている。
セルディがヴィオレッタという女性とレオネルを観察していると、ヴィオレッタの視線はセルディへと向けられた。
その視線には見覚えがある。
自分の獲物を盗られたと思っている肉食獣の視線……。
「もしかして、その可愛らしい子が噂の婚約者なのかしら?」
セルディは身体を強張らせながらも、微笑みを浮かべ続けた。
ここで負けては女が廃る。
今のセルディは国王陛下にも認められた婚約者なのだ。
胸を張ってレオネルの隣に立っていなければいけない。
「ああ、フォード家のセルディ嬢だ。セルディ、こちらはルベラーシ伯爵未亡人。前伯爵の爵位を継承する予定だった親族に不幸があったらしくてな、まだ彼女が領地を管理しているらしい」
それはつまり、親族に爵位が継承されるまでのお飾りの領主だから気にする必要はない、という事なのだろうか。
レオネルの棘のある説明に、ヴィオレッタの笑みが引き攣ったように見える。
「若い婚約者で羨ましいわ」
「……あなたも私と同じ年齢なのだから、再婚してはどうだ?」
「あら、レオネルが貰ってくれてもいいのよ?」
冗談っぽく言ってはいるが、本気としか思えない言葉。
対してレオネルは吐き捨てるように言った。
「ふざけるのはやめて頂きたい」
「……悲しいわ、昔はもう少し気軽に付き合ってくれたのに」
「学生時代と今は違う」
粉をかけようとするヴィオレッタと、嫌悪感を露わにするレオネル。
そのレオネルの様子から、嫉妬のような不安は起こらないが、不快感はある。
レオネルがセルディを紹介したというのに、ヴィオレッタは未だにセルディに対して挨拶をしてこないのだ。
(これって不敬では?)
セルディは眉を寄せ、熱くなってきているレオネルの様子を見て、そっと握りしめている手に自分の手を添えた。
「レオネル様……」
手を握り、名前を呼べば、熱くなっていた自分に気づいたのだろう、レオネルはセルディに視線を戻すと苦笑した。
「……待たせて悪い」
「いいえ。個室に移動しましょうか?」
このままではしつこく話しかけられ続ける気がする。
セルディがした提案に、レオネルも頷くが、そう簡単に行かせてくれないのが肉食女性。
自分とレオネルの会話を遮られた事が気に入らなかったのか、女性は初めてセルディに声をかけた。
「初めまして、えっと……フォード子爵令嬢、だったかしら?」
「フォード家は陞爵された。今は伯爵令嬢だ」
「ああ、そうだったわね。ごめんなさい、最近社交に出ていないから世情に疎くて……」
絶対に嘘。
そう思いながら、セルディはカーテシーもない、ただ笑みを浮かべただけの挨拶を返した。
「初めまして、ルベラーシ伯爵未亡人様。セルディ・フォードです」
通常であればセルディがカーテシーをするべきところだ。
相手は未亡人になったとはいえ、現状はまだ伯爵夫人なのだから、令嬢でしかないセルディよりもヴィオレッタの方が立場的には上と言えるだろう。
しかし――。
『お嬢様は王族の花嫁になるのです。お嬢様が頭を下げるのは国王陛下と王族の方々のみと心得て下さい』
そんなチエリーの言葉が頭に浮かぶ。
セルディは王族の婚約者になったのだ。
今後は王族以外のすべての貴族はセルディより下の立場として扱わなければならない。
そうしなければ、セルディなどあっという間に食われて終わる。
(大丈夫。わかっているわ、チエリー)
セルディは強い意志を持ってヴィオレッタを見つめ返した。
ヴィオレッタはセルディのカーテシーを待っていたようだが、セルディのその対応に一瞬だけ目を鋭くした後、肩を竦めてレオネルに向き直った。
「……私、あなたの婚約者にあまり好かれていないみたいね」
まるでセルディに非があるような言い方だ。
ムッとしそうになるのをセルディがなんとか耐えていると、レオネルは褒めるようにセルディの手を握り返し、射貫くようにヴィオレッタを見た。
「セルディの対応は間違っていない。敬意を払うのはあなたのほうだろう。……あの頃とは違うんだ、今後は態度を改めて貰いたい」
きっぱりと言い切ったレオネルは、そのまま口調を不遜なものへと切り替えた。
「王族へのマナーすら忘れたというのなら、そなたは最早貴族ではない」
王族としてのレオネルの言葉。
その言葉にはかなりの重みがあった。
対応を間違えれば今の立場がなくなることがわかったのだろう、ヴィオレッタは少し顔を青くしながら、ゆっくりと膝を折る。
「……申し訳ございません」
カーテシーをしたものの、彼女が店から出る気配はない。
「はぁ……。悪いが個室に移動しよう」
「そう、ですね」
「お、お待たせ致しました! 石の方もご準備が出来ましたので、どうぞこちらへ!」
王族と聞いて黙っていられなくなったのだろう、店員が間に入った。
レオネルからはこのまま帰ってもいいぞ、とばかりに視線で出入口を示されたが、セルディとしても、レオネルが選んでくれたブレスレットは欲しい。
セルディは小さく首を横に振ると、ヴィオレッタの横を通り、レオネルと共に店員の後ろに付いて歩き出す。
「ごきげんよう……」
ヴィオレッタから過ぎ去る際、セルディは礼儀として一声かけたが、彼女が恨みがましい視線でセルディを見ているのが見えた。
ニーニアの恐怖を思い出したセルディは、レオネルの腕にしがみつくように抱き着き、急かすように個室へと移動した。




