13.推しキャラは動く 中編
「大分変わったな……」
カザンサ領で馬車を借り、到着したフォード領。
以前は愛馬のバーニーと共に渡った川を、今回は馬車に乗って小さな橋を渡る。
レオネルが外を覗き見れば、遠くの方に建設途中の橋があった。
距離は長くないが、馬車がすれ違えそうな広さを予定しているらしい。
火の魔石の運搬にも関わるため国からの支援や魔道具の供給もあるが、報告によれば完成まで最低でも一年はかかりそうだ。
「ここがフォード領ですか、自然が多い場所ですねぇ」
感慨深げに眺めていると、微笑まし気な声が御者台から聞こえてきた。
護衛のために付いてきたサットンの声だ。
隣にラムもいるが、声は聞こえてこない。恐らく頷いているのだろう。
「セルディ様がどれほど成長されたか楽しみですね」
からかうような口調の問いかけは、レオネルに向けられている。
レオネルは呆れた。
「どう考えても数か月じゃ、成長しないだろ……」
「わかりませんよぉ? 女の子の成長は早いと言いますし。セルディ様は可愛らしいお方ですから、フォード領の男の子達の初恋相手になっていたりするやもしれませんよ?」
「ほざけ」
サットンの言葉に、レオネルはぶっきらぼうに返すと苛立ちを抑えるように眉間に皺を寄せて腕を組んだ。
(そうだとして、伯爵家の一人娘と平民が結婚なんて出来る訳がない)
レオネルですら、公爵家という後ろ盾がなければ婚約者になることは難しかっただろう。
今やフォード領は国内外問わず注目される領地だ。
ポンプを発明した段階で、普及された王都を中心にその名は広がり始めていたが、伯爵へと陞爵され、その理由が火の魔石が領地で取れたから、という話が出回ると、フォード伯爵家の名前は爆発的に広がった。
火の魔石の件は、アデルトハイム王国にとってそれほどの一大事だった。
その後は予想していた通り、レオネルが婚約者になったと知らない貴族達から、一人娘であるセルディの元へ婿入りしたいという手紙が山ほど届いたらしい。
レオネルと既に婚約した事を知っている者ですら、レオネルはカッツェ領を継ぐのだから、セルディは別の貴族の元へ嫁がせるべき、と言い出したくらいだ。
そのことで、王権を強化しすぎではないかと一部貴族から不満が出ている事はグレニアンもレオネルも百も承知。
本来であれば、反乱後の混乱を抑える事に尽力した高位貴族との婚姻を取り持つべきところではあるが――。
(渡してたまるか……)
レオネルは身の内で燻る独占欲を持て余しながら、フォード家の屋敷に向かった。
***
「レオネル殿、フォード領へようこそ」
「ゴドルード伯爵、ご無沙汰しております」
馬車からレオネルが降りると、そこにはフォード家の面々が揃って出迎えをしてくれていた。
サットンにはレオネルの護衛を、ラムには馬車を置いてくるように指示を出し、気合を入れる。
ゴドルード伯爵の挨拶に握手をして返すことから始まり、次いでシンシア夫人の手の甲へ顔を近づけ、そして……。
「先代殿、お初にお目にかかります。レオネル・ディ・ダムドと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。ガフィード・フォードでございます」
眼光鋭く、護衛の一人だと言われてもおかしくない屈強な身体を持つ男、ガフィード・フォード。
握り返された手は力強く、未だに剣を振っているのか、その掌には分厚い皮の感触がある。
(道理で護衛も付けずにキャンベル夫妻と旅行に出かけた訳だな……)
高齢男性とは思えない頑強さに、レオネルは苦笑した。
「キャンベル前商会長殿も、お噂はかねがね伺っております」
「これはこれは、このような老人にまで気を配って頂いて……。ジョーイ・キャンベルでございます」
「夫人も、初めてお会いします」
「お会いできて光栄ですわ。アリア・キャンベルでござます」
そしてキャンベル夫妻。
握手などに違和感はなかったが、高位貴族に対しての敬意や脅えもない。
ガフィードよりもどう考えてもこちらの方が厄介そうだとレオネルは思った。
そのままゴドルードに案内され、応接室へと通される。
以前の殴ったら壊れそうな壁や扉はすでにない。
セルディとの思い出のあった屋敷が見る影もなくなってしまった事を少し寂しく思ったが、質のいい作業員を紹介してくれたお陰で冬の寒さが和らいだとシンシア夫人から感謝され、レオネルも安堵した。
「セルディ嬢の安全と健康に貢献出来て光栄です」
そう言葉にすれば、観察するような視線が三方から飛んでくる。
一人は鋭く、もう一人は感心するような、最後の一人は思ってた印象と違ったのか不思議そうにレオネルの様子を窺っていた。
(ガフィード殿とアリア夫人には受け入れて貰えそうだな……)
ということは――。
レオネルは一番の問題は恐らくジョーイだろうと目星を付けた。
誰が何を思っているのかを把握できれば攻略方法も考える事が出来る。
レオネルはソファに腰を下ろすと、即座に思考を巡らせた。
「それで、緊急の用とのことでしたが……」
「そのことですが、ガフィード殿にまずお伺いしたい」
「はい、なんなりと」
ゴドルードからの問いかけを遮り、レオネルは視線をガフィードに移す。
「お連れになった商人が隣国の貴族の子息だと、気付いておられましたか?」
勢いよく切り込んだレオネルに、ゴドルードは目を瞬かせ、シンシアは息を飲んだ。
二人は聞いていなかったのだろう。
突然の事に困惑している様子が窺える。
「……はい、気付いておりました」
しかしガフィードは、少し考えた後、溜め息混じりにそう言葉を吐き出した。
「父上!?」
「お義父様!?」
思わず立ち上がったフォード伯爵夫妻に、ガフィードは落ち着くように言う。
そうして二人を座らせ直すと、レオネルに向き直った。
「あの子は悪い子ではございません。私達を救ってくれた恩人なのです」
レオネルは黙って視線だけで続きを促す。
「……私達はアデルトハイム王国で起きた突然の反乱に、息子達と連絡も取れず、貨幣価値すら変わった隣国に取り残されました。商売をしようにも信用が物を言う世界。始めた商売がすぐに軌道に乗るはずもなく、生活は困窮していきました」
そんな中、ジョーイ達に声をかけてきたのがアーキムだったという。
「最初はもちろん私達も疑いました。ですが、裏取りをしようにも資金も信用出来る知り合いもおりません。差し伸べられた手をまずは取ってみる事が最善だと、私もジョーイ達も考えました」
一緒に居れば些細な所作で、特権階級の人間だとはすぐにわかった。
ガフィードが貴族の一員として学院に通った際、シルラーン国に興味を持って勉強していたため、その所作がただの商人ではあり得ないという事に気付いたのだ。
「ただの旅行としてシルラーン国に赴いた私達は重要なものは何も持っておらず、貴族として証明する事もすぐには出来ませんでした。アデルトハイム王国側に連絡する手段すら持っていなかった私達を、アーキムは即座に見限ってもよかったはずです」
それでもアーキムは商人の一人としてガフィード達と共に商会を盛り上げてくれた。
「アーキムがいなかったら私達は飢え死にしていたかもしれません……」
そして、ガフィード達はアーキムの助けを借り、商売を軌道に乗せた。
月日が流れてアデルトハイム王国の情勢が落ち着いてきたある日、突然帰国の目途が立った。
ガフィード達がセルディの祖父母達だと気付いたギレン侯爵の計らいだった。
「アデルトハイム王国へと帰国出来ることになり、私達は最初アーキムに支店の権利をそのまま貰ってくれるように話をしました。私達もいい歳です、今後何度もシルラーン国へ行くことは出来そうになかったので、その方がいいとジョーイ達と決めました」
商売に情熱を燃やしている現商会長のガルドが聞けば怒り狂いそうな話だが、レオネルはそのまま黙っていた。
しかし、ガフィード達の申し出をアーキムは断り、商会の権利はいらないからアデルトハイム王国に一緒に行きたいと言ってきたのだという。
「その時には火の魔石がアデルトハイム王国から取れたという噂が出回っておりましたので、アーキムはそれを確認したいのだろうと私達も思いました」
ガフィード達は恩人とはいえ、国の大事に隣国の貴族を関わらせていいのか随分迷ったと言う。
そんな時に火の魔石出たのはフォード領だと聞かされ、更には火の魔石の危険性を知り、最終的には連れて帰ることにしたと……。
(なんともまぁ、運の良いことだな)
レオネルは口角を上げた。
本来であればガフィード達が帰国するという時点でアーキムは商会の利益を分配し、少なくない儲けを得て終わりだった話が、火の魔石に関わる領地の親類だと知って方向転換したのだろう。
これはアーキムにとっても予想外の出来事だったはずだ。
「もちろん、アデルトハイム王国で知りえた情報を漏らさないように守秘義務契約を交わしてはおります」
「……そうか、わかった」
国同士の問題に発展しそうな話に、誓約書が効くとは思えないが、ないよりはマシだろう。
「その誓約書はこちらで預かる」
「……畏まりました」
レオネルの命令に、ガフィードは目を閉じ、仕方なさそうに頷いた。
「それと、ジョーイ殿は何やら私にサインしてもらいたいものがあると聞いたが……」
「レオネル殿!?」
再度立ち上がったゴドルードの顔色は悪い。
今にも跪きそうなその様子を、レオネルは片手で制止した。
「大丈夫だ、ある程度予想はしている」
あれから数度送られてきたヤニクからの嫌がらせのような報告書の中に、婚約を破棄した場合の保証についての誓約書の話があった。
そこには国を揺るがすほどの請求額が載っていると楽し気に書かれていたのだ。
だが、そんな事で怯むレオネルではない。
(この婚約を破棄するつもりはないからな……)
セルディと離れる未来を考えることを、レオネルはすでにやめている。
そして悠然とした笑みを浮かべたレオネルは、ジョーイに挑むような視線を向けた。
「私は覚悟を持ってセルディと婚約すると決めた。逃げるつもりは毛頭ない。さぁ、そちらの誓約書も出して貰おうか」
レオネルの言葉に、ジョーイは悔しげに口を引き結ぶと、しばしの睨み合いの後、懐へと手を入れた。




