12.推しキャラは動く 前編
肩に感じる暖かな重み。
手には包み込めるほどの小さな肩があり、レオネルは目を閉じて隣にある幸福を噛み締めた。
(ようやく戻ってきた……)
王都からフォード領までは馬車で二週間ほどかかる。
その期間を合わせれば、離れていたのは約二か月ほどだろう。
今までは傍に居ない事が当たり前で、王都では心配の方が上回っていた気持ちは、隣にその存在があるというだけで全てが満たされる。
そこでようやく、レオネルは自分がセルディに餓えていたんだと自覚した。
(二か月は耐えられたが、三か月は無理かもしれねぇなぁ……)
そう考えながら目を開き、肩にかかるセルディの髪を戯れに指で弄る。
セルディがレオネルとの些細な触れ合いに耳まで赤くなっている姿が愛らしい。
レオネルはチエリーの睨むような視線に、小さな額や柔らかな頬に思う存分口づけをしたい衝動を耐えた。
(あー……、駄目だな。別の事でも考えるか……)
セルディから香る甘い匂いに理性が揺さぶられるのを感じ、レオネルは意識を切り替えるため、グレニアンとの会話を思い出した。
***
「は? シルラーン国の商人が貴族の息子だぁ!?」
「三男だがな」
休暇を申請しに行ったグレニアンの執務室で聞かされたのは、フォード伯爵家の祖父母の帰国に、南の商人が付き添うと聞いた時から闇ギルドのメンバーに調べさせていた南の商人の事。
その正体に、レオネルは眉間に皺を寄せた。
話によると三男だが王家との繋がりは切れておらず、商売の傍ら市井の情報収集をしているらしい。
「爵位は?」
「砂伯だ」
「砂伯か……」
砂伯は、アデルトハイム王国での子爵から伯爵あたりの地位を指す。オアシスを管理している貴族の総称だ。
シルラーン国はアデルトハイム王国の倍以上の国土を持っているが、その半分が火の魔力の影響か、火山と砂漠である。
元は砂漠の部族達が寄り集まって出来た国で、最初は共和国と名乗っていたらしい。
それが五百年ほど前にひとつの部族が圧倒的な権力を持ち、国王として名乗ったことで現在のシルラーン国が出来たと言われている。
アデルトハイム王国との大きな違いは王族がハーレムという複数の女性と婚姻出来る権利を持っており、火の魔力の根源と言われるイグナリス神への信仰心が強いところ。
それに伴って神官の発言権があの国では高い。
アデルトハイム王国にも水の魔力の根源と言われるルヴィス神の神殿はあるが、教会も孤児院や施療院の役割が主で、神官に政治的発言権はない。
「炎侯や神官の関係者ではなかっただけいいだろう。そこが出てくると厄介だからな」
「それはそうだが……」
肩を竦めて言うグレニアンに、レオネルは唸った。
炎侯は火の魔石の採掘と管理を担当する侯爵以上の爵位。
イグナリスの神官は火の魔力に関するすべてに関与が許されており、こちらはこちらで厄介。
その二つの関係者が出てくるという事はアデルトハイム王国で採取された火の魔石に関してなんらかの干渉が予想される。
アデルトハイム王国では初めて見つかった自国の火の魔石だ。
他国からの余計な干渉は受けたくはない。
グレニアンの言いたいことはわかるが――。
「セルディが余計な事をしないかが心配なんだよなぁ……」
「そこまで言うほどなのか?」
「まぁ、な……」
不思議そうな顔をしているグレニアンは、セルディの事を金の卵を産む鶏だと思っている節がある。
稀有な才能を疲弊した国のために使おうとする姿勢は間違ってはいないが、レオネルとしてはセルディが鶏なんて可愛らしいものじゃないと言いたい。
その金の卵は一歩間違えれば爆発すると……。
「恐らく商人の狙いは火の魔石が本当に存在するかの確認だろう」
「……そうだろうなぁ」
火の魔石が一度も採掘されたことのない国で突然火の魔石が見つかるなんて信じられないのが普通だ。
最悪、自国の魔石が横流しされた可能性だってある。
特に今回は海底の魔石の回収のためにシル伯爵領から船も出ているのだ。
シルラーン国で密輸した魔石をフォード領まで運び、自国のものだと名乗っている可能性も考えられる。
火の魔石に関して、こちらは調べられても何も問題はない。
むしろしっかり調べて情報を持ち帰って欲しいと思っているくらいだ。
「問題はセルディ嬢か……」
グレニアンの言葉に、レオネルは頷いた。
ヤニクからの報告では、商人が火の魔石のある場所を探っていた時にセルディが思い付きで作った魔道具の存在が明らかになったらしい。
その魔道具は火の魔石を節約するためのものであるため、シルラーン国に利益はなさそうだが、商人は興味深そうだったと。
火の魔石の危険性を理由に採取場を見せろと要求しているようだが、案内をセルディに頼もうとしている事が厄介だ。
子供だから情報を引き出しやすいだろうと考えた上での選択ならいいが、そうでない場合は……。
「セルディは俺が保護する」
レオネルは断言した。
迷っている暇はない。
最悪を考えて事前に行動をする。
これは戦を経験したレオネルの持論だ。
「そうだな、それがいいか……」
「決まりだな。ならさっさとここに判を押せ」
レオネルがグレニアンの机の上にある休暇願いの書類を指で示す。
休暇の期間はたっぷり一か月半。
それは、セルディとゆっくり過ごすための期間も含まれていた。
「……一か月だ」
「なんでだよ。一か月だと往復だけで終わっちまうだろうが」
「カザンサ侯爵領の端までは馬、そこから馬車を借りれば片道は一週間程度まで短縮できるだろう?」
「……チッ」
バレていたか。
レオネルは目論見が外れ、舌打ちをした。
「ははっ」
「んだよ……」
やさぐれて態度の悪いレオネルを見たグレニアンが、口を開けて愉快そうに笑う。
レオネルはそれを不快な気持ちで見返したが、グレニアンは楽し気なまま続けた。
「いやなに、セルディ嬢が関わるとレオと昔みたいに話せるのが嬉しくてな」
レオネルは口ごもった。
ほぼ徹夜で書類を片付けたための興奮状態もあったが、確かにセルディが関わる時には無理にでも要求を通そうとしていた自覚はある。
「国王という立場になりはしたが、お前にはずっと従兄弟として支えて欲しいからな」
「……フン。それなら今後も無理を通させてもらうか」
「それを承認するかどうかはわからんぞ」
「少しばかり色を付けてくれるだけでいい」
レオネルはそう言うと、休暇の期間を一か月と減らした。
そしてそこに新たな文言を付け加える。
――休暇後二週間は夜勤なし。
「……いいだろう」
そしてグレニアンは書類に判を押した。




